第37話 「登場! 本物のオカンたち!」

 その後、クルマを少し走らせるとうちの実家が見えてきた。


 ……と、同時にくるくると天然パーマの小太りのオバハンが般若のような顔で門で仁王立ちをしていた。


 ——うちの本物のオカンだった!!


「あっ、帰る家間違えた!」


 陽葵ひまりが助手席からうちのオカンに手を振っていたが、そのまま俺の家の前を通り過ぎる。


「ちょ、ちょっと春斗くん! おばさんいるよ!」

「あんなモンスターみたいなやつがいる家は知りません」


 スーッと徐行でクルマを走らせていると、後ろからそのモンスターがものすごいスピードで追いかけてきた。さながら、妖怪ターボばあちゃんだった。


「ちょっと! 春斗あんたっ!!!」

「げぇっ! なんで追いかけてくるんだよ!!」


ドンドンドンッ!!


 そのターボばあちゃんが、手をグーにして俺の車のリアガラスをすごい勢いで叩きつけてくる。一歩間違えば、叩き割られそうな勢いだった。


「分かった! 分かった! 戻るから!」


 仕方ないのでバックでうちの家の駐車場に入っていった。


 ……。


 他にも誰か見える。


 うちの家の玄関の前には、陽葵んちのおばさんまで待ち構えていた。

 陽葵んちのおばさんはうちのオカンと違って、身支度は綺麗に整えている。

 茶髪がかった長い髪で、化粧はばっちりだった。


「ハルくーーん! おかえりーー!」


 陽葵んちのおばさんがぶんぶんと俺に大きく手を振る。


 つ、ついに本物のオカンたちが登場してしまった!

 隣の小さいオカンと合わせて、スーパーオカン大戦が始まりそうだった。


「……ただいま」


 クルマを車庫に駐車して、待ち構えてるオカン共に挨拶をする。

 陽葵が助手席から飛び出て、俺の母親に挨拶をする。


「おばさんただいまーー!」

「ヒマちゃんおかえりー! うちの春斗が迷惑かけてごめんねぇ!」


 うちのオカンが陽葵の頭をなでなでする。


「お母さんただいまーー! やったよーー!」

「おかえり陽葵、良かったね!」


 実の母親と陽葵が半月ぶりの再会を果たす。

 パァンとなぜか親子でハイタッチをしていた。


「じゃ、じゃあ俺はこれで……」


 何かを言われて大火傷をする前に、俺はそそくさと自分の部屋に行こうとする。


「春斗、あんたちょっとこっち来なさい」


 妖怪に地獄行きを宣告されてしまった。




※※※




「だから悪かった! 悪かったって!」

「大体あんたはヒマちゃんにも迷惑かけて!! これだけ皆に心配させて何様だと思ってるの!!」


 本物のオカンによる怒涛の連続口撃が飛んでくる。

 やはり、本場のオカンは火力が全然が違う!

 家全体が揺れ動くような大きい声だった。


「いえいえ、うちの陽葵もいい経験させていただきましたので。ありがとねハルくん」


 そう言って、俺に陽葵んちのおばさんがウインクをする。

 このお説教の場に、なぜか陽葵も陽葵んちのおばさんも同席していた。

 お説教会場はうちのリビングだ。


「あっ、ヒマちゃん何か飲む?」

「じゃあお茶をお願いします!」

「はーい」


 陽葵には大分甘々なうちのオカンが陽葵にそう声をかける。


「おっ、じゃ俺もお茶ほしい」

「あんたはナシに決まってるでしょ」


 ひととおり説教を終えたうちのオカンはどこかスッキリした顔をしていた。 

 毒を吐きだして、妖怪から人間の形相に戻っていた。 


 そんなオカンは、陽葵たちに飲み物を出すために、よいしょと椅子から立ち上がった。うちのオカンがキッチンに向かうと、陽葵が、突如「あっ!」と声を出して急いだ様子で席を立った。


「おばさーん! 私も手伝います!」

「あらら、ヒマちゃんにまさか手伝ってもらえるなんて、おばさん嬉しくて涙が出そうだわ」


 いかにもな大げさなことを、うちのオカンが陽葵に言う。

 陽葵もニコニコとした表情で、うちのオカンとキッチンに行ってしまった。


 ……と、なると取り残されるのは俺と陽葵んちのおばさんになるわけで。


「陽葵も急に気が利くようになっちゃって、何かあったのかしら?」


 ニヨニヨと陽葵のオカンが俺に話しかけてくる。


「何か、ハルくんのお母さんに気に入られたい事情があるのかなぁ」


 ぴゅ~とおばさんが下手くそな口笛を吹く。


 ……ぜ、絶対この人色々分かって言ってる!

 昔からこの人はこういうところがある!


 うちのオカンがババアリアンもといバーバリアンのような戦士タイプなら、陽葵のオカンは毒リンゴを持ってそうな魔法使いタイプだった。

 おばさんは昔聞いたところによると結構いい大学を卒業したらしいので、うちのオカンと違って随分頭が回る様子だった。


「ハルくんのこと本当の息子みたいに思ってたけど、本当の本当に私の息子になっちゃうのかしら? 嬉しくておばさん涙でちゃいそう」


 オカン同士で似たようなことをお互いの子供に言ってくる。


 うちのオカンからは大声という外部からの攻撃をうけ、陽葵のオカンからは精神的揺さぶりがかけられる。


 ——そう、ここは戦場なのだ。

 隙を見せてならぬ。。隙を見せたら一瞬で首が持っていかれるのだ。

 俺のおたおたしている姿を楽しもうとしている陽葵んちのおばさんだったが、今日からはそうはいかない!


 俺はシェアハウスに行って少しだけ成長できたはずなのだから!!


 省吾くん! 雅文さん! 佳乃さん! オラに力を分けてくれ!

 気持ちだけは両手を天に広げて、パワーを集める。


「おばさん! 実は陽葵とっ!!」

「あーー! お母さん! 春斗くんとお話してる!」


 キッチンから陽葵が小走りにやってきて、俺とおばさんの会話に突如乱入する。


「何よ、陽葵。今いいところだったのに」

「何の話してたの!?」

「何の話だっけハルくん?」


 陽葵んちのおばさんが全てを分かったうえで、俺に話をふってくる。


「……後日改めて、ご挨拶させていただいてもよろしいでしょうか」

「いつでもいいよ。待ってるからね」


 ニコっとおばさんが俺に微笑んだ。


 こうして、一回目の報告チャンスは見事失敗に終わった。


 ゲロの省吾くん、寡黙な雅文さん、汚部屋レディの佳乃さん。

 ——よく考えたら、シェアハウスの人たちのパワーを集めても何の役にも立たないような気がした。

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