第15話 ︎︎避けられない宿命

 俺とキノコくんは、リズさんの先導でギルドの裏にある修練場までやってきた。


 そこは結構広くて、あちらこちらに集団が散っている。剣士の集団の所にはカカシが、弓使いの集団の所には丸い的が。それぞれのジョブに合わせた訓練用具が用意されているみたいだ。


 俺達が連れてこられたのは修練場の隅っこ。ただの丸太が1本、地面からにょっきり生えているだけの寂しい場所だ。


 リズさんは俺達に向き直り、腰に手を当てる。素晴らしきS字ラインに目が釘付けになってしまう。


 あ、ちょっとヤバい。

 元気になってくる息子を叱りながら、若干前かがみで隠す。


 そんな俺には気付かず、リズさんは話を進めた。


「まずは契約を済ませるわ。これは魔術を使うための免許のような物ね。システムに名前を刻むの。痛い事は無いから安心して」


 そう言ってキノコくんを呼ぶと、左手に掌をかざし目を閉じた。


 すると複雑な紋様の魔法陣が浮かび上がり、澄んだ声が響く。


接続アクセス管理者権限アドミニストレータを行使。識別ID0062。記録簿データベースを展開。ティット・コーダを追記、記録簿を更新。管理番号アカウントを新規に発行。62-9。システムの更新完了を確認。終了シャットダウン


 つらつらと紡がれる言葉の羅列。浮かぶ魔法陣は薄く光り見る間に切り替わっていく。それはまるでコンピュータを操っているようだった。


 キノコくん、ティットは呆然とその様子を見ていたけど、俺にはその言葉の意味が分かる。


 ――これ、完全にコマンドだ……。


 どういう事だ?

 この世界は一体なんなんだ!


 俺は直面した事態に混乱していた。


 魔術の実践を見て、嫌でも神の正体が気になってしまう。もしかしてアレか、よくトンデモ本で書かれてる神=宇宙人説。古代の壁画に宇宙船が描かれてるっていうのはTVでも観るネタだ。あれはマヤ文明だったけか。オーパーツもそうだよな。


 こういうのはRPGとも相性が良いから俺も詳しい方だ。なら俺は宇宙人に拐われてキャトルミューティレーションされたって事?


 あの天使が宇宙人……?


 いや、決めつけるのは早計かもしれない。だって宇宙人のわりに用語が地球準拠なのはおかしい。


 でも、それって、そんな、まさか……。


 行き着いた可能性に、背筋を冷たいものが伝う。頭を振って思考を散らすと、ティットが手の甲を凝視していた。それに気付いた俺は後ろから覗き込む。


 そこには2重の円の中に、2本の線が交差していた。その下に62-9の文字。


 ティットは首を傾げながらリズさんに尋ねる。


「あの、これなんて書いてあるんですか?」


 その質問につい口を挟んでしまった。


「何って……62-9だろ?」


 それを聞いて途端に、リズさんの顔色が変わる。乱暴な手付きで俺の腕を掴むと、ドスの効いた声で唸った。


「あなた、この文字が読めるの?」


 さっきまでの柔和な微笑みは、どこにも見当たらない。鬼気迫る顔で俺を覗き込む瞳には、暗い光。女性の力とは思えないほどに、きつく掴まれた腕が痛んだ。


 俺は冷や汗を流しながら、しどろもどろに答える。


「読めるかって……だって、普通の文字でしょう? ︎︎俺、変な事言いましたか?」


 それでもリズさんは腕を離してくれない。俺を睨みながら、ゆっくりと口を開く。


「これは魔術文字よ。︎︎“ 62-9ヘプト・アル-カンマ‪”‬ ︎︎普通の数字じゃないの。何故冒険者に登録したばかりのあなたが読めるの!?」


 問われた意味さえ分からなくて、俺は声が出ない。俺は普通に読んだだけなんだ!


 それに業を煮やしたのか、リズさんはギリギリと締め付ける腕を無理やり引いた。不自然な体勢になってしまった俺は悲鳴を上げる。


「痛い! ︎︎痛いってリズさん!」


 それは完全に無視され、さっきと同じ契約が行われた。詠唱が終わり、俺の手の甲を見るリズさんの顔が歪む。


「……何……これ……こんなの見た事ないわ。あなた、なんなの?」


 そこにあったのは、2重の円に囲まれた線の集合体。六芒星を更に複雑にした、十芒星だ。しかも血のように赤い蔓のような模様が縁どっている。ティットは黒くて単純な物だったのに。


 なんなのかと聞かれても、俺に分かる訳ない。十芒星なんて、地球でも見た事ないよ。こんなんあるの? ︎︎書けと言われても書けないだろうな。どうなってんのコレ。


 呆然とする俺を、リズさんが顔を青くして睨む。


「これはね、魔術の器を表す印なの。線が多いほど器は大きく、膨大な魔力を操れるようになるわ。私は五芒星。それでも契約を結ぶ権利が与えられるの。この権利は難解な試験を突破しないと得られないわ。今までの最高記録は七芒星。有するのは現魔杯の塔の最高権力者、ヒューア・ヌアラよ。あなたはそれをはるかに超越しているの。十芒星なんて、歴史の記録にも無い代物よ」


 その声は震え、ある種の畏怖を含んでいた。それだけ有り得ない事なのだろう。


 しかし、俺は紋様を見ながらある考えが浮かんでいた。


 もしかしてさ、これが勇者に選ばれた理由?


 ステータスだって、元からMPが他より高かった。魔術特化型の勇者ってのも珍しいけど、実際に形として見せられると納得するしかない。この上神力まで植え付けられていたらとんだ化け物だよ。


 だけど、俺は勇者を蹴ったから、この紋様もそこまで機能しないだろう。だが考えを変えれば底抜けの素質と言える。鍛えれば鍛えるだけ伸びるって事だ。これって努力のしがいもあるってもんじゃない? ︎︎チート無しでどこまで伸ばせるか、ちょっと面白くなってきたぞ,


 拳を握り、鼻息が荒くなる俺をなおも鋭い目で見つめるリズさん。それに気付いて、俺は慌てて姿勢を正す。


「あなた、分かってるの? ︎︎これは前代未聞の事態なのよ。勿論、塔にも報告するわ。事と次第によっては幽閉されるかもね。こんな規格外な力、放置するには危険すぎるもの」


 幽閉!?

 リズさんはさも当然といった風に言うけど、そんなの御免だよ!


 何?

 拷問とか人体実験とかされちゃうの俺。

 せっかくチートもない純粋な冒険者として活動していこうと思っていたのに!


 イルベルにも申し訳が立たない。資金を貸し付けてくれて、冒険者登録の必要経費まで出してくれたのに、それが泡となって消えるんだ。落とし子を匿うって危険まで犯して仲間に入れてくれたのに、初っ端からつまずくなんて。


 どうする?

 もう落とし子だって言ってしまった方が良いのか?


 そうすればこの印も納得してくれるはず。

 でも、それはそれで何らかのかせが付けられそうだ。


 分からない。

 どうしたらいいんだ。

 俺は混乱する頭で必死に考える。


「やぁ、リズ。新人の様子はどうだい?」


 その時突然、緊迫した空気の中、場違いにのんびりとした声が響いた。俺達の視線が声の主に集中する。


 そこにいたのは枯れ枝のように細い体に長い白髪と白髭、ローブに三角帽子といったいかにも魔術士と思われる、シワだらけの顔を柔和に緩めたじーさんだった。


 じーさんを見て、リズさんは背筋を伸ばす。見るからに緊張しているようだ。


「ヒ、ヒューア様!? ︎︎何故あなた様がこのような場所に……」


 ヒューアって、さっき言ってた塔の最高権力者だっけ?


 ヒューアは偉ぶった風もなく、リズさんに応えた。その表情は優しく、本当に権力者なのか疑ってしまう。権力者なんて、自分は何もせずにふんぞり返っているイメージが強いもん。


「うん。今日はね、ここで出会いがあるって占いに出たんだよ。それはどうやらそちらの青年のようだね。こんにちは。私はヒューア・ヌアラ。魔杯の塔で管理者をやっている者だよ。君の名を教えてもらえるかい?」


 俺に向けられるのもまた、優しい声だ。俺は少し後込しりごみしながら口を開く。


「あ、はい。はじめまして。ルイ・ゼンドーと申します」


 それを聞いてヒューアは顎髭を撫でながらうんうんと頷く。


「ゼンドーか……もしかして東の島出身かな?」


 俺は息を呑んだ。見透かされている。声が出せずに、ただ首肯した。


 ヒューアは更に突っ込む。


「島の名前はニッポン……そうだね?」


 なんで……!?


 驚愕に目を見開く俺を、ヒューアは楽しそうに笑って見ている。


「私も東の島出身でね。イギリスという島から来たんだよ。君ならこれで分かるだろう?」


 まさか、こいつも転移者!?

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