第25話 ︎︎肝胆相照らす

 朝食の後、片付けを終えて、俺とキーナは応接間で顔を付き合わせていた。テーブルを挟んで真向かいに座り、お互い俯いている。


 いや、話さなきゃって思うんだよ!?


 でも、朝のやり取りが脳裏から離れなくて、照れくさいというか、なんというか……。


 それはキーナも同じみたいで、もじもじしている。そういう反応されると、こっちまで意識しちゃって、上手く言葉が出てこないじゃん。


 そもそも俺、女の子と2人っきりって初めてかも。良くて姉貴くらいだよ。小中学校はまだ興味なかったし、高校は多少モテたけど、告白されたりはしなかった。今思えば、サッカーやってるっていうのがウケてたんだろうな。


 社会人になってからは、そんな暇無いし、あっても取引先の会合くらいだ。そこに来るのも、大体が既婚者。俺がいたフロアは男ばかりだったしね。


 いかん。考えだしたら余計に緊張してきた。


 ちらりとキーナの様子を窺うと、視線がぶつかる。何故かお互い逸らせずに、しばらく見つめあった。


 と、俺は自分の頬を思いっきりグーパンで殴りつける。結構いい音がして、あまりの痛さにソファーに突っ伏した。


 突飛な俺の行動に、キーナはびくりと揺れ、変態でも見るような目つきで眺める。


「何、やってるの……? ︎︎気でもふれた?」


 うん。自分でもアホだと思う。でも、ヤバかったんだからしょうがない。頬を擦りながら起き上がると、改めてキーナに向き合う。


「痛ってぇ……ごめん、気にしないで」


 俺は大きく息を吐いて、気持ちを落ち着ける。それからしっかりとキーナを見た。


 それまでとは雰囲気が変わったのが分かったのか、キーナも居住まいを正す。聞く体勢になったのを確認して、俺は口を開いた。


「まずはキーナ、話し合いに応じてくれて、ありがとう。それと、昨日は本当にすまなかった。改めて詫びるよ。お前にとっては、神は心の拠り所だもんな。俺とは考え方も違う。生きてきた境遇も違う。なのに、悪く言って、ごめん」


 テーブルに手をついて、深く頭を下げると、息を飲む気配が伝わってきた。俺がここまで下手に出るとは思わなかったのだろう。少し焦った声で、キーナが応える。


「そ、それは、私も同じよ。子供じみた事をして、ごめんなさい。正直、まだ落とし子を受け入れるのは難しいけど、巫女に相応しい行動じゃなかったわ。神の教えは融和。落とし子もまた、神の子だと思うの。だから、貴方の話が聞きたい。ねぇ、顔を上げてよ」


 キーナの声は、いつもとは違って柔らかい。視線を戻すと、巫女らしい、毅然とした表情をしていた。そこに、侮蔑の感情は無い。俺は嬉しくて、自然と頬が緩む。


「ありがとう。俺もキーナの話が聞きたい。神がどういった存在なのか、落とし子とは何か。当事者だけど、分からない事だらけで困惑しているんだ。いきなり呼ばれて、そのままポイだったし。俺がこの世界に来た経緯いきさつは話したよな? ︎︎お前から見てどう思う?」


 そう言うと、キーナは少し考え込み、話し始めた。


「ファナタスの教義では、落とし子は背信者なの。神の園ではぐくまれながら、勇者の神託を拒否した者として伝わっているわ。貴方は神の園で育ったんじゃないの? ︎︎それなら何故、神託を断ったりしたのか、私には理解できない」


 その言葉に、俺は眉をしかめる。


「神の園? ︎︎なんだそれ。俺は普通の一般人だよ。この世界の人達と変わらない、毎日仕事して、飯食って、寝る。その繰り返しだ。勇者なんて、物語の登場人物だし、神も一緒。信仰はするけど、実在するなんて思っている人の方が少ないくらいだ」


 すると、キーナも苦い表情を浮かべた。口元に手を当てて、考えながら言葉を紡ぐ。


「神の園は楽園よ。そこで勇者は生まれ、育てられる。穢れなき天使が導き手となってね。つまりは、勇者を宿命づけられているという事。そして、時が来れば神託が授けられ、勇者としてこの世界に降臨するの」


 なんだ、それ。

 俺は楽園なんて縁遠い暮らしだったぞ?


 でも、それがこの世界での共通認識。どおりで肩身が狭い訳だ。勇者として育っておきながら、指名されれば拒否するとか、確かに嫌われても仕方が無い。


「キーナ、前にも言ったけど、俺は仕事帰りにいつの間にか変な空間に引き込まれていた。上も下も分からない、真っ白な空間だ。そこで6枚羽根の天使に会って、いきなり勇者だって言われたんだよ。事前の通告も、選択肢も無い、強制的な命令だ。仕事も、家族も、大事な物も全部捨てて勇者になれってな。それを断ったら、このザマだ。そんな目に遭って、更に迫害されるなんて、到底納得できない」


 じっと俺の話を聞いていたキーナは、ふぅっと息を吐く。そして目を瞑り、苦しげな声を絞り出した。


「……貴方は、貴重な証人だわ。落とし子については禁忌に近くて、神託を拒否したとしか伝わっていないの。昨日、神殿の書庫で調べたけど、前代の落とし子の記録も、不自然な程に無かった。たった250年前の事なのによ? ︎︎そして、勇者の記録もそう。神託を成し遂げた後の行方が記されていなかったわ」


 キーナは溜息を吐くと、俺をひたと見据える。


「ねぇ……ルイ。私は間違っているの?」


 初めて俺の名を口にしたキーナは、酷く心細そうだった。それに俺は笑顔で応える。


「何も間違ってないさ。ただ、教義っていうのは口伝に近い。聖書があっても、解釈は様々だ。いつかの時代に、落とし子を忌避する奴がいたのかもな。そして、そういう奴が上に行くと、神殿自体がその思想に傾く。でもさ、お前はこうして疑問を持った。俺の話を聞いてくれた。神殿と落とし子の関係を変えられる可能性が生まれたんだ。まだ抵抗はあると思う。信仰っていうのは、そうそう変えられるものでもないからね。それでも、俺はお前と分かり合いたい。同じカンパニーの仲間だからな」


 つい調子に乗って頭を撫でると、邪険に振り払われた。さっきまでの殊勝さはどこへやら。目を釣り上げ、キツい口調で文句を垂れる。


「ちょっと! ︎︎馴れ馴れしくしないでくれない? ︎︎貴方の言い分は分かったけど、信用した訳じゃないんだから!」


 鼻息も荒く、そっぽを向く仕草は、俺の目に妙に可愛く写った。

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