第10話 ︎︎年下の同級生

 扉を開くと10数人の視線が一気に集まった。中は飾り気のない、いかにも教室といった雰囲気の部屋に、長机と長椅子が並んでいる。


 そこにいたのは10代半ばの子供ばかり。大人はひとりもいなかった。


 うわぁ……これは確かに悪目立ちするな……。


 イルベルから事前に聞いてはいた。冒険者に登録するのは概ね10代からだと。冒険者は体力勝負だしキツい仕事だが、一攫千金を夢見る若人わこうどにとっては憧れの職業だ。


 若いうちから鍛え、1番脂が乗る20代で駆け上がる。


 魔物を倒して人に尊敬されるもよし。

 ダンジョンに潜り宝の山を見つけて左団扇もよし。


 過去には武勲を上げて王族と結婚した冒険者もいたらしい。


 勇者は選ばれし唯一の存在だが、冒険者ならあるいは……。


 そんな夢見る若者に紛れたおっさんがひとり。好奇の目に晒されながら隅っこの席に腰を下ろした。


 お願いだからそんなに見ないで!

 別におっさんだって夢見ていいじゃない!


 分かってはいるんだよ。遅いスタートだって事は。もうすぐ30を迎える体は年々衰えてる。その上デスクワークで動くのは自宅と会社の往復くらい。あ、取引先に唐突な呼び出しをくらって全力疾走はよくやらされたな。必死に走って駆けつけ、言われるのは重箱の隅をつつくようなクレームだ。コメツキバッタの如く頭を下げようやく解放されても、帰社すれば上司のお小言が待っている。


 どんどんずれ込むスケジュール。

 そうして終電は去っていく。


 あぁ、思い出したら泣けてきた。


 教室の片隅で鼻をすするおっさんに、周りの空気が引いていくのが伝わってくる。


 ごめんな。

 気持ち悪いよな。


 でもさ、それだけ追い込まれてたんだ。いつ崩壊してもおかしくない精神を抱えて、気力だけで動いてた。


 それがさ、一気に未来が広がったんだぜ?

 君達も希望を胸に抱いてここにいるんだろう?


 俺もそうなんだ。

 やっとやりがいを見つけた。


 涙を拭い、ザワつく年下の同級生達に笑顔を向けると、ほっとしたように空気が和んだ。


 その中のひとり。少し長めの茶色い髪を後ろで括った快活そうな少年が進み出る。まだ12、3に見えるその子は少しの警戒心を持って話しかけてきた。


「お兄さんも冒険者になるんだよね? ︎︎その、聞いていいのか分からないけど、どうしてその歳で? ︎︎あ、ダメとかそんなんじゃないんだ。ただ、あんまり見ないからさ」


 見れば後ろの子達も興味津々といった顔だ。俺はできるだけ柔らかい表情を意識して口を開く。


「うん。気になるよね。俺は東の島から出稼ぎに来たんだけど、家族とはぐれちゃって。森に迷い込んで狼に襲われている所を『青猫』の人達が助けてくれてさ、カンパニーに誘われたんだ。家族を探すにも働かない訳にはいかないし、冒険者になって依頼をこなしながら家族を探せばいいってね」


 ダサい身の上話のはずなのに、子供達は何故か瞳を輝かせ歓声を上げる。


「すっげぇ! ︎︎もう冒険してるんだね! ︎︎東の島ってどんな所!? ︎︎どうやってこの大陸まで来たの!?」


 茶髪の少年が声を上げると、様子を窺っていた子供達も詰め寄ってきた。


 そうか。まだこの子達はこの町からも出た事がないんだろう。町を出るにはそれなりの理由がいる。親が行商人だったり、引越しだったり。それこそ冒険者だったりだ。


 子供だけでは町から出られない。冒険者になっても、ある程度どこかのカンパニーで経験を積まないといけないのだ。


 その中にあって、俺は外から来た異邦人なんだから珍しいんだろうな。


「もうカンパニーも決まってるんだね。良いなぁ……ぼく達はこれからだよ。良いカンパニーに入れるといいんだけどな……」


 その一声で皆の顔が曇った。その不安が痛いほど分かる。最初に所属するカンパニーで人生が決まるんだから。どうか俺と同じ轍は踏まないでほしいと願う。


 よし!


 俺は茶髪の少年に尋ねた。


「君は冒険者になったら何がしたい?」


 少年はキョトンとしたけど、しっかりした声で応える。


「ぼくはダンジョンに潜りたい」


 次に隣の少女。


「君は?」


 少女は恥ずかしそうに応える。


「わたしは町の人達を助けたい……」


 更に隣の少年。


「おれは世界中を旅したい!」


 それに続いて次々と声が上がる。


「凄いな皆。ちゃんと目標が決まっているじゃないか。俺なんて憧れだけで都会に出たってのに……」


 その結果があのブラック労働だ。ほんと笑えない。


 俺は頭を振り、少年達を見渡す。


「皆、その気持ちを忘れないようにね。同じ目標を掲げているカンパニーを探すといい。でもひとつ見て決めちゃダメだぞ。いくつか見て回って自分に合った所を選ぶんだ。君たちにだって選ぶ権利はあるんだから」


 そんな俺の言葉に、皆驚いていた。


「選ぶ……? ︎︎ぼく達が?」


 ぽつりと呟く少年に俺は頷いてみせる。


「ああ、そうだ。待ってるだけじゃ誰も見つけてくれない。自分の価値を探すんだ。これだけは誰にも負けないって事を。そうすればカンパニーに自分を売り込める。君達の力を欲しいって思わせるんだ」


 それは俺ができなかった事。

 それをこの子達に託したいと思った。


 皆、そんな発想が微塵もなかったんだろう。顔を見合わせ戸惑っている。でも茶髪の少年がきりりとした表情で力強く言い切った。


「うん。探すよ。ぼくの価値ってヤツ。それで将来、ぼくがカンパニーを引っ張るんだ」


 その言葉に感化されたのか皆表情が引き締まる。それを微笑ましく見ていると硬い声が飛んできた。


「くだらない」


 その声の方を見ると、数人の白装束の集団がいた。揃いの錫杖を抱えている。それはキーナと同じ物。明らかに神殿の連中だ。


「君達は、何か目標は無いの?」


 あまり関わりたくはないけど、態度を変えては角が立つ。できるだけやんわりと尋ねたが、返ってきたのは無機質な答えだ。


「わたし達の道は、神が導いてくださる。目標など意味が無い」


 そう言うのは集団の中心人物らしき少年。この子もまだ12、3くらいに見える。周りの取り巻き達の方が年上だ。


 でも、ここにいるという事はキーナ同様、修行の資格を得た神官なんだろうな。この若さで神官に上り詰めてるって事は有望株か。


 俺はそれに気づかない振りをして笑顔を向けた。


「そうかな。目標を持ってたら神様も応援してくれるんじゃない?」


 しかし、少年は思いっきりバカにした態度で鼻で笑う。


「わたし達の願いはひとつ。神の御許みもとに達する事のみ」


 それだけ告げると、興味を失ったのか取り巻き達と固まって席に座った。


 あれが信徒か、ほぼ洗脳じゃん。キーナは感情的なだけまだマシなのかも。ほんと近寄りたかないね。


 俺はひとつ息を吐くと、子供達に席に着くよう促した。もうすぐ教官が来るはずだ。研修は週に3回行われる。ある程度の希望者が集まってからの方が効率がいいんだろう。


 さて、どんな内容なのか。

 数え切れないほどのチュートリアルを繰り返してきた俺だ。ある程度の異世界用語にはついていける自信がある。


 期待にドキドキと心臓が高鳴る。

 それはまるで新しい物語を紐解くように。

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