第15話 森の中の移動

「よしっ。移動する前に、ささっとスープだけ作ろう」


 うっすらと空が明るみ、夜が明けたことを知る。じっと膝を抱えて蹲っていた身体を伸ばし、周囲を伺いつつ立ち上がった。


 今日は草原から離れ、森の中へと移動する。人目を避ける為には街道を使う訳にはいかないが、街道から離れたら森の奥地へと入ることになる。

 森の奥で暮らすのは今の私では無理だということは、ここで過ごした十日間で思い知っているが、叔父の元へと連れ戻されない為には、何としても森で生きる術をみつけなければならない。


 ほとんど眠れずに過ごしながら自分の状況を冷静に見つめたことで、逆に昨日の自分に捜索依頼が出ていると知った時の焦燥感はなくなっていた。


 周囲の気配を探り、人影がないことを念入りに確認すると森から出ると、昨日変換して食べそこなったコレンナと根菜のスープを作った。


「ハア……あったかい。うん、大丈夫。多分街道の休憩所でなら、人が居ない時間にこっそり火を使ったりできるだろうし、その時はまたスープを作って飲めばいいのよね」


 街道沿いにザッカスの街までの間に設けられている三か所の休憩所は、何台もの荷馬車を止めて置けるように木が伐られ、広場が作られている。

 それに森で依頼をこなしているギルド員の目さえ注意していれば、テムの町からもザッカスの街からも朝一番でしか人は移動しないのだから、夜を過ごすことも出来るだろう。


 森の奥に行けば、今までに見かけなかった薬草とか野草、それに果物なども見つかるだろうし。そうしたらタブレットの変換リストも増えるだろうから、食べ物は何とかなる。よし!行こう!


 良い面だけを自分に暗示を掛けるように言い聞かせ、気持ちを前向きに持って行き、念入りに火の跡を隠蔽すると、朝陽が昇る中薄暗い森の奥へと足を踏み出したのだった。




 森の中を歩くこと三日目。やっと両親とザックスの街へ向かった時に使った最初の休憩場所を見つけることができた。

 ここはテムの町からザッカスの街まで約三分の一程の距離で、街道を歩いたなら四時間程で着く距離だ。


「うう……。やっと知っている場所に出た。このまま国境の山に行っちゃうんじゃないかと……」


 知っている場所に着いたという安堵に涙ぐみ、この三日ほとんど寝ておらず、ぼんやりする頭でそのまま無警戒にフラフラと休憩所の広場へと出て座り込む。


 草原を出発し、直接街道沿いに向かうのは危険だと森の奥へと入ったところ、奥へ入りすぎて方向を見失い、うろうろとほとんど進まなかった一日目。二日目はほとんど徹夜でぼんやりと歩いていたら、うっかりゴブリンと鉢合わせしてしまい、気が動転して森を走って逃げまどい、更に森の奥へと踏み込んでしまった。

 そこからはいつボアなどの大型の魔物に見つかるかとドキドキビクビクしながら結界を張りながら太陽を確認しながら歩き、三日目の今日、やっと知っている場所まで戻れた、という訳だ。


「……ゴブリンが単独だったから良かったよね。あの時、もしあともう二体いたら、結界があってもかなり危なかっただろうな」


 当然安全な隠れられる場所を探す余裕などなく、ただ必死で自分がいる現在地を知る為に街道を探していた。

 ゴブリンに見つかった以外に出会った魔物が、角ウサギや小型の魔物のみだったのも運が良かったのだろう。ただ、今夜は寝ないで警戒する自信は全くなく、休憩場所を見つけた安堵もあって今すぐにでもへたり込んで眠りそうだった。


「もう夕方近いからここを通る人はいない筈だけど……開けた場所で寝るのは止めた方がいいよね」


 ぼんやりする頭でもその判断だけはして、今はスープを作る気力もないのでもそもそと水で固いパンを流し込み、休憩場所から少し森へ入った場所の太めの木の根元に丈の長い草があるのを見つけ、その中へ入る。


 ……魔力を全て注ぎ込んで、三重の結界を張れば朝までは持つ、よね。持たなくても私の体力が限界だからどうしようもないし。それで、いいよね……。


 もうすぐにでも落ちそうな瞼に、気力を振り絞って結界を張ると、そのまま体育座りをした膝に顔を埋めて眠りに落ちていった。



 その夜は一度も目を覚ますことなく、翌朝までぐっすりと眠っていた。これだけ深く眠ったのは、初めて草原で寝た日以来のことだった。


「……もう、朝?ああ、ぐっすり眠っちゃったんだ。生きてて良かった」


 まだぼんやりする頭で無意識に結界を確認すると、一番外の結界は消え、二番目の結界も消えかかっていた。

 三重の結界に同じくらいの魔力を込めていたことを考えると、夜の間にも小型の魔物か何かに攻撃は受けたのだろう。

 それでも森の中でそのくらいの攻撃で済んだのは、ここが街道の休憩場所に近い場所だったからに違いない。


「まだ、テムの町から出た人達は到着しない、よね?さっさとスープを作って、森の奥へ行かなきゃ」


 もうすっかり明るくはなっていたが、時間的には今からテムの町を出発、というくらいだと太陽を見て判断すると、手早く休憩場所で竈を作ってスープを作って飲み、ざざっと足で火の跡を消した後は急いで森の中へと入った。

 ギルド員が使っているのだろう森の奥へと続く草をかき分けた獣道を避け、草が深い方へ入って行くと。


「おう、ここで休憩だーー!ここで抜けるギルド員はどのくらいいるんだ?」

「ああ、俺ら三人はここで抜けるぞ。ゴブリンと角ウサギの討伐、それに薬草の採取だからな」

「俺達二人もここで」

「……んーと、じゃあここから先に行くギルド員はあと五人、か。じゃあ皆でここから先は警戒して進むぞ」


 大勢の人の気配と、それに荷馬車や馬の気配が近づいて来たことに気づいて、思ったよりも起きたのが遅かったことに冷や汗をかく。


 う、うわ……。ギリギリだった。焚火の煙を見られていないよね?テムの町から来た商隊だし、見られたらすぐに捜索依頼の子供だと、気づかれてしまうかもしれない!


 ドキドキしながら気配を殺し、人の声に聞き耳を立てていたが、どうやら焚火の跡には気づかれていないようだった。

 そのことにホッとしつつ、これからギルド員が五人森へ入ると知り、この場所から動くのは危険だと判断し、藪の中に入って座って結界を張って息を殺し、商隊が出発し、ギルド員たちが森の奥へと去るのを待った。


 結局その日はギルド員に見つかることに怯えてそこからほとんど動かず、夕方にザッカスの街からの商隊が休憩場所へ到着し、朝森へ入ったギルド員たちと合流してテムの町へ去るまで気配を殺していた。



 ただ人が去った後は休憩場所へ行きスープを作って飲み、そして休憩場所の近くだとゆっくり眠れることから、それから二日は近場の藪の中で過ごしていた。

 そして三日目の夕方、商隊と人の気配が去って行ったのを確認し、休憩場所でスープを作ろうと森から出ようとした時、パキンと枝を踏んだ音で振り返った男性と不意に目が合った。


「っ!!」


 ごくり、と息を飲んだのは果たして私だったのか相手だったのか。ただその瞬間に「ヤバイ!」と心の中で警鐘を鳴らし、慌てて振り返ると一目散に森の中へと走り込んだ


「あっ、待って!ちょっと、君みたいな子供が今の時間、森の中なんて危ないよっ!!」


 そんなの、言われなくても分かってる!

 そう怒鳴り返したくなったが、今はそれどころじゃない。追って来る気配がないか、後ろに神経を尖らせながら懸命に草をかき分けて走った。


「おい、いい加減にしろ。こんな場所に子供なんている訳ないだろう」

「いや、いたんだって!まだ恐らく十歳にもなってない子供が!だから探さないとっ!」

「こら、行くなっ!急がないと俺達もここで夜を明かすことになるだろうが!それにもしいたのが本当だとしても、どうせ訳ありだ。見つけてどうするんだ」

「いや、それは……でも」


 しばらく走っても追って来る気配がないことを確認し、そろそろと引き返して大木に身を隠して気配を殺して聞き耳を立てていると、そんな声が聞こえてきた。


 ……そう、どうせ私は訳ありだ。今テムの町に連れ帰られても、叔父に引き渡されてこき使われるか、奴隷商人に売られる未来しかない。森の中が危ないことだって、十分分かっている。だけど、だったらどうしろというの!


 久しぶりの温かなこちらを気遣う言葉に、一瞬張りつめた気持ちが緩みそうになり、慌てて自分に戻る場所なんてないのだと言い聞かせる。

 そんな自分の心の中で葛藤を繰り返している内に、どうやら男の人達は先に行った商隊を追いかけて行ったらしく、人の気配は無くなっていた。


「……私にはもう誰もいないのだから、一人で頑張って生きていかないといけないの。それがお父さんとお母さんへのせめての恩返しなんだから」


 償い、と言葉に出そうになり、悲し気な両親の顔を思い出して恩返しと口にしたが、今の暮らしは頭の隅で考えてはいけないと思うのに、どこか頭の奥の方で罰が当たったのだと繰り返し囁いていた。通販スキルを検証して能力が分かる度、その声は大きくなっていく。


 ……いいえ。お父さんもお母さんも、償いなんて望んでいない。望んでいるのは、私が生きて幸せになることよ。


 ふう、と大きく深呼吸をして気分を入れ替え、誰も居なくなった休憩場所へと行くと。そこにはポツンと小さめな布の袋が置かれていた。

 先ほどの、私のことを心配していた男性のことが気にかかり、恐る恐るその袋を手に取って開けてみると、中には黒パンが三つ入っていた。それがあの男性からだとどうしてか確信できて、気づくとポロポロと涙が零れ落ちていた。


「……ううっ。ど、どうせ面倒見てなんてくれないんだから。や、優しくなんてしないでっ」


 だって、期待したって私のことを気に掛けて、面倒を見てくれる人はもう誰もいないのだから。優しかった両親は、私のせいで死んでしまったのかもしれないのに!


 感情が高ぶって喚き散らしたくなるのをなんとか堪え、スープを作り出した頃にはもう、辺りはすっかり暗くなっていたのだった。






ーーーーーーー

修正に手間取り遅くなりました。夜の更新も今日は遅くなりそうです。

次からプロローグの続きに戻ります。もふもふカウントダウン1です!よろしくお願いします<(_ _)>

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