~平安の小さな姫君と陰陽師の物語~

相ヶ瀬モネ

第一話

※食封→お給料など、なるべく読みやすく書いております。



 いつの帝の御代だったであろうか……。


 内裏の中、あまたいる后妃が暮らす後宮から始まった大火の変があり、内裏の宝物殿から、くらいを持つ数点の宝物が、京にあった『真白陰陽師ましろのおんみょうじ』と呼ばれる陰陽師たちが住むやかたに運び込まれ、その時以来続く不気味な現象に、邸内はおかしな空気に包まれていた。


「やはり“もの”がいたか……」

「誰が“もの”か! わらわは、三位さんみくらいを持つ“深緋こきひ”に宿りし龍神の姫君なるぞ!! たわけ者が!!」


 小さな二寸(六センチ)ほどの、身の丈よりも長い桜色の髪をした十二単姿じゅうにひとえすがたの、かわいらしくも憎たらしい姫君は、六個目の重箱にしがみついて叫んでいた。


 この小さな姫君は、火事見舞いと称して配られ、みなが楽しみにしていたご馳走の入っていた重箱の中身を、ほとんど食べつくし、最後のひとつに手を出そう、そんな時に、ようやく? つかまっていたのである。


「……龍神の姫君ねぇ……おい“伍”、呪札を貼って、とりあえず蔵の中に封じておけ!」

「ええっ、でも、本当だったら、どうするんですか……」

「根性なし!!」


「とりあえず蔵の中に封じておけ!」


 そう言ったのは、京の街中では『呪いのやかた』そう呼ばれる、ここに住んでいる、陰陽寮にいる数多い陰陽師の中でも、『真白陰陽師ましろのおんみょうじ』と呼ばれる六名しかいない選ばれし存在の中で、一番料理も口もうるさい“弐”と呼ばれる、主に、このやかたの料理当番をしている青年だった。


 彼ら、真白陰陽師ましろのおんみょうじたちは、本来ならばとてもとても、寝殿造り、そう呼ばれる大貴族が住むような豪勢なやかた、しかも、京の街中にある内裏の周囲を囲む大内裏のすぐそば、一等地にあるここに住めるような身分でも給料でもなかった。


 しかし、このやかたが、いわゆる『いわくつきのやかた』であり、あと、六人合わせれば、結構な高給取りであったので、やかたの手入れ、つまり除霊なんかをする代わりに、破格のお家賃で大家、つまり本当の持ち主の大貴族から、賃貸でこのやかたを借りて、『シェア寝殿』をしているのである。


 彼らは、牛車に乗って、内裏やそれを取り巻く大内裏(官庁街)に通える身分ではないので、勤務先は近い方がいい。


 そんな理由と協議の結果、ここに住んでいた。が、それが今回は裏目に出ていた。


 内裏が全焼したあと、帝の女御である大貴族の実家に入りきらなかった、あるいは運び込むわけにゆかぬ、大事な書類やら宝物やらを、そのほかの多くの役職付きの公家たちに交じって、預かる羽目になっていたのである。そして起きたのが、今朝の騒動だった。


「おや、めずらしい……出勤時間を守るとは」


 そう“弐”に声をかけたのは、小さな声でわめく『桜色の髪をした姫君』を、呪札で無造作にくるんでいた、朝に強く夜に弱い“四”と呼ばれる青年だった。


「今日は楽しい給料日だから……くくっ!」

「……いいから早く行け!」


 真白陰陽師ましろのおんみょうじを総括している“壱”は、いつもながらやる気“弐”を、焼失を免れた大内裏にある陰陽寮おんみょうりょうに、さっさと行ってこいという風に、なにかを追い払う仕草で手を動かし、さっきから無表情に立ち尽くして、“弐”を待っている“参”と“六”のいる木階(木で出来た階段)の方へと追いやった。


 ちなみに、陰陽寮おんみょうりょうというのは、公式には陰陽道を極め、天文からこよみ、時間、吉凶までを把握する中務省なかつかさしょう管轄寮かんかつりょうのひとつであり、彼らは、その中に在籍する『真白ましろ』と呼ばれる陰陽師集団である。


 壱番から始まって、六番までの選ばれた陰陽師おんみょうじたちは、背中に白磁色はくじいろの白い絹糸で六芒星を刺繍し、同じく白磁色はくじいろ二陪織物ふたえおりであつらえられた束帯そくたい直衣のうしを身にまとう。袖口から濃い紅色が、わずかにのぞき、黒いしゃくを持つ。その姿は、まるで朱鷺ときの具現であった。


 小さなさかずきほどの背中の六芒星の刺繍の中には、それぞれを認識するための数字が、分るか分からないか、それほどの小ささで刺繍され、殿上すらも許される身分ではないはずの彼らは、その職の特殊性によって、おのれの役職でも名でもなく、それぞれに割り当てられた番号で呼ばれはするが、後宮への出入りすらも許されている。


『コノ世ノモノデハ無イ存在ト世界ヘノ備エ』


 彼らはその特殊性ゆえに、さまざまな特権を持っていた。しかしながら、普段はごらんの通り、このありさまである。


「ほんとうに『深緋こきひ』の? 『龍神の姫君』なんでしょうか?」

「さあな? どっちでもいいが、せっかくの差し入れが、俺らの朝飯がなくなったのは確かだ」

「米を研ぐところからかぁ……お昼になりますけど、我慢してくださいね……」

「いや、もういい、みな出仕の時間だからな」

「あ、じゃあ、僕は休みなので、夕餉は用意しておきますねー」


 一番の後輩、つまり下っ端である“伍”は、手伝いようの簡単な式神を作り出すと、台盤所と呼ばれる、いわゆる台所に向かわせながら、呪札でくるまれた『桜姫』を両手でつつみこんで、やかたの裏にある蔵に歩いてゆく。そして大きな閂を開けて、薄暗い中をのぞきこむ。


 もともとあった、いわゆるガラクタは、はしに追いやられ、預かり物の三つの宝が中央に鎮座している。


 ひとつ目は、穂先(刃の部分)は二尺(約60cm)、金細工の精巧な鞘(さや)に収められている、全長一丈(十尺/約3m)の大槍で、槍なのに三位のくらいを持っている龍神の姫君が封印されていたと言い張る『深緋こきひ


 ふたつ目は、螺鈿細工のほどこされた美しい、しかしながらおのれが選んだ人物が相手の時以外は、鳴らないこと、こちらもことなのに、これも三位のくらいを持っている『螺鈿らでんきみ


 みっつ目は、こちらも同じくくらいを持ち、やはり相手を選り好みする琵琶『天藍てんらんきみ


 この三つは、すべてなんらかの付喪神がついていると言われ、宝物殿から運び出された品の中から、選りすぐられて? このやかたで預かった品々である。


 まあようは、国の宝でありながら、厄介な品のあつまりであった。


「…………せ」

「え?」


「わらわを放せ無礼者!!」

「わっ!!」


 一番の後輩、つまり若輩ものである“伍”の手の中にあったモゾモゾ動く、呪札に丸められた桜姫は、勢いよく呪札から飛び出すと、彼のあごを握り締めた小さな手で、下から殴りつけていた。


「いったっ!!」

「で……」


「わびとして、釜のごはんとおかずは、すべてもらったぞよ」

「全部食ったのか?!」

「止めたんですけれど、台盤所からただよう匂いを嗅ぎつけて……」

「タケノコご飯、おいしかった!! おかずは貧相!!」


 みながそろった夜、いけしゃーしゃーと、蔵から逃げ出した『桜姫』はそう言い、今日は休みだった“伍”は、あごをさすりながら、まだ涙目であった。


「釜の蓋が開かなくなるぞ!(※食べることが、ままならなくなるという意味)いますぐにな!」


 普段、台盤所の管理を担当している“弐”はそう叫んだ。


「この小さい体の中の、どこに消えているんだ一体?」

「きっと今日だけ――かな? 槍の中で何百年も、何も食べていなかったから!」


 六人は平たい目で、見た目だけはかわいらしい『桜姫』を見つめていると、彼女はすっかり眠ったのか、小さな龍の姿になって、床の上で眠っていた。


「信用できない……」

「なあ、こいつ、いまから網で焼いて食っちまおう……」


「そ、そんな、今日だけって言ってましたよ? かわいそうじゃないですか!」

「じゃあ、いまから、お前が世話係な」

「明日もこんなに食べるようだったら、お前が食費を別で払え」

「……それが順当ですねぇ」

「それより、あとのふたつの様子を、蔵に見に行きましょう。同じようなことを起こされては、目も当てられません。厳重に封印をほどこさねば……」


「え……?」


 五人の先輩たちに、ぐるりと囲まれていた“伍”は、手のひらに小さな龍をそっと乗せたまま、みなの姿が消えたあと、真っ青な顔になっていた。


 そういう訳で、“伍”は、陰陽寮での勤務とは別に『怨霊退治』の副業を始めることとなったのである。


「安心せい。わらわがついておる!」

「はあ……」


 真夜中の朱雀大路、烏帽子をかぶり、目立たぬ平凡な水干姿 すいかんすがたの“伍”は、手に下げた籠から顔を出して、自分を励ましているつもりなのか、小さな檜扇を自分に向けて、ひらひらと優雅に動かしている桜姫に向かって、複雑な顔で苦笑していた。


『その“わらわ”のせいで、こんな目にあっているのだけれど』


 朱雀大路を歩き、羅城門を抜け、月明かりだけを頼りに、長い道のりを歩く。やがて、目的地、やたらと顔の広い“弐”が紹介してくれた目的地、ようやく依頼先が現れた。


「こんばんはー」


 裏口から、そう、声をかけると、うっそうとした草の生える、古びた小さな屋敷は、ほとんど真っ暗で、人が住んでいるのか? そんな荒れ果てた様子であった。


「“弐”に騙されたのではないのかのう?」

「…………」


 桜姫のそんな台詞に、彼は返す言葉はなかった。

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