第12話 ︎︎俺の神は八百万

 志を新たにして教官の声に耳を傾ける。冊子を手本にしながら教えられるのは、本当に基本的な事ばかりだった。


 焚き火の組み方、火の起こし方、携帯食料の保存方法、効率のいい荷物の詰め方など。特に携帯食料の保存は大事だって言ってた。食が1番命に直結するからね。


 でも、これくらいならイルベル達と過ごした野営でも少し教えてもらっていた。場所によっては野営の位置取りで揉める事もあるって。


 俺達は森を抜けて街道沿いに歩いてきたけど、森の中っだたり山中での野営では位置取りで危険度が違ってくる。良いカンパニーだったらレベルの低い方を優先してくれたりするみたいだけど、同レベルだとやっぱりどうしても危険が少ない場所を取り合ってしまう。


 それでもいさかいは少ないみたいだ。ギルドの管理がしっかりしているようで、よくラノベで見るような性悪なカンパニーはペナルティが大きくてすぐ解体させられる。


 新人いびりもしっかりチェックされて、カンパニーの査定にも関わってくるらしい。


 カンパニーにはランクがあって、銅、銀、金、白金の順で分けられる。現在白金は空席。金もたったひとつ。これは所属人数とは関係が無くて依頼達成度や町への貢献などが基準だ。巨大カンパニーが銅クラスってのも珍しくはないんだと。


 査定は加点方式で、依頼を達成すると5点、町からの評価で10点が加算され、銅から銀に上がるには10,000点、銀から金へは100,000点貯めないといけない。昇格した時点で点数は0に戻され、また1からのスタートだ。


 白金は特別枠で、王命によってのみ決められる。そうなるには余程の武勲を上げないとならない。


 そして禁則事項に触れると減点される。これが厳しくて中々点数が貯まらないって訳。その減点が貯まりすぎると降格も有り得る。


 まぁ、依頼の数をこなせるから、自ずと人数の多いカンパニーが高ランクになりやすいみたいだけどね。


 だからだろう。

 教官は冒険者としての心構えを熱心に説いていた。それはカンパニーの一員としての心構えでもある。


 ひとつ。

 他のカンパニーの獲物は横取りしない。


 ひとつ。

 窮地に陥っている人はカンパニーにこだわらず助ける。


 ひとつ。

 無闇に魔物を狩りすぎない。


 ん?

 魔物?


 魔物って言ってしまえば害獣だよな。それなのに狩っちゃダメなの?

 狩れば狩るほど被害は減りそうだけど。


 そう思ったのは俺だけじゃなかった。


 俺に最初に声をかけてきた少年が挙手する。結構積極的な子だな。


「お前は……フィードか。なんだ?」


 教官は手元の資料を確認しながら少年に問う。


 あの子フィードっていうのか。そういえば名前聞いてなかったな。初対面で名前聞き忘れるなんて社会人失格だ。やっぱり異世界の空気に浮ついてるのかな。しっかりせねば。


 俺が胸中で反省している間にも少年、フィードは立ち上がり疑問を口にする。


「魔物は危険な生物です。どうして狩りすぎちゃいけないんですか?」


 その言葉に教官は満足そうに頷いた。


「うむ。疑問を持つ事はいいことだぞ。それは時に命の選択にもなる」


 確かにな……何も考えずに依頼を受けるのはリスクが高い。荷物を運ぶ依頼を受けたら実は禁製品だった~なんて事になりかねないもん。禁製品は所持する事も厳しく罰せられる。良くて投獄、最悪打首。これは日本でもよく聞く話だ。外国で荷物を預かったら麻薬だった、とかね。


 教官は一同を見渡してフィードに視線を戻す。


「さて、何故魔物を狩りすぎてはいけないかについてだが、フィード、君の実家は牧場らしいね」


 唐突に持ち出された話題にフィードは首を傾げながら答える。


「はい。一角牛いっかくぎゅうを飼育しています」


 お、一角牛は俺も知ってる。昨日の晩飯が一角牛のシチューだったから。脂の少ない赤身の肉だけど、煮込む事で柔らかく、それでいてジューシーだった。シチューにも旨味が溶けだしてコクがあって美味かったな。


 一角牛はミルクも美味しいらしく、内蔵や皮、骨に至るまで捨てる場所が無い優秀な家畜だそうな。


 でも、それが今なんの関係があるんだろう。


 皆の視線が集まる中、教官は口を開く。


「ならば分かるだろう? ︎︎一角牛も魔物の1種だ。魔物は言い換えれば資源とも言える。肉に皮、牙や爪などが色々な物に加工され、我々の生活には欠かせない物だ。特に冒険者は装備を造るために必ず必要となってくる。その魔物を狩りすぎて困るのは我々なのだよ。現に装飾品として重宝されている虹色鳥は絶滅の危機にあり、それは商品の高騰、独占、贋作の市場流出を招いている。冒険者はその均衡を保つのも仕事のひとつだ」


 なるほどな~。納得できない話じゃない。地球でも象牙なんかは保護の対象だ。ワシントン条約で絶滅危惧種を保護している。


 その代わり外来種には容赦ないけどね。外来種を捕まえて美味しくいただくあの番組、好きだったな~。


 周りの皆も納得したのだろう。頭に叩き込むようにして小さく頷いている。


 そこで正午を知らせる鐘が鳴り響いた。正午の鐘はド派手だ。1日の折り返しだからね。誰にでも分かるようにいくつもの鐘が響く。町には物見櫓ものみやぐらを兼用した鐘楼があって、そこで毎日決まった時間に鐘を鳴らし、それに合わせて生活は巡っている。


 教官も肩の荷が降りたのか、ホッとしているみたいだ。


「では、統一研修はこれで終わる。弁当が用意されているから、ここで食べるように。午後第1の鐘でジョブ別の研修が始まるからな。指示に従ってくれ」


 そう言うと教官は部屋を出ていく。それと入れ替わりに弁当を持ったギルド職員がやってきた。教壇に弁当を置くと、皆が1列に並んでソワソワと待っている。俺もその列に加わり弁当を受け取った。


 ちらりと覗くと、つるを編んで作られたバスケットの中に、サンドイッチが数個入っている。魚のフライと野菜が挟まったそれは、この世界ではご馳走の部類に入るんだろう。子供達は目を輝かせていた。


 これも研修費の内だ。

 遠慮なく頂こう。


 席に戻って早速食べようと、サンドイッチを手に取ると、フィードが近寄ってきた。


「お兄さん、一緒に食べていい?」


 気安い声音で尋ねるフィードを拒む理由もないので隣の席を勧めた。他に年の近い子達がいるのに、何を好き好んでこんなおっさんに構うのか。俺には分からないけど、フィードが嬉しそうだからいいや。


 フィードはちょこんと座り、弁当を広げると手を胸の前で組み祈りを捧げる。


 これはイルベル達もやっていた事だ。ファナタス教の食前の祈り。周りを見渡せば、皆やっていた。その中でも白装束連中は特に熱心に祈っている。


 やっぱり信者は多いんだな。一般信者は神像に祈る事が許されていないから、神を象徴した太陽のペンダントを首から下げている。それに祈るんだ。


 俺はといえば、そんなのお構いなしに「いただきます」と手を合わせてサンドイッチを頬張った。祈りを終えたフィードが驚いてコソッと耳打ちをする。


「お、お兄さん。お祈りしなきゃダメだよ。決まりなんだから」


 お祈りって、あの天使や神にだろ?

 そんなん知らんもんね。


 それでも白装束連中を気にするフィードが可愛そうで、俺は少し大きめの声でフォローを入れた。


「俺は東の島出身だからさ。祈る神様が違うんだよね。俺の神様にはこうやって手を合わせて、命をいただきますって言うんだ。そして食べ終わったらご馳走様でした。祈る内容は違うかもだけど、感謝の心は持ってるよ」


 それでもフィードは浮かない顔だ。


「改宗とかはしないの? ︎︎この大陸ではファナタス教が多いよ」


 その言葉に俺はシラっと返す。


「フィードはさ、東の島に行ったら改宗するの? ︎︎君にとっての神様ってその程度のものなのかな」


 俺の質問にフィードは虚を食らった。


 まだ外の世界を知らない少年には、ファナタス教だけが信仰の対象なのだろう。自分が改宗するなんて、思ってもみなかったようだ。


 でも、世界には色んな宗教があり教義がある。俺は宗教の自由が許された日本で育ったから、他の教義も受け入れられる。もちろん押し付けられるのはごめんだけどさ。


 だからこそ、俺を勇者に選んだ神には従いたくはない。勝手に呼んで、勝手に捨てる。その傲慢さは、神と言えど許す気にはなれなかった。自分達の領土に俺を捨てたのも、自分達の手を汚さず、信者にらせるつもりだったんじゃないの?


 そういう姑息さも気に入らない。

 いくら神でも責任は取ってもらわなきゃな。


 俺はこの東の島出身という設定を有効利用させてもらう。この諸島には地図にも載っていない小さな島が多いってイルベルも言ってたし、現地の奴らに会ってもシラを切り通す。


 何か考え込んでいるフィードを他所に、俺はサンドイッチを平らげて次の研修に備えた。

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