第16話 ついに量子超越性が証明された

「た、大変だ!」


 家族4人で夕食をとった後、居間でスマホを使ってネットを見ていた竜一りゅういちが急に立ち上がった。


「どうしたの竜一君?」

「兄貴、どうした?」

伯父おじさん、何があったの?」


 竜一以外の家族3人が何があったかと竜一の様子を見る。


「つ、ついに量子りょうし超越性ちょうえつせいが証明されたぞ!」


 帰ってきた言葉はそれだ。


 量子りょうし超越性ちょうえつせい……それは既存のスーパーコンピューターが計算を終えるのに「少なくとも数万年単位、物によっては数億年」かかる程複雑な計算を「ほんの数分で終わらせる」という、量子コンピューターの持つ莫大な計算能力の事だ。

 それが証明されたことを伝える記事だった。

 これは既存のコンピューターでは「解けなくはないが、解読には数万年から数億年かかる」ため、実質的に解読できないというかやる意味がない。

 という事になっている暗号技術を根本的な部分から崩壊させる「やいば」である。


「そんなに凄いことなの?」


 竜二りゅうじの妻である咲夜さくやが不思議そうに聞く。SFに関しての興味は全くない素人にはピンとこなかった。


「凄い凄くないとかいう話じゃねえよ! 既に量子コンピューターが実在してるって時点でも凄いし、それが量子超越性を証明できたってのはさらにスゲェ事じゃねえか! なんでこんなとんでもないことが起きてるのにみんなそんな平気な顔していられるんだ!? そっちの方がおかしい位だぜ!?

 既存のコンピューターの暗号が解読されちまわないか心配になるだろ!?」


 竜一は早口でほぼ一方的にそこまで言い切った。




「大丈夫だよ兄貴。量子コンピューターでも解読できない「量子暗号」っていうのもあるらしいから」

「りょ、量子暗号!? そんな物まであるのか!? スゲェ! ガチでSFの世界、いやSFの世界でも「量子暗号」って言ったか!? そんなもんどこにも無かったじゃねえか! SFの世界よりも凄いことになってるじゃないか!」


 竜二が言うには量子コンピューターでも解けない「量子暗号」なるものがあるとは! 火に油を注ぐように竜一はさらにヒートアップする。


「いやースゲェな! ついに量子コンピューターが作られる時代になって!? それで世界各地で技術開発競争が激化していて!?

 そしてついに量子超越性が証明されて!? さらにその量子コンピューターでも解読できない「量子暗号」って言ったか!? それがあって!?

 いやスゲェぞ! こんなのどんなSF小説にも書かれていない、いや書きようがない内容だよ!」


 再び早口でそんなセリフを一気に言い切る。よほど凄いことなのだろう。


「にしてもTV局や新聞社はこういう事こそニュースにしてほしいのに何で話題にしないんだ? ちょっと抗議のメールでも送ってみるか……」

「竜一君、やめた方がいいわよ」

「そうだよ兄貴。みっともない事はやるもんじゃないぞ」


 SFマニアしか喜びそうにない記事を書くほど、新聞社やTV局はヒマではない。ましてやそんな事にイチイチ抗議してたら「お里が知れる」という奴だ。

 竜二はメールを送ろうとする竜一の腕をつかんで止めさせた。


伯父おじさん、俺も量子コンピューターについては少し調べてたけど今は完全に実験段階で、まだまだスーパーコンピューターに劣る部分も沢山あるから、

 完全に上回るにはまだまだ相当な時間がかかると思っていいよ。多分俺たちが生きている間には完成しないかもよ」

「でも実際に量子コンピューターはあるにはあるんだな! それでも十分スゲェ世の中になってるよ!」

「それにしても竜一君、そんなに凄い凄い言ってて飽きないの?」

「いやぁ咲夜さん、それが本当に凄いことだからスゲェって言うわけで、そうでなければ言いませんよ。本当に感動してるから」


 竜一が生きていた1993年から30年後の世界である2023年は、彼にとってはSFの世界が次々と現実のものとなるワンダーランド。それだけは確かだった。




【次回予告】

 ゴールデンウィーク最終日。竜一、竜二、咲夜、竜也の門河かどかわ家4人はそろって出かけることになった。

 竜一は初めて知ることになるそこは家族が1日過ごせる場所としてうってつけという所なのだそうだが……。


 第17話 「ネットカフェはSF」

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