今回の依頼人は・・・

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ザザァーン・・・ザザァーン


この音が、聞こえるだろうか?


私は聞こえる。


そして私こと、斑井幸古は興奮している。

何故かって?そんなの簡単だ。


一定のリズムを刻む心に響く音、目の前に広がる群青、遠くに広がる地平線。


そうここは・・・。


「う、海だ!!!わ、ワーイ!!」



年甲斐もなく、手を挙げて軽くジャンプしてしまう。

海に来たらこうするものと、最近になって事務所で読み始めた漫画に描いてあったのだ。


成る程、周りの目を気にしなければ圧倒的な解放感に浸れる。


・・・そう。

周りの冷たい目を、気にしなければ。


「幸古・・・。これは確かに海だがな、どっちかというとだな、・・・港湾」


そんな私に案の定、言葉を掛けてきた者がいた。


名前は七加瀬、私の所属している事務所の長であり、探偵だ。


そんな男の普段から半分死んだように冷たい目が、更に冷たく私の姿を捉えている。


「な、何だよ!ぎょ、漁港では、はしゃいじゃダメなのか!?」


漁港の有難さを理解できないとは。漁師さんに謝れ。


「いや、ここは漁港じゃなくて港湾だぞ」


「へ?なんか違うのか?」


「いや、まあ、違うんだが。そんな重要じゃないから別に良いや」


そう言いつつも、七加瀬の目は冷え切ったままだ。


「は、はしゃいでも別に良いだろ!う、海を見るのは生まれて初めてなんだから」


憤慨する私に、七加瀬は意外そうな顔を浮かべる。


「軍では海での遠征任務や演習は無かったのか?」


「わ、私の入る時期が悪かったんだろうな。も、もう海での実地演習は既に終わっていて、仕方ないからプールでの演習程度しか受けてないんだ。そ、それに軍にいた時間はそんなに長くないから、ついぞ海での任務にも当たらなかった」


「成る程な、だから海に反応してはしゃいでいたのか。俺はてっきり、うちの事務所での初めての仕事だからその緊張を隠す為に、はしゃいでいるのかと思った」


ば、バレてる・・・。


そう、今回海に来たのは何も私が海を見たいからといった理由では無く、仕事で来ているのだ。

そして七加瀬が話した様に、今回が私の七加瀬特別事件相談事務所に入っての初めての仕事、緊張しないはずがない。


相変わらず鋭い男だ。

だから探偵なんて仕事をしているのかもしれないが、簡単にこちらの心を読むのはやめて欲しい。


「も、もちろん緊張も少しあるが、やってやるぞっていう気持ちの方が強いから、安心して欲しい。か、必ず役に立ってみせるよ」


私は今回の仕事の心意気を話す。


決めたのだ、モチベーションを上げて生きていこうと。


そんな私の言葉に七加瀬は少し微笑む。


「ああ、期待してるよ。と言っても今回の仕事はそんな大した仕事じゃないから、安心して肩の力を抜いといてくれ」


やだ、さっきまで冷たい目で私の事を見てたのに突然優しい。惚れてしまう。


 普段の事務所でならここで、有利ちゃんが


『なにナチュラルに口説いているんですか』


とでも話し、少しムクれる場面ではあるのだが、今回はそれが無い。


何故かと言うと、今回の依頼における依頼文の最終行に、『交月有利の同行を禁ずる』との文言が載っていたからである。


では、そんな依頼を一体誰が行ったかというと、


ブロロロロロロロ


「お、来た来た。今回の依頼人のお出ましだ」


そう言い七加瀬が振り向いた方向から、色彩が黄色ベースの派手なリムジンが近づいてくる。


あまりにも漁港(港湾)に似つかわしくないので合成画像の様に写ってしまうが、紛れもない高級リムジン。


そんな物を我が物顔で乗り回す人間は、世間知らずの私でも知っている人物。


今回の仕事の依頼人。

WPM社の総取締役、迫間蕗その人である。

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