Epilogue

O県S市より電車を乗り継ぎ一時間半、Y県Y市。O県とほぼ隣接しているこの都市には、日本の軍部の主要基地が拡がっていた。


その基地を事前に貰っている許可証を使用して、我が物顔で歩く。


(堂々としていれば意外と目立たないもんだ)


そう思いつつ舗装された道を進むと、軍といった言葉に似つかわしく無い、変哲もないビルにたどり着く。


(これが軍部のお偉いさん方の仕事場ってんだから驚きだよな。治安の良い国で、戦争も無いって考えると、まあこんなもんなのかもしれないけども)


入り口でのボディチェックを済まして、エレベーターにて十五階建のビルの十二階へ行き、目的の斎藤少佐に与えられた部屋の扉の前に立つ。


この扉の前に立つ時は、いつも気を引き締める様にしている。


そうでないと、相手に丸め込まれる可能性が高いからだ。


タップリと時間を使って気を引き締め、扉の横についているインターホンを押すと、待ち構えていたのかすぐに自動で横開きの扉が開く。


「失礼するぞ。・・・んなっ!」


せっかく時間をかけて引き締めていた筈の気が、部屋に入った瞬間に霧散してしまった。


その部屋は質素な部屋であった。

勿論役職の割には、という言葉は付くであろうが、その部屋は一般的な企業の個人用オフィスに良くある様相である。


七加瀬は何度もこの部屋を訪れた事があるので、部屋に驚いた訳ではない。


では何故驚いたのかというと、そこには斎藤少佐の他に、見知った顔があったからである。


「あら、お久しぶりです」


そこには、正確に言えば来客用のソファには、数日前の事件で出くわした「恐ろしい」刑事がいた。


「心の声が漏れてますよ」

「すいません許して下さい食べないで」

「・・・そんなに恐れられては、私のこれからの人生が少し不安になってきます」


妖怪、いや、花守さんに怯えていると、今まで沈黙を保っていた部屋の主が、楽しそうに話し始めた。


「はっはっはっ。どうやら花守さんと七加瀬くんは相性がいい様だね。こんなに直ぐに仲良くなってしまうなんて、妬いてしまうなぁ。僕にも、もっと心を開いてくれても良いんだよ、二人とも」


「お前に心を開くのは、電話で息子を名乗る人物に銀行口座を教える以上にあり得ない」

「同感です」


「おやおや手厳しい」


男は部屋の最も奥。普段七加瀬が使用している偉そうな椅子よりも、より偉そうな椅子に腰掛けていた。


軍人とは思えない柔和な顔立ちをしている男の名前は斎藤凡奴さいとう なみや

魔窟と化している日本の軍部にて、三十六歳にして少佐の位まで駆け上がった、真の化け物である。


「それでは斎藤少佐、私はそろそろ失礼します。七加瀬さんも、また会いましょう」


「そ、そうですね。また会いませう」


花守は軽く会釈をして部屋から出て行く。


「出来ればもう会いたくねえ」


「そう言うなよ。彼女も苦労してるんだぞ?それに相性は良い筈さ」


「何で言い切れるんだ?」


「それは僕から言うのはよそうかな」


「はいはい、出たよ。いつもの思わせぶりな奴」


溜息を吐きながら俺は、上品に花守が座っていたソファに、斎藤に負けじと偉そうに座る。斎藤はそんな俺の見栄を意に介さずに話し出す。


「それにしても今回の事件、天晴れだったね。流石は七加瀬君。いくつものミスリードが有りながらも真犯人に気付くなんて」


「そもそも、この連続殺人に斑井幸古を組み込めるのは、斑井幸古の後継人であった津代中尉か、お前みたいな情報集めるのが大好きな変人くらいだろ。二択ならアホでも答えは出る」


「僕も犯人候補だったわけだ、手厳しいなあ」


「何言ってんだよ。全部お前の掌の上だっただろうが。大体お前が斑井幸古に、津代中尉に要請されて俺らの事務所を紹介した、とかいう嘘つかなきゃもっと早くに犯人に気付けてたんだよ。わざわざ津代のふりして依頼なんてする必要なかっただろ」


「いやいや、ああでも言わないと斑井くんは動かないよ。ただ僕が手紙を送った所で、怪しい奴が怪しい事務所を紹介してる、と思うだけだっただろうね。最悪津代中尉に手紙を出されていたかもしれない」


「なら俺らにも事情を説明しておけよ」


「そこに関しては、出来るだけ僕と君達が繋がっている、と言う導線を津代中尉に感づかれない為だと思ってくれよ。それに、僕の今の地位を狙ってるのは、なにも津代中尉だけじゃない。今回の事件は、何とか僕が暗躍してる事に気付かれずに解決することができてよかったよ」


「暗躍って自分で言うなよ。ちょっとカッコいいけど、悪役みたいじゃねえか。まあどうせ斑井幸古の為とか正義の為とかじゃ無いから、合ってるっちゃ合ってるのか」


「そうだね、津代中尉はこれからの僕の出世に邪魔になる可能性があるから、潰しておきたかったんだ。これまでも悪い事して成り上がってきた男だし、因果応報では有るけどね。」


「因果応報ね。その割にはあの男、“全ての罪を“背負って捕まったな」


「おや?まるで全てが彼のせいでは無いとでも言いたげだね?」


「分かってるのに惚けるな。始まりの一件目の殺人。あれに関しては、恐らく津代の犯行では無い」


「ほうほう、理由を聞かせて貰っても良いかな?」


「理由は二つ。二件目からの殺人と違い、確実に殺せると言い難い殺人だからだ」


「そうだね、二人を相手するとなると、片方に逃げられる、他にも叫ばれて助けを呼ばれる等のリスクが高くなる。その後の殺人を見るに、津代中尉らしくないリスクを犯し方だ」


「そして二つ目。プロフィールの身長を見る限り、殺害された男の身長は平均的な百七十cm前半。その二人の死因は、バラバラ死体だから分かりにくいが、首部分の“下方向“から切り裂かれた切り傷だ。それが一人なら分かるが二人共となると・・・」


「成る程。身長差的に津代君では厳しい・・・いや、もっと最適な人物が居ると言うことだ」


「死体を移動させたり、バラバラにして一部分を持ち帰ったのは恐らく津代だろうがな。まあ後は、これは理由では無いが、殺された二人とも柄の悪そうな奴だ。夜に一人で歩いてる可愛い女性が居たら、襲ってしまうような奴らかも知れないな」


「つまりは“正当防衛による殺人“だった可能性がある訳だ」


「あくまで可能性の話だ。そしてもしその現場を、正義のヒーローだなんだの言ってたフードの人物が見ていたら、その仲間と思って、依頼を受けた俺を共犯と思い襲ったことにも説明がつく」


「その君がフードの人物と呼んでいた彼については、どうなったんだい?たしか、鍔蔵氏の娘さんが回収したようだけど」


「ああ、あいつな。片腕が落ちて憑き物が落ちたみたいにすっきりしたって言ってたよ。なんか過去に両親が事故ったのがきっかけで、おかしくなったって自分で言ってた。まあもう人を傷付けたりはしないだろうさ」


「そうか、それは何よりだ。では、分かりきっていると思うが、念のため問うておこう。殺人の犯人が未だに逮捕されずに、野にのさばっている可能性があるというのに、君はそれを追及、そして弾劾しないのか?」


「・・・今更殺したから悪だ、罪を償うべきだ、なんて言うつもりも資格も俺には無い。確かに悪行は見逃せないが、それも結局は復讐の最中にある俺の八つ当たりに過ぎないってのも、常に思っている。でもバッドエンドが大好きなこの“世界“で、せめて自分の周りの、守りたいと思った人達だけは、笑顔で幸せに居てほしいとは思ってる」


「依頼人である斑井幸古もその一人になった訳だ。相変わらず君は優しいね。これも分かってる事だと思うが、君の言っている“周り“が広くなれば成る程に、君は絶望する事になるだろう。先程言っていたようにこの世界はバッドエンドが大好きだからね」


「肝に銘じておくさ。しかし、お前も一件目の殺人の報道規制をしたりして、津代逮捕後も斑井に目が行きにくくした所を見ると、珍しく優しいじゃねえか。どう言う風の吹き回しだ?」


「なんだ、気づいていたのかい?そうだな・・・ただの気まぐれさ。津代くん失脚の褒美ととってくれても構わないよ」


「気まぐれねぇ。そういや、さっきの花守さんとはどう言う関係なんだ。わざわざ俺らの事件解決の為に、お前が寄越したんだろ。もしかして親密な仲なのかな〜?」


「君と同じ、協力者だよ」


「仲の悪い警備部にまで協力者が居るとはな。はーヤダヤダ。これだから大組織ってのは嫌いなんだよな。どうせ花守さんの弱みでも握ってるんだろ」


「いやいや、彼女がそんな隙を見せる訳がないさ。言っただろ、君と同じだって。己の目標の為に利用し、利用され。そう言う関係さ」


「成る程な。妖怪と化物の腹の探り合いとは恐れ入ったな」


「僕からしたら君に言われたくないって物だけどね。その年齢で既に完成された知能と強さ、それに人間の本質を見抜く力を持っている」


「お世辞どうも。こき使われてるし、俺も精々利用させて貰うぜ、斎藤少佐」

「ああ、僕も最高の期待をしているよ。今代のWorld pace makerワールド ペース メーカーにね」


「・・・今代のWorld pace makerワールド ペース メーカーは俺じゃなくて姉さんだ。俺なんかはその残りかすに過ぎない」


「ふふっ、そういう事にしておこうか。それではについては、また情報が入り次第連絡するよ」


「・・・助かる。そういや、わざわざ俺を呼んだ理由は?まさか花守さんと合わせる為か?」


「いやいや。そう言うわけではないよ。一つ頼み事・・・いや、依頼が有ってね」


「またかよ。まあ良いぜ、言ってみ」


「ああ、君らにとっても悪い話じゃないと思うよ。確か君達の事務所、求人出してたよね?」

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