Steal・9 俺はサービス精神が旺盛なもんでね


 それから、苺はスマホを使って色々な角度から車の写真を撮った。

 黒焦げカーの撮影会が終わると、苺は鑑識に名刺を渡して、「何か分かったらこっそり教えて」と言った。


「とりあえず帰るか」


 他に用はなさそうだったので、俺はそう言った。


「そうね。帰りましょう。あとは鑑識の結果待ちね」


 俺と苺はテープの方へと歩き始める。


「教えてくれると思うか?」

「情報局にコネができるわよ、って言ったから大丈夫でしょ」

「なるほど。本当、苺ちゃんって黒いよな」

「現役の怪盗さんほどではないわ」


 苺がクスッと笑った。


「おい待てお前ら」


 俺と苺が振り返ると、さっきの責任者らしき刑事がA4サイズの紙を突きつけてきた。


「これは?」

「犯行声明。テロじゃねぇことが確定した。二度とおれの事件に首突っ込むんじゃねぇぞ」


 刑事が言って、苺が犯行声明を読み上げる。


「私はブラッドオレンジに関係する全ての人間を爆殺する。被害者も協力者も全て爆殺する。私を止める方法はただ1つである。ブラッドオレンジがどこの誰であるか明かすこと。そして私に爆殺されること。爆殺トカゲ」


「爆殺トカゲ?」


 俺は首を傾げてしまった。

 犯罪者になって長いが、まったく一度も聞いたことのない名前だ。


「ブラッドオレンジに怨みがあるんだろうな。まぁ、おれたちの管轄だ。失せろ」


 刑事は犬を払うようにシッシと手を動かした。

 俺と苺はテープを潜り抜けて苺の車へと向かう。

 苺がキーレスでドアロックを解除し、先に運転席に乗り込んだ。


「なんか、厄介そうな奴が釣れちまったな」


 俺は助手席に乗りながら言った。


「そうね。でも捕まえるわ。玉を潰すと言ったのは本気よ」

「同意したのも本気だぜ」


 これは俺のゲームだ。

 これは俺と秋口苺のゲームだ。

 邪魔する奴は排除する。



 俺と苺がオフィスに戻ると、ウリエルがゲームをして遊んでいた。

 シューティングゲームのようで、ウリエルがかなりの高得点を叩きだしているのは理解できた。

 だが理解できないこともある。


「なんでお前ゲームしてんの?」

「暇だったから。文句ある?」


 ウリエルはディスプレイを見詰めたままで言った。

 小さな両手にはコントローラが握られている。


「ミカリンとテンティについては?」


 苺が自分のデスクに座りながら言った。

 俺も自分のデスクに座る。

 そういえば、俺の前のデスクはまだ空席だ。

 ブラッドオレンジのために空けているのだろうか。

 あるいは、別の犯罪者のためか。


「ミカリンの生涯はプリントアウトしてるぅ」

「生涯?」

「生涯って言ったら、生まれてから今日までの記録。そんなんも分からないかヘイズ?」


 本当、生意気なガキだなウリエルは。

 優秀なのは認めるけれど。


「テンティの方は?」


 苺は立ち上がり、プリンタの方に移動し、プリントアウトされた紙を取ってまたデスクに戻った。


「そっちは行き詰まり。追跡不能。どうにもなりませーん」

「そう。じゃあ代わりに、爆殺トカゲについて調べてもらえるかしら?」

「爆殺……何?」


 ウリエルが手を止めて苺を見た。


「トカゲだよ、トカゲ」


 苺の代わりに俺が答えた。


「トカゲに爆竹巻いて殺す気?」

「んなガキみたいなことするかよ。新しい事件だ。管轄外だけど、俺と苺ちゃんは捜査する気満々だ」

「へぇ。仕事熱心なことでー」


 ウリエルは首の体操を何度かやってから、ゲームを切ってキーボードを叩き始めた。


「で、ミカリンはどうだ?」と俺。


「別に。普通のキャバ嬢よ」プリントアウトされた用紙を見ながら、苺は淡々と言った。「前歴もないし、遠藤由加里と同じ取引をしようと思うわ」


「雑魚には興味ないってか?」

「ええ。雑魚は放っておいても淘汰されるわ。問題はテンティと爆殺トカゲ。もっと酷い問題は、どちらも手がかりがないってことね」

「なんだったら、俺の知り合いに問い合わせてやろうか? スマホ貸してくれるんなら」


「そうね」苺が俺をジッと見た。「そういえばあなた、何度か爆弾使ったわね。一度は確か、金庫が開けられなくて」


「ありゃ誰にも開けられねぇよ。だから床の方を破った」

「ヘイズにも開けられない扉あるんだ。へー」


 ウリエルが興味なさそうに呟いた。

 こいつは話を聞いていないようで、割とちゃんと聞いているようだ。


「その時にヘイズが使った爆弾はかなり正確で、緻密な爆弾だったわね。中の物に傷を付けないように細心の注意が払われていた。爆弾を用意したのは、そっち方面に相当詳しい人物ね」


「ああ。けど問い合わせるのは調達屋だぜ? 爆弾を作る専門家じゃねぇ」

「問題ないわ。お願いね。だから総務部に行ってきてちょうだい」

「総務部? なんで?」

「あなた用のパソコンとスマホ、昨日のうちに申請しておいたから、もう届いているはずよ。もらってきて」

「手が早いことで」

「違うわ。仕事が早いのよ」


 苺はちょっとムッとしたように言った。

 確かに、手が早いだと意味が違ってくる。

 ちなみに俺は手が早い。

 泥棒的な意味で。


「ヘイズー、苺ちゃんは処女だぞー、干物女だぞー」


 ウリエルはまた少し違った意味に捉えたようだ。

 しかし、一般的にはウリエルの捉え方が正しいのかもしれない。


「ウリエル!」

「うわぁ、なんでもなーい」


 苺に怒鳴られたウリエルは、わざとらしく身を竦めた。


「処女ってマジかよ……。さすがにヤバクね?」


 苺の見た目なら、それなりにモテたはずだ。

 それでも処女だと言うなら、苺はレズビアンか、あるいは性的なことに興味が湧かない病気だ。

 まぁ、そんな病気があるのかどうか知らないけれど。


「この話を続けるなら、足か腕か最初に選んでねヘイズ」


 苺が上着をめくって銃を見せた。

 その意図が分からないほど、俺はバカじゃない。

 話は終わりだ、そうでないなら俺の足か腕を撃ち抜く。

 そういう意味だ。

 俺は肩を竦めた。


「総務部に行ってくる」


 そしてオフィスをあとにした。



 総務部ではなぜか怪盗ファントムヘイズ特別サイン会が開催された。

 俺が佐々木翼と名乗ったら、速攻で怪盗ファントムヘイズだとバレた。

 大学を出たばかりの男は、「昔からファンでした」といい、30代半ばの女性は、「息子がファンなんです」と言った。

 俺はサービス精神が旺盛なので、色紙を持って来た連中全員にサインを書いてやった。

 ただのヘイズではなく、怪盗ファントムヘイズと書いた。


「予告状みたいに書いてくれ」と言われたのはさすがに無視した。


 俺は俺が人気者だと知っていたが、これほどとは思わなかった。

 だってここ、日本情報局だぞ。

 俺とは敵対している組織と言っても過言ではない。

 まぁ、そんな敵対している組織でコンサルタントをやっているわけだが。

 そんなわけで、オフィスに戻るのが遅れた。


「何してたの?」と苺が目を細めた。

「道に迷ったんだ」と俺は言った。


「あら? それは不思議ね」苺はスマートフォンの画面を俺に見せた。「あなたは真っ直ぐ総務部に行って、そこで小一時間も立ち止まっていたけれど?」


 どうやら、追跡装置とスマホを連動させていたらしい。

 油断も隙もあったもんじゃないな。


「道ってのは人生の道のことだ」

「そう。なら改心して捜査官になることね。それで道は開けるわ」

「考えとく」


 俺は自分のデスクに座る。

 支給されたばかりのノートパソコンをデスクに置こうとすると、デスクの上に弁当箱が置いてあった。

 桃色の、女の子が使うような弁当箱だが、大きさは男向けだ。

 弁当箱の他に、割り箸とペットボトルのお茶も用意されている。

 俺はノートパソコンをデスクの隅に置いた。


 さて、俺は弁当なんか持って来てないはずだが、仕出しってやつかな。

 ウリエルの方を見ると、同じような弁当箱の中身をすでに半分近く食べていた。

 俺は首を伸ばして苺の方も確認する。

 苺も食べていた。

 どうやら、仕出しで間違いないようだ。


「味わって食え」ウリエルが言った。「苺ちゃんのお手製だぞ」


「あん? これ苺ちゃんが作ったのか?」


 仕出しじゃなかった。

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