第2話 異世界転移のお約束

 背中がじんわりと暖かい。

 肌をサワサワと何かがくすぐる。

 頬に感じるのは生温い風。

 そして――。


 虫に刺されてあちこち痛痒い体。


「あーーーーーーっ!!  痒い!!  なんだ!?」


 あまりの痒さに飛び起きると、そこは草原だった。

 足首ほどの高さの草が生い茂り、どこまでも続いている。

 遠くには森の影や、霞んだ稜線も見える。


 ボリボリと体を掻きながら辺りを見回すが、周りには何もなく、誰もいない。日本ならどんな田舎にでもあるだろう電線は、影も形もなかった。


 女の言葉を思い出す。


 ――汝が帰すべき地は既に無い。

 ――失せよ。


 そこから導き出す答えは。


 ――まさか俺、捨てられた?


 さらさらと流れる風が草を揺らし、頭上を鳥がピーヒョロと飛んでいく。しばらくは何も考えられず、ただ呆然と空を眺め佇んでいた。


 しかし、時間が経つにつれ、沸々と怒りが込み上げてくる。


「がぁぁぁぁっ!!  あの天使もどきが! 返せよ! 俺のビール! 俺のゲーム! 俺の休日を!!」


 やたらめったらに草を引きちぎり、拳を地に叩きつけ、地団駄を踏む。


 はぁはぁと荒い息を吐きながら、己の手をじっと見る。


 草の汁が付き緑に染まった手を眺めながら、これからの事を考えると、途方に暮れるしか無い。


 あの女の言葉を信じるなら、ここは異界で魔王もいる物騒な場所だ。


 モンスターみたいな凶暴な動物もいるかも知れない。

 人間がいるとして言葉は通じるのか?

 持ち物も金も何もない。

 素性のわからない者が受け入れてもらえるのか。


「あーーーーっ! もう! 考えれば考えるだけ無理ゲーとしか思えねぇよ!」


 頭を掻き毟り理不尽な状況に絶望しか見出せず、苛立ちを持て余していると大きく腹の音が鳴り響いた。


 ギュルルルルゥゥゥ……。


「腹減った……」


 そういえば昨日の夜から何も食べていない。

 空を見上げれば、太陽は真上に差し掛かっている。

 地球と同じ理屈かはわからないが、昼近い時間ではあるだろう。


 確か鞄には非常食のカロリーバーが入っていたがその鞄も無くしている。草原の真っ只中で、辺りには果物のなった木や、魚の取れそうな川もない。まぁ、木の実や魚が取れた所で、食べれる物なのか判断はつかないが。


 ――この辺の草、食えねぇかな。


 自棄になって、手近な草をちぎってみる。

 すると、突如四角い半透明のボードに詳細が書かれた注意書きが宙に現れた。


 名称 デベラ

 雑草 食用には適さない


 ――おぉ!? 何だこれ。まるでゲームのステータスのような……。


 まさか。

 これは所謂いわゆる異世界転移のお約束、鑑定か?


 物語の中でしかあり得ない現象に、腹が減っていた事も半ば忘れて興奮する。俺TUEEEEには興味ないが、そこは根っからのRPG 好き。こう言ったものにはやはり憧れがあり、年甲斐もなくはしゃいでしまう。


 ――もしかして、俺のステータスも見れちゃう? 見ちゃう? やっちゃう?


 ドキドキとなる鼓動を落ち着かせようと、数度深呼吸をして、いざ!


「ス、ステータスオープン」


 テンプレのセリフを発してみると、それは見事に叶えられた。


 名称 ルイ・ゼンドー

 年齢 28歳

 種族 人間

 職業 なし


 Lv.1

 HP 6/35

 MP 9/60


 筋力  4

 攻撃力 4

 体力  5

 防御力 7

 知力  38

 抵抗力 57

 器用さ 25

 素早さ 8

 運   15


 経験値 0

 スキル 大陸公用語 鑑定 次元収納


 ――おぉ。本当に出た! どれどれ……。意外にも知力が高いんだな。抵抗力って何だ? いやに高いが。HPとMPが減ってるのはもしかして残業のせいか? 筋力低……。まぁ、日がな一日デスクワークだったしな。スキルは言語と鑑定? 言葉は通じそうで一安心かな。次元収納は所謂インベントリかな? 中身は――。


 次元収納のタブをタップすると、新しいウィンドウが開き、升目状に区切られた一覧が現れた。そこには失くしたと思っていた鞄と背広のアイコンが! 


 鞄のアイコンを選択すると、中身もしっかり入っていた。カロリーバーにお茶、ペン、メモ帳や書類の紙類、スマホ、財布。なかなかに役立ちそうな物が揃っている。スマホは電池も残り少ないし、お金も使えないだろうけど、もしかしたら美術品として売れるかもしれない。貴重な収入源になりそうだ。


「よっしゃ! これでしばらくは持つかな」


 早速黄色い箱に入ったカロリーバーを1袋取り出し、モソモソとかじりお茶で喉を潤す。あと1袋は念のため取っておく事にしてインベントリへ戻した。


 そこでふと、自分の境遇を省みる。

 俺はあの女に散々暴言を吐き、神力を与えられる前に捨てられたはずだ。それなのに何故スキルがついているんだろう。もしかして、あそこに召喚された時点で付加された、謂わば標準装備なのか? 


 それで勇者という仕事を受け入れれば神力が与えられるとか?


 これは俺にとっては良い塩梅なのではなからうか。

 こんなステータスがある世界なんだ。ギルドや冒険者もいるに違いない。筋力が低いから剣は難しいかもしれないが、魔法は使えるかも! 


 神力が無いからレベル上げには苦労するだろうが、逆にそれは俺のプレイスタイルに沿っていると言える。スローライフもありだろうが、俺は冒険がしたい。


 俄然やる気が出てきた俺は、勢いよく立ち上がると拳を天に突き上げた。


「やってやる! あの女の意のままになってたまるか!」


 そうと決まればまずは街を目指すべきだろう。

 改めて周りを見渡し、1番近そうな森に目星をつける。どれくらいかかるかわからないが、ここに突っ立ているより生き延びる手段は増えるだろう。


「それにしても腹減ったな……。カロリーバー1袋じゃたりねぇよ……。今日中に森に着いて、何か食べ物にありつけるといいんだが」


 ギュルギュルと音を奏でる腹をさすりながら、異界での第一歩を踏み出した。

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