第13話 またね。

警察学校で採用内定式が行われていた。

同期と同時拝命の大卒組との初顔合わせだった。


つい数か月前にここで面接をドキドキしながら受けていたことを思うと少し不思議な感じがした。

内定式は、人事課の偉い方から一人ずつ内定証書を授与された後、幹部の方々から訓示をいただいた。

その後は、新人警察官の方との座談会が設けられていた。

また、貸与品(制服・制帽・耐刃防護衣等)が展示されており、手に取って触れる機会が設けられていた。


式典後、同期生の何人かとLINEを交換した。

その後、同期のグループLINEに参加することになった。

私の期は、入校前に飲み会をしたり、飯を食べに行ったりと入校前から関わりが強かった。

入校前から信頼できる同期を見つけることが出来たおかげで入校するのが待ち遠しくなったし、彼らとなら厳しい訓練も耐えられるだろうという気持ちになった。


この頃、私は入校への準備などで忙しく、エミリーは大学生活が始まったことで連絡の頻度は今まで以上に少なくなっていた。

私は採用試験合格後、高校の同級生で先に警察官を拝命し警察学校に入校している友人から入校にあたってのアドバイスをもらっていた。

ある日、「俺、今週末外出外泊できねんだわ。」と言う連絡があった。

(外出外泊とは、全寮制の警察学校において唯一娑婆の空気を吸える週末の一大イベントである。)

私は率直に「なんで」と質問した。

すると「アホな奴が携帯電話を隠し持って寮で使ってて、それがバレたから。んで、全体責任で外出外泊禁止よ」続けて「リュウタ、マジで気をつけろよ。外出外泊できないと最悪だぞ~。」と返信が来た。

警察関連のTV番組や書籍で警察学校の厳しさを聞いてはいたが実際に入校している友人からの話は現実味があり、色々と気を引き締める良い材料だった。

携帯電話の使用については、「携帯は自由に使えねぇから。担任教官が管理してて週末に返してもらう感じ。」と話を聞いていた。

それに加えて「あと、全員携帯電話の抜き打ち検査なんてこともあったから変な疑いになる写真とか入校前に消しとけよ~(笑)」という先輩の有難い忠告もあった。

携帯電話の抜き打ち検査…。

この言葉が私の頭に引っかかった。


警察学校の入校期間(初任科生)は、立場的には凄く弱いもので何かしらで目をつけられれば適性なしと判断され退職に追い込まれるものだと考えていた。

そのため、教官にいちゃもんをつけさせる材料を限りなくゼロにしたいと考えていた。

もし抜き打ち検査でLINEの履歴を見られた際に外国人と連絡をしていることが知られると間違いなく良いことにはならないと感じた私は、エミリーとの連絡を止めなければいけないと考えた。

しかし、エミリーとはかれこれ一年半近く連絡を取り合っているし、採用試験に落ちて絶望の日々を過ごしていた私をいつも励ましてくれていた恩人である。

彼女との関係を一斉無かったことにして良いのだろうか…と日々悩むことになった。


警察学校の荷物搬入の日。

母親の運転で警察学校へ荷物の搬入を行った。

正面玄関のインターフォンを押下し、自分の期を伝えると教官室から制服を着た男性警察官が出てきた。

その警察官の風貌は、スキンヘッドに細く整えられた眉毛、極道顔負けの強面。

それに加えてゴツイ体系という最早その筋そのままの見た目をしていた。

この人が私の担任教官となる「岩戸警部補」だった。

私は、父親がVシネをよく見ていた影響からかそういった任侠ものやマル暴系の映画や動画をよく見ていた。

なので岩戸教官の風貌を一目見て「映画とかのまんまやん、やばー」と内心興奮していた。

そして、この人の下でどんな警察学校生活が始まるのかと想像するだけで入校日が待ち遠しくなった。

岩戸教官から自分の寮室を案内され、所定の位置に荷物を置くように指示された。

プラスチック製の衣装ケース二個と洗濯カゴを搬入し、搬入完了後「入校までの指示説明するからそこ座れよ」と学習室の椅子に座るよう指示を受けた。

そこで、入校までの期間と当日についての指示を受けた。

一対一で正対して話を聞いていたこともあり、岩戸教官の顔をまじまじと見ることが出来た。

まぁ、いかつい。

本筋の人と言われても不思議じゃない…というくらいにいかつい。

そんな担任教官の目をしっかり見て話を聞こうとしていると凄まじい剣幕でこっちを見ていた。

推測ではるが、私は目つきが無茶苦茶悪いためにガンを飛ばしていると思われたのだと思う。

私は、目が滅茶苦茶悪くメガネを持っていたが見た目がダサくなるので極力掛けず生活を送っていた。

「見た目を気にするならコンタクトレンズをすれば良い」と以前から友人に言われていたが、目に異物を入れるという抵抗感からする気になれなかった。

そんなこんなで目が見えないのに裸眼でほとんど生活していたせいで焦点を合わせるために目つきが悪くなっていた。

そんな事情を知らない担任教官はきっと「このクソガキ、何ガンたれてくれとんな」と思ったに違いない…。


帰りの車内で母親と話をしていた。

「あれ担任教官らしいけど、クソいかつくね。」

すると母親は「でも、『警察学校は大変なことがたくさんあるとは思いますが、励まして支えてやってください』って声掛けてくださったよ。」と言った。

その話を聞いて「えっ、めっちゃ良い人やん」と思った。


荷物搬入も終え、いよいよ入校まで数日となった。

それまで頭の中でもやもやと結論がでなかったエミリーとの関係をどうするか決めることにした。

エミリーは、直接会ったことは無いが唯一ペンパルとして一年以上連絡を取った相手であり、いつも私を励まし応援してくれた心の支えのような存在だった。

でも、私は警察官になる上で彼女の存在が何らかの障壁になるのであれば恩人であっても忘れるべきだと思った。

そして、警察官として多忙な日々を送る上でいつまでも会った事が無い、しかも外国に住む外国人と連絡をとるという終着点の見えない生産性の無いことを続ける必要があるのかと自問自答を繰り返した。

エミリーは本当に素晴らしい人で、いつか必ず会えるなら会ってみたいと思っていた…でもそれが叶うとは分からない。

苦渋の決断にピリオドを打つことにした。

結論「エミリーとの連絡をやめる」ということで新たな門出をスタートさせることに決めた。


入校前日。

エミリーに最後のメッセージを送った。

以前から警察学校に入校することと携帯電話が普段使えなくなることを説明していたこともあり、エミリーもこの日が最後の連絡になると思っていたのか返信が早かった。

もう彼女に連絡するのはこれが最後だと決めていたので「今までありがとう」とか別れの言葉を言うべきかと悩んだが最後がしみったれるのは嫌だったので明るい雰囲気で締めくくることにした。

「Good bye!」とキャラクターが言っているスタンプと「またね」とキャラクターが言っているスタンプの二つが私の送信した最後のメッセージとなった。

そして、全てのエミリーとの連絡の履歴を削除した。

「これでよかったんだ」と自分に言い聞かせながら明日の入校に備えて眠りについた。

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