第9話 一人で生きる選択

「おいナタリー!ここに兄貴の娘が来ているだろう、さっさと出せ!店も兄貴の娘も、今日から俺のものだからな!」

「ハア?あんたガデス、何を言っているんだい!お前さんはとっくに勘当されて家を出された身じゃないか!店だって跡取りはノアちゃんだよ!」

「フン。小さな子供に何が出来る。あの店は親父の店なんだ。兄貴が死んだのなら、俺の物だろうが!だったら好きにして当然だろ!いいから出せ!店の金がどこを探してもほとんどねぇんだ。絶対どっかに隠してあるに違いねぇんだからな!」


 そんな叫び声を聞きつつ、自分の判断が間違いじゃなかったことを思い知っていた。



 店の前から叔父の叫び声がした時、私はとっさに倉庫にあった背負い袋にタブレットから自分の着替えなどの身の回りの物を入れ、それを持って裏口から隣のナタリーおばさんの家へと逃げ出したのだ。

 怒鳴る声が聞こえた瞬間、嫌な予感は当たって絶対に話合って分かる相手じゃない、一度でも顔を合わせたらまずいと確信したからだ。


 私が裏口から逃げ出した後も店の前でしばらく怒鳴っていた叔父は、裏口が開いていることに気づいて中に入り、ドタバタと物をあさっているようだったが、店に現金や金目の物が少ないとみるや、ナタリーおばさんの家へと怒鳴り込んで来たのだ。


「そんなのそれこそ小さなノアちゃんが知る訳ないだろう!元々カザルとニーナは、仕入れの為にザッカスの街へ行った帰りに魔物に襲われたんだ。仕入れにお金だってもって行ってただろうよ!」

「なら、その持ってた金はどこにあるんだよ!生き残ったっていう娘が持っているんだろう!」

「あんた、本当に最低な男だね。兄だというなら、なんでカザルとニーナの葬儀には顔を出さなかったんだい!間に合わなかったとしても、お墓参りくらいはしてきたんだろうね!? お前さんなんかにノアちゃんを渡す訳ないだろう!さっさと帰んな!」


 そんな声を居間で聞きつつ、このままだとナタリーおばさんにも迷惑がかかると悟り、ここにも居られないと実感した。


 ……お父さんが持っていたお金と隠してあったお金は持って来たけど、家に置いてあったお金はわざと持って来なかったのに。それでも満足しないのか……。


 確かに倉庫にあった金目の物を少しずつ持ち出してきたが、金属製の物は鍋やナイフ、斧などを三つずつぐらいだ。倉庫に律儀に置いてあった荷馬車に残っていた仕入れて来た鍬なども、不審がられないように持ちださずに置いたままにしたのだ。


 これから先、どうしよう……。今顔を見せずに隠れていてもこの町にいたら、叔父に無理やり連れ戻されて売られる未来しか思い浮かべられない。これ以上おばさんにも迷惑かけられないし……。


「まったくもう!カザルもその両親も人柄が良かったのに、なんであんなろくでなしが出来たんだか!ノアちゃん、今夜はこの家に泊まっていきなね」

「おばさん……。ごめんなさい、迷惑かけて」

「迷惑なんて、そんなのノアちゃんが気にすることじゃないよ!さ、夕食を作るから手伝っておくれ!」


 やっと叔父を追い返して戻って来たナタリーおばさんに、申し訳なくて謝ったが、そっと抱きしめてくれて頭を撫でてくれた。

 それから食事の支度を手伝い、帰って来たナタリーおばさんの旦那さんと息子さんと一緒に食事をしてから早めに休ませて貰ったが、どうにも寝付けなくて水を貰おうと台所に行こうとすると灯りがもれていて話し声が聞こえてきた。


「ノアちゃんのこと、どうするんだ?ガデスにはどうやったて任せられないが、この家で面倒を見てもガデスが難癖つけて来るだろう?あの家はノアちゃんの物だが、ガデスを追い出そうにも、な……」

「そうだねぇ……。あんなろくでなしがいなければ、ノアちゃんを助けて店を継がせてやれるのにね、まったく。……あのガデスがいるんじゃあ、この町で面倒を見る訳にもいかないかもしれないね」


 やっぱりそうだよね。あの怒鳴っている感じだと、私を保護してくれた人に暴力に訴えてでも連れ出しそうだものね。


「そうだな……。カザルとニーナには申し訳ないが、孤児院へ預けるしかないか」

「でもおまえさん。ザッカスの街の孤児院は評判が……」

「だがデールスの街までは遠くて連れて行くには……」


 孤児院、大きな街にはあるんだ。この町にはないから、あるとは思わなかったけど、孤児院で評判の良くないってことは、そこに行っても奴隷商人に売られる危険性は無くならないってことかな……。


 初めて見た大きな街にノアは浮かれていたが、思い返してみれば大通りから入った宿近くの裏道は、薄暗くてゴミなども目だっていた。

 ザッカスの街が国境の街ということも考えれば、孤児も多そうだから恐らく孤児院にも入れない子供もいるのではないか、と推測まで出来てしまう。


 多分、年老いたおばあさんなシスターがよくよく面倒を見てくれて、な孤児院ではなく、人を物のように扱われてこき使われ、年頃になったら娼館などに売られる方のダークな孤児院の想定かぁ……。やっぱり異世界転生だって、してみれば現実なんだからいいことばっかりの筈はないよね。


 現代日本よりもずっと人の死に近い世界なのだ。甘い筈がない。誰もが生きて行くだけで大変な世界なのだ。


 魔法もある世界なのに、私に使えるのは生活魔法だけだし……。それとも魔法はイメージ!とか言って、生活魔法が使えれば全属性の魔法が使えたりしたりして?でもそれを検証する前に、叔父のことがあるのだからすぐにでも自分の身の振り方を決めないとね。


 この世界に生まれて八年、魔法を見たのはお母さんが出す種火やコップ一杯程の水くらいで、魔法に属性があるかどうかも知らないのだ。

 庶民の生活には魔法は縁遠く、この国が王政なことは知っているが貴族がいることもそういえば知らなかった。


 フフフ。私、何にも知らないのね。でも……転生の時に通販スキルを思い浮かべて安易なチート無双!とか浮かれた私のせいで、孤児となったのだ。どうしてこうなったの、とは思うけど、もうお父さんとお母さんは生き返らないし、頼れる人がいないなら自分の力で生きていかなきゃならない。なら……。


 この町を、出て行こう。多分、ザッカスの街の孤児院へ行っても、あの叔父はその内お金が無くなったら探しに来そうだから、ザッカスの街へも行けない。


 じゃあどこへ?となると、お父さんが書き残してくれた商家へも一人でたどり着けるかは分からないし、それにせめて十歳にならなければ見習いとして住み込みで働ける希望もないだろう。


 一瞬、グレイおじさんを追いかけよう!という囁きに甘えそうになったが、誰にも頼らず生きて行くのも今の転生を選択した罰なのかもしれない、と思い諦めた。


 森で一人でスローライフ、なんていかにも小説の転生主人公みたいじゃない。ねえ、神様。そう望んだなら、そうしろってことなんでしょう?


 こんなことはちらっと考えただけで、望んでなんていなかった!と喚き散らしたいけれど、それで状況が変わるなんて夢はみれない。教会で文句を言っても、あの神が出て来て、なんてことは絶対にないと言い切れる。


 物語ではなく現実だからこそ、自分の意思で生きたいなら今はそれしか道はない。自分の力だけで生きて行くのだ。そう言い聞かせ、ナタリーおばさん達の話合う声に背を向け、静かに布団へと戻ったのだった。


  



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