File/ending


夜、空を見上げると今日は三日月であった。

相変わらず下界の人間たちをニヤニヤ嘲笑っている。

そんな中、S市の中街にある公園を、女性が歩いている。


覚束ない足元、赤子の様にグラグラと揺れる首、深酒してもそうはならないだろうと言う様相であった。


そんな女性の目の前に、フードを目深に被りサングラスとマスクを着用した人物が現れる。


その人物を見た女性は、何かを思い出したかの様な表情を浮かべ、話し始める。


「ハハハ、なんだよおめえ。前に俺の事にケチつけてきた奴じゃねえか。キメェー」


その言葉に対してかは分からないが、フードの人物は感情を押し殺した様な声を返す。


「お前が連続殺人犯なんだろ。そう、見たんだ、聞いたんだ。お前を殺しても、きっと、たぶん、俺は正義のヒーローだ。頼む、一回だけで良いんだ、殺されてくれ」


フードの人物はそう呟くや否や、女性に対してとてつもない速さで飛びかかり、取り出した包丁を振るう。


酔っているかのような奇妙な足取りで女性は包丁を躱すが、幾度となく襲いかかる包丁に、とうとう薄くであるが頬が傷つけられ、そこから血が流れる。


間合いを嫌ったのか、防衛本能かは分からないが、女性は大きく地面を蹴って、後方に飛び距離をとった。


そして女性は、なおも覚束ない足でフラつきながら、ぼそりと呟く。


「殺すのか。やっぱり殺すんだなぁ。なら正当防衛だなぁ。ヒヒヒ」


女性は懐から大振りのナイフを取り出す。


しかしフードの人物は、女性が動き出すのを待たずに、何かを投げた。


それは変哲もないただの物差しであった。

しかし無害な物差しでさえ、フードの人物が使うと話が変わってくる。

それは圧倒的な切れ味を持つ刃物になるのだ。


女性はその刃物に対して、手にしていた大振りのナイフを振るう。振るうが、飛来する刃物との距離は圧倒的に遠く、当たるはずがない。


しかし何故か宙の物差しは、そのまま何かに弾かれた様に地に落ち消滅する。


そう、女性も能力持ちであったのだ、しかし何故か彼女の持っているナイフは消滅しない。


その代わりに、

「ぎぎぎぎきぎがかじかぎがが」

女性は悲鳴の様な、それでいて痛みを押し殺した様な声を上げる。


そんな彼女にフードの人物は違和感すら殺意に変えて、またも飛びかかる。


しかし飛びかかる速度より、女性の手を振る速度の方が圧倒的に速く、フードの人物は包丁を握っていた左腕が、根本から切り飛ばされる。


「ぐあああああああああ」


フードの人物は悲鳴をあげ、白目を剥きながら前のめりになり倒れ、余りの激痛に耐えかね痙攣しながら意識を失った。


こうして能力者同士の戦いの決着はついた。


しかし女性はまだだ、まだ死んでいないと言った形相で、もう一度ナイフを、倒れたフードの人物に向けて振るった。


そしてその体は真っ二つに、

 



 「そこまでだ」


          

      ならなかった。


フードの人物を狙った斬撃は消え失せ、その代わりに、ある人物がフードの人物との間に立ち塞がる形で現れた。


月の光で輝く艶やかな長い髪を後ろで纏めたその女性は、これ以上ない程に美しい立ち姿であり、まるで煌めく一本の刀の様であった。


「いい死合いであった。しかし勝敗は決した、これ以上続けるなら、それはもうただの蹂躙、人殺しだ」


乱入した人物の美しいその姿に、ナイフを手に持っていた女性は、今までの全てを忘れた様に一瞬見惚れてしまっていた。


しかし、未だ視界の端に映るフードの人物を見て、またも思い出したかの様にナイフを振るうが、何故か何も起こらない。


「がががぐがごぎがぐぎががぁーーーー」


「斬撃を飛ばす能力か。切れ味はいいが、なにかを斬るとそこで斬撃は消える。だから、コイン一枚で簡単に止められる」


何も起こって無かった訳では無い。


乱入した女性が手に持っていたコインを、飛んできた斬撃に合わせて指で弾いて止めていたのである。


簡単と言うが、そんな神業は乱入した人物、鍔蔵剣華にしか到底出来ない事であった。


「そうや、止血せんとな。このままやと死んでまう」


もう勝敗は決したとでも言わんばかりに、フードの人物に近付き、止血を行う剣華。

なおも女性はフードの人物に向けてナイフを振るうが、片手間で弾かれるコインにより、どうしても、何も切れない。


「ほい、止血終わりっと」


「そいつをたすけるなら!おまえも、俺の敵だぁぁ」


女性は標的を剣華に完全に切り替え、ナイフをまた振るい始める。


しかし、今度はコインを弾くまでもなく全てを避ける避ける、避ける。


「太刀筋が単純なんだよ。能力は無制限に使えるかもしれないが、その程度なら昼間の斑井幸古の方が、圧倒的に強いだろうな」


「その名前で俺を呼ぶナァあああああ!!」


絶叫し、懐から更にもう一本ナイフを取り出す斑井幸古。


そして二本のナイフで大量の斬撃を打ち出す。


この数は避けられない。


斑井幸古の脳裏に勝利の文字が浮かぶ。


「戒禅流抜刀術 仙閃」


しかし、勝利の瞬間は訪れなかった。


全て、剣華の腰に携えていた小太刀の抜刀によってかき消されていたのだ。


「やっぱり。さっきの物差しを切れなかったのは、切れ味が鋭い物には逆に斬られてしまうからだったんだな。早めに気づけてよかった」


呆然としてる斑井幸古に、地を滑る様な歩法で剣華が近づく。


最後の抵抗の様に、ガムシャラにナイフを持った腕を振るうがその斬撃全てを切り落とし、剣華は斑井幸古の背後に回り、手刀でその意識を刈り取った。


「ふう、こっちは一件落着と」


一息ついたその時、遠くから警察のサイレンの音が聞こえてくる。


「うわっ。七加瀬に聞いてた通り、マジで警察来るやん。急いで撤収や」


そう言い、剣華はなんなく斑井幸古とフードの人物を脇に抱えて走り出す。


そしてここでは無い何処か遠くに目をやり呟く。


「後は七加瀬、任せたで」

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