第37話 雪に閉ざされる前に

 この冬初めての積雪に朝は感傷的になっていたが、朝食を食べた後はラウルにせかせるままフル回転で動き出した。


「キャサの根は寒い場所に置いておけば一冬もつから、奥の棚に並べておいて。後でつるでしばって吊り下げられるようにしておくから。それが終わったら、川へ行ってアダの葉が枯れていたら急いで刈り取るよ!これ以上寒くなったら川も凍って、入れなくなっちゃうからね!」

「「わかった!!」」


 ラウルの号令にリサちゃんと素直に返事をすると、まずキャサの根の上に積もった雪を払い、次々と家へと運び込んで行く。

 素手で雪を払っているので、すぐに手はかじかんで真っ赤になった。つい手にフウフウと息を吹きかけて温めていると、隣でリサちゃんが私を真似てフウフウと一生懸命に息を吹きかけていて、その姿にほっこりと心が温かくなる。


 しかしそんなほっこりな図もラウルには通じず、すぐに次の指令が出る。


「じゃあ次は川に行くよ!ご飯前にちらっと見回って来た時には、いい感じで枯れていたからナイフを忘れないで」


 アダは水辺に生えている葦とよく似ている植物で、この家の傍の小川沿いにも群生していた。アダは一度積雪があると一気に葉が枯れて茎も枯れたような茶色に変色するので、変色した時が収穫時らしい。


 私は葦を実際に見たことはないから違いは分からないが、テレビで見た印象だと葦とアダはそっくりだった。日本ではすだれなどに利用していたが、アダは茎からしなやかな繊維がとれるそうで、リンゼ王国ではこのアダの茎を加工して糸とし、それを紡いで布を織るのだそうだ。


 布の残りが少ない今、私達はまだまだ成長する子供なだけに布が作れるのはとても助かるが、織機もなく布を紡ぐ方法は私には想像もつかなくて、今から少しだけ楽しみだ。


「うん、ちょうどいい頃合いだね。じゃあ、ノアとリサは水に入らないで刈り取れる処をお願い。刈り取り方法はリサが分かっているから。僕は一番密集している場所で水に入って一気に刈り取って来るよ!」

「ええっ!水、冷たいのに、大丈夫なの?」

「これくらいはまだ大丈夫だよ。じゃあ行って来るね!ああ、水辺だからヘビに注意してね!」


 そう言うとラウルは、下流の方へと走って行ってしまった。


「お姉ちゃん、お兄ちゃんは大丈夫だよ。毎年のことだもん。じゃあ、リサがお姉ちゃんに刈り取り方を教えてあげるね!」

「ふふふ。じゃあ、宜しくね、リサちゃん」


 少しだけラウルが心配だったが、大型の魔物以外なら一人で倒せるとウィトにもお墨付きを貰ったと言っていたから、今はエヘン、と胸を張る様子がかわいいリサちゃんと刈り取りをすることにした。


「えーっとね、アダは丈が高いから、こう、肩の上に乗せて抱えるようにしてね、こうして根元近くをナイフで切るの。そうしたらそのまま抱えて次のを刈って、切るのに邪魔になったらつるで纏めて担いで持つんだよ」

「成程、その刈り方なら一度に纏めて刈り取れるのね。ありがとう、リサちゃん。リサちゃんの倍は高いのに、じょうずね」


 アダは丈が高く、約ニメートル近い。ただ茎は葦と同じくらいの太さな為、私でも二十本くらいなら一度に運べそうだった。


 作業中は私とリサちゃんを中心に大き目の結界を張り、午前中いっぱいかかって積み上げたアダは、私の身長程の小山となった。


 そのアダを家まで運ぶのは大変なので収納にしまっていると、ラウルが走って戻って来た。


「おーーい、大量に刈り取ったから、ノア、運ぶの手伝ってくれないか!」

「わかったー!ここの仕舞ってから行くねーー!」


 大きく手を振って了解したことを伝え、全部しまってからラウルが刈っていた場所に行くと。


「う、うわぁ、凄い……。これでどのくらいの布になるの?」

「外の皮は剥がすから、これでもシーツ三枚分くらいだと思うよ」

「ええ、これで……」


 私とリサちゃんで刈り取ったアダの三倍もある山を見上げながら、布に紡ぐ作業を想い途方に暮れてしまったのだった。





 昼食を食べた後もアダを刈り取り、川辺で一日過ごして身体がすっかり冷え切ってしまった。

 これ以上寒くなったら耐えられない、と夕食を食べた後はせっせと毛皮でコートを作るべく切って行く。毛皮はウィトが狩った魔物の物だが、ボアなどは毛が固く防寒着には向かないので、これは私の身長程もあるもこもこの兎のような魔物の物だ。


 寒くなると毛色が白くなり毛並みももこもこになるらしく、ウィトが寒い寒いという私の為に狩って来てくれたのだ。当然ウィトに抱き着いてお礼を言ったよ!


 それをラウルが鞣してくれたのだが、その分厚いので普通の針では通らない。なのでナイフで穴を開け、そこに紐で結ぶのだが、これはとりあえずポンチョコートにするつもりだ。手間が最小限ですぐに使えるし、リサちゃんが着たら絶対かわいい!


「そうだ、さっき川沿いに森を入って行ったらムグの木を見つけたんだ。確か、洗濯の時に汚れを落とす物が欲しいってノア、言ってたよね?」


 台所の台の上で作業する私の目の前の席で、小さな木の板をナイフで削っているラウルが手を止めて顔を上げた。

 ラウルが今作っているのは櫛だ。器用に肉を焼くのに刺す木の串をナイフで枝から削り出しているのを見て、私が作って欲しいと頼んだものだ。


 ブラシはさすがにナイフだけでは無理だが、櫛があればウィトのブラッシングも出来る。ずっとブラッシングをしたいと思っていたのだが、櫛がなくて今まで出来なかったのだ。


「ムグの木?」

「そう。ムグの木の実を割って中の果実を水に入れて揉むと泡が出てくるんだ。それで洗濯すると汚れが落ちるよ。まだ実が残っていたから、欲しいなら明日採りに行こうか」


 そ、それってムクロジみたいなヤツなのかな?でも、石鹸が手に入るなら欲しい!!


「うん、欲しいっ!でももう雪が降っているのに採れるんだね」

「あれは食べられないから、そのまま木に残っているんだよ。冬は葉っぱが落ちるから見つけやすいんだ」

「じゃあ頑張ってたくさん採ろうね!」


 ついうれしくなって鼻歌を歌いながらナイフで毛皮を切って行き、一枚の毛皮から二枚のポンチョをとることが出来た。


「……そんなに短いと寒いんじゃない?」

「ふふふ。これはね、リサちゃん、ちょっと来て!」

「なあに、お姉ちゃん!」


 床の上でウィトと遊んでいたリサちゃんを呼び、切り取ったポンチョ用の毛皮を肩に掛けてみると。


「ふわふわ!あったかいよ、お姉ちゃん!」


 灰色の髪に真っ白な毛皮が生え、腰のあたりまでのポンチョがとっても可愛らしかった。


「そうでしょうそうでしょう!ウィトがね、寒いから獲って来てくれた毛皮なんだよ。ホラ、手を動かしても邪魔にならないでしょ?」


 手で襟元をつまみ、腕を動かして貰うと、自由に動かしても支障がないようだった。


「本当だ!ウィトお兄ちゃん!毛皮、ありがとう!」


 掛けていた毛皮を外すと、リサちゃんはウィトの方へ走って行った。ウィトもお礼を言われて「グルルゥ」と機嫌が良さそうに声を上げていた。


「これで良さそうだから、あとは首で縛るように紐を通す穴を空けて、紐を通せば完成かな」


 本当は裏地をつけたりとか裾や襟を布で巻きたいが、針が通らないので何も加工出来ないのだ。

 自分の分のポンチョも羽織ってみて、大きさを確認してから紐用の穴を空けていると。


「……ノア、リサの分までありがとう。この毛皮なら、暖かく過ごせそうだよ。……去年は重ね着させるだけで精一杯だったから」

「ふふふ。もうリサちゃんは私にとっても妹だもの。それに毛皮を狩って来てくれたのはウィトだし、毛皮を鞣してくれたのはラウルじゃない。明日からラウルの分も作るけど、お揃いのポンチョでもいい?」


 男の子のポンチョ、かわいいと思います!ポンチョから出る黒い尻尾とか、いいよね!


「……狩りもするから、腕がもっと動かせるようにマントでいいよ。魔物を見つけたらすぐ外せないと邪魔になるし汚れるから」

「そっか。じゃあ、形は考えてみるね」


 それなら毛皮を腰に巻くだけの腰巻なんかいいかも?後ろに尻尾用の切れ込みをいれて、走れるように邪魔にならない長さで。腰が温かいだけでも違うよね。……私とリサちゃんのも作ろうかな?


 狩りと言っても私が家から持って来た荷物の中には剣はなく、刃物はナイフと斧と鍬しかないのだが、ラウルは獣人で筋力が強いのか、薪割用の斧を片手で振り回せるのだ。

 森でウィトが追い込んだボアをラウルが斧で仕留めたのを見た時は、さすがにポカンと口を開けたまま茫然としてしまった。


 でも、明日はムグの実採り、か。楽しみだな!ムクロジと同じような感じだったら、頭と身体も洗えるかな?……ふふふ。こうして雪が積もることを恐れていたのに、まだまだやる事があるだなんて。私一人だったら雪が積もり出したら家の中でずっと悶々と考えてしまっていたかもしれないものね。


 いくら焚火をして室内が暖かくても、ウィトがいてくれてもどんどんと塞ぎ込む自分の姿が容易に想像出来て、今、ラウルとリサちゃんとそれにウィトと、家族としてこの家に暮らせていることに、改めて感謝をしたのだった。

  






ーーーーーーーーーー

もふもふ成分(ウィトの出番)が不足していて禁断症状になってきました……。どこかで補充せねば!

どうぞ宜しくお願いします<(_ _)>

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