第44話 「少しスッキリするといいな」

 川の水に入り、ぷかぷかと仰向けで浮いて水に流されるのを楽しんでいた。


 真夏の暑い太陽で流れていた汗が、冷ための川の水で流されていくのが気持ちがいい。


 そんな遊泳をまったりと楽しんでいたら、省吾くんが佳乃さんの浮き輪を使ってこちらに近づいてきた。


「なぁなぁ春斗」

「なんでしょうか?」

「この前は全然分からなかったんだけど、陽葵ちゃんって意外とおっぱいあるのな」

「だーーーー!! 人の彼女にいきなりなんつーこと言ってるんですか!!」


 省吾くんが唐突にとんでもないことを言ってきた!


「B? Cありそうかな。服の上からだとペッタンコだったから全然分からなかったわ」

「俺の彼女をそんな風に見るの禁止!! 雅文さん助けて下さいよ!!」


 まさふみさ……と声をかけようとしたら、雅文さんは遥か遠方で水しぶきをあげながら猛烈に泳いでいた。


「……とりあえず陽葵のことそんな風に見るのやめてください!」

「せっかく可愛い水着着てきたのに見ないのも失礼じゃね?」

「ダメなもんはダメなんですっ!!」

「はいはい、あーあ誰に見せるためにあんな気合入れた格好してきたのやら」


 浮き輪に乗った省吾くんはそんことをボヤきながらスイーっと川の流れに流されていった。


 今度は、陽葵はばしゃばしゃとぎこちないバタ足で俺の傍にやってきた。


「春斗くんボールで遊ぼうよ!」

「お、いいね」

「あっちで佳乃さんが待ってるよ! あれ? 省吾さんさっきまで一緒にいなかった?」

「そっちに流れていった」


 省吾くんのほうに指をさすと、省吾くんがぷかぷかと穏やかな流れに身を任せていた。


「浮き輪いいなぁ。私もあとで貸してもらおう!」

「そうしてもらいなー」

「ところでさっき何の話してたの?」


 ギクッ!!

 陽葵が相変わらずするどい! 

 誰が本人を目の前に、お前の胸の話してたなんて言えるかっ!!


「男同士の話……」

「……ふーん」


 俺がそう言うと、陽葵が小さい手が俺の左腕を掴んだ。


「あんまり他の人とエッチな話してたらヤダよ?」


 ぐぇー!

 聞こえてないはずなのに、やっぱりこの子はやたら察しがいい!!


「ごめんなさい」


 とりあえず素直に謝ってしまっていた。




※※※




 ——雅文さんが華麗なトスを上げる。

 それに合わせて、佳乃さんがドルフィンのごとくジャンプをする。

 ビーチボールが炸裂するかの勢いで力強いスパイクが佳乃さんから放たれた!


 それを陽葵が華麗にレシーブ!! ……とはいかなかった。


「ぶっっ!!」


 自分の腕に当たって跳ねたビーチボールが陽葵の顔面に炸裂する。

 転がっていくビーチボールを陽葵がドタドタと拾いにいく。


 ……今のはスパイクの威力が半端なかったので仕方ないのだけど、実はうちの陽葵ちゃんは相当な運痴です。

 ここに来てからはこんな風に運動する機会がなかったのでバレなかったけど……。


 家事ならテキパキこなすのに、特に球技に関しては途端にボロボロになるうちの陽葵ちゃん。本人にあまり苦手が意識がないのが救いなところである。


「陽葵、パーース!」

「春斗くんいくよーー!」


 ビーチボールを拾って陽葵がこっちに思いっきり投げる。

 ぽわーーんと力なく打ち上げられたボールは、何とかギリギリでこちらまで届いた。


「春斗やるぞ!」

「はい!」


 俺が省吾くんにトスを上げる。

 省吾くんが慣れた様子で、ジャンプしてスパイクを放つ!


「あねごぉおおお!死ねぇええええ!!」


 佳乃さんに対する負感情ダークマターが入り混ざった凄い威力のスパイクを省吾くんが放つ!!

 さすがの佳乃さんもこれは取れないだろう!!


 ……と、思ったが佳乃さんはうまく威力をいなして、あっさりと取ってしまっていた。あまりにも完璧なレシーブだった。

 浮かんだボールを再び、雅文さんが上手に佳乃さんにトスをする。


「ショーーゴ!死ねぇええええええ!!」


ズバァアアアン!!


 聞いたときのない音と声が、佳乃さんから聞こえてくる。

 さっきから非常に物騒な言葉が行きかっている。


 当然、省吾くんはそのボールを取れるわけもなくビーチボールは再び遠くに飛んでいってしまった。

 あーーーっと陽葵が大きな声をあげて、ドタドタと小ぶりなお尻を振って、再びボールを取りに行ってしまった。



 ――俺たちは川辺の比較的柔らかい砂のところで、みんなでビーチバレーをしていた。


 佳乃さん・雅文さん連合 VS  俺・省吾くん・陽葵の連合のチーム分けがジャンケンで決まった。

 ……戦う前から既に絶望的な戦力差だった。


 一方的に佳乃さんと雅文さんになじられる展開が続いて、我が軍は大分疲弊しきっていた。


「やめだっ! やめだっ! 武闘派の二人に勝てるわけがねーー!」


 そうなると省吾くんは飽きてしまい、再び泳ぎにいってしまった。


「……まだやる?」


 雅文さんが俺に声をかける。

 省吾くんが抜けた今、我が軍の戦力は俺と陽葵のみ。

 勝ち目は当然なかった。


「ギブアップです……」


 俺が降伏宣言をすると、佳乃さんと雅文さんがハイタッチしていた。


「あれ? 終わり?」


 陽葵が息を切らして戻ってきた。


「我が軍の完全敗北でございます」

「なーんだ」


 陽葵が残念そうに拾ってきたボールをぽんぽんと手のひらで叩いていた。


 ふぅと佳乃さんが深く呼吸をすると、佳乃さんは泳いでいる省吾くんのほうに目をやっていた。


「こんな風に遊んで少しスッキリするといいなショーゴ」

「……そうですね」


 佳乃さんと雅文さんがそんな話をしていた。


 ……結局、二人とも省吾くんのこと心配してたのかな。


 だったら少し手加減してくれてもいいのにと思いつつ、その時の二人の優しい顔が、俺は忘れることができなかった。

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