君のヒーローになりたくて

丹野海里

第1話 スクールカースト

—1—


 スクールカーストという言葉を知っていますか?


 近年、ドラマやニュースなんかでも目にする機会が増えたため、イメージできる人も多いだろう。


 スクールカースト。

 それは学校における生徒間の序列のことだ。


 コミュニケーション能力が高く、常にクラスの輪の中心にいるような人気者が1軍。

 クラスの人気者とまではいかないが、運動ができて1軍の生徒ともコミュニケーションが取れる生徒が2軍。

 そして、クラスの日陰者、地味で存在感が無く、いわゆる空気のような生徒が3軍に分類される。


 しかし、僕はそのどれにも属さないあえて呼ぶなら4軍に分類される立ち位置にいる。

 つまり、カースト外だ。


 1軍や2軍の生徒から掃除や委員会などの雑務を押し付けられる『通称便利屋』。

 いいや、表現は乱暴だがただの奴隷と言った方がしっくりくる。


 高校に入学してから1発目のイベントでもある自己紹介の場で緊張のあまり朝ご飯に食べた物を戻してしまった。

 その瞬間、僕のクラスの中での立ち位置が決まった。


「汚い」「臭い」「近づくと匂いが移る」


 談笑するクラスメイトの前を通り掛かっただけでわざとらしく鼻を摘むジェスチャーをされることもあった。


 そんな生活も半年が過ぎ、迎えた9月。

 校内は文化祭のムード一色に染まっていた。


 僕のクラスの出し物はお化け屋敷だった。

 1軍の生徒がアイデアを出し、多数決で決定した。

 別にそこまでは良かったのだが。


「おい、友陽ともひ、材料足りないからどっかから貰って来い。それと飲み物も人数分な」


 クラスのリーダーでお化け屋敷の提案者でもある純正じゅんせいが僕に命令してきた。

 純正の取り巻きの冷たい視線が僕の肌に突き刺さる。


「う、うん、わかった。飲み物はいつものでいいよね?」


「ああ、なる早で頼むわ」


 その場から離れられるならと僕は頷き、逃げるように教室を後にした。

 逆らえば暴力を振るわれる。何もしていないのに痛い目に遭うのは嫌だ。


 職員室で段ボールをいくつか貰い、人数分の飲み物を買うべく校内の自動販売機へ。

 小銭を入れてボタンを押すと、次々と飲み物が吐き出されていく。


「あー、友陽くんがまた飲み物買わされてるー!」


 しゃがんで飲み物を取り出していると、背後から明るい声が降ってきた。


明日菜あすな、前にも言っただろ。これは買わされてるんじゃなくて自分の意思で買ってるんだ。強いていうならプレゼントだな」


「ふーん、まあ友陽くんがそれでいいならいいけど。でもダメだよ、嫌なことならちゃんと嫌だって言わなきゃ」


 明日菜は僕に顔を近づけて真剣な眼差しでそう訴えてきた。

 明日菜は誰とでも分け隔てなく接していて、持ち前の明るさから1軍に属している。


 クラスのアイドル的な存在で明日菜に恋をしている生徒も多い。


 僕もその中の1人なのだが、4軍の僕が好意を寄せていると知ったらきっと迷惑するだろうし、この想いは自分の胸の内にしまっている。


「見てみろよ。あそこにいるの友陽と明日菜だろ?」


「そうだな。なんで2人で話してるんだ?」


 こちらを見ていた男子2人組が騒ぎ始めた。

 それもそうだろう。

 クラスでぼっちの僕が1軍の女子と話をしていたら変に目立つに決まっている。


 これで明日菜にマイナスな噂が出たりしたら申し訳ない。

 僕は制服を袋代わりにして飲み物を詰め込むと段ボールと一緒に持ち上げた。


「そんなに1人で持ったら重いでしょ?」


 「半分ちょーだい!」と両手を差し出してきたが、僕は首を横に振った。


「これくらい大丈夫だよ」


「そっか。友陽くんって意外と力持ちだねっ」


 そう言って笑う彼女の横顔がとても眩しかった。


—2—


 お化け屋敷が割り当てられた場所は視聴覚室。

 僕が運んだ段ボールは、教室内を仕切る壁に使われた。


 文化祭当日までの準備期間は、装飾で使う絵の具やスプレーの買い出しから驚かす道具の定番とされているこんにゃくや霧吹きの買い出しなど、雑用という雑用をこなしていった。


 やらされている、押し付けられていると思うと気持ちが沈むから自分がやりたくてやっていると思うことで、楽しんでいると脳も錯覚してくれる。

 クラスの誰かがやらなくては作業が進まないというのなら、それはカースト外の僕の役目だ。

 僕がその役目を放棄してしまったら別の誰かが1軍の犠牲になってしまう。

 そんなところは僕が見たくない。


 リーダーの純正を中心に役割分担を行った結果、1番最後まで残った僕は『こんにゃく係』という謎の担当となった。


 男子のリーダーは純正。女子のリーダーは明日菜。

 装飾、道順の壁の作成、衣装、小道具、客引き、会計、驚かすお化け役など。

 クラスメイト40人がそれぞれに振り分けられた。


「友陽、お前放課後残れるよな?」


「う、うん」


 授業が終わり、教科書を鞄に詰めていると純正が話し掛けてきた。

 文化祭の準備はホームルームや放課後を利用して行っていた。


 それぞれが担当する役割の進捗状況によって放課後に残るかどうか決めていたのだけど、文化祭も残り1週間となり、明日菜指揮の下遅れているグループのフォローに回る流れになっていた。


「んじゃ、看板作っとけ」


「でもそれは純正がやるはずじゃ」


「なんだよ、文句あんのかよ!」


 教室に響き渡る純正の怒鳴り声。

 みんな理不尽だと分かってはいるが、カーストの頂点に君臨する純正には逆らえない。


「わかったよ」


「最初からそう言えばいいんだよ。よしっ、お前ら行くぞ!」


 純正は取り巻きを引き連れて教室から出て行った。

 ここ最近、純正たちはろくに手伝いもせずに遊び歩いているらしい。

 その分、僕たちに負担が掛かる形となったが、初めての文化祭を成功させたいという気持ちが強くなり、逆に一致団結するきっかけとなっていた。


「友陽くん、いいの?」


 看板を描くための画材を取りに行くべく廊下に出ると、明日菜が駆け寄ってきた。


「いいのも何も断れるような状況じゃなかっただろ」


「まあねぇ。でもちゃんと意思表示しないと高校3年間純正たちに良いようにされるだけだよ」


 窓から差し込む光が明日菜の横顔を照らす。

 僕のことを本気で心配してくれるのはクラスの中でも明日菜くらいだ。


 友陽という名前には、友達を太陽のように照らす存在になって欲しいという願いが込められているらしい。

 僕にとっての太陽は明日菜だ。


 明日菜はいつも暗くなった僕の心を優しい光で包み込んでくれる。


 名前の由来の通り、僕は明日菜を照らすことができるだろうか。

 少なくともこのままでは無理だ。


「変わらないといけないんだろうな」


 僕が小声で呟くと、それに重なるように明日菜のスマホの着信音が鳴った。


「純正からだ。うん、うん、今から? でも準備があるでしょ。そんな……分かった。今行く」


 会話から察するに純正から呼び出しが掛かったのだろう。

 1軍には1軍の付き合いというものがあるらしい。


「ごめんね友陽くん、私行くね」


「うん、また明日」


 そんなに辛そうな顔をするなら行かなければいいのに。

 教室では決して見せない悲しそうな表情が僕の脳裏にこびり付いて離れない。

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