新たな世界へ

第6話 ︎︎始まりの町

 イルベル達に導かれ、辿り着いたのはジードゴードという町だった。

 俺が森の手前で探していた町は下流ではなく、森を越えた上流にあった訳だ。道理で影も形も見当たらないわな。


 町はオレンジ色の煉瓦造りの家が立ち並び、結構な大きさがあるようだった。高い塀に囲まれ、道の行く着く先に門がある。両開きでは無く、上に引き上げるタイプの門だ。


 門には詰所があって皮鎧を身に付け、槍を手にした男が2人立っている。もう昼近い時間だからか門を通ろうとする人はまばらだ。


 異国情緒たっぷりな情景はRPG好きの血を騒がせる。


 俺はMMORPGもよくやっていた。時間を割けないからもっぱらソロ専だったけど、追加されるコンテンツのおかげで飽きる事も少なく気に入っていたなぁ。


 例えるなら今まさに始まりの町に到着したという所だろう。RPGならセーブポイントなりファストトラベルなりが輝いているのが定石だろうけど、さすがにある訳ないか。


 俺は近づいてくる門を半口開けて眺めながら、ここ数日の事を思い出していた。


 イルベル達は依頼を受けてあの森に入っていたそうで、俺を見つけたあの日、夜明けを待って町に帰る予定だったらしい。それが俺というお荷物を抱えてしまい町に帰りつくのが遅くなってしまった。本来なら1日で着く道程が2日に伸びた事で、余計な野営をさせてしまい、俺の分の食料も非常食から出したから予備も尽き、ギリギリの帰還だ。


 申し訳ないとは思うがデスクワーク漬けのくたびれたおっさんを連れていてはそう長く歩き続けられない。できるだけ頑張ってはいたがよる年波には適わず何度もバテてしまっていた。


 昔はサッカー部でレギュラーも取っていたのに、いつの間にこんなに体力が落ちてしまったのか。たるんだ腹を摘みながら溜息を零した。


 クソっ。

 昔は腹筋もそれなりに割れていて地味にモテていたのに。そんな面影はどこにもねぇ。


 高校を卒業してすぐに就職した会社は超ブラック企業で残業続き。ブラックの取引先もまたブラック。無茶な注文、無茶な納期。家には寝に帰るだけ。食うものにも段々構わなくなりコンビニ弁当やカップラーメンばかり。酷い時はカロリーバーだけなんて日もあったっけな。筋トレなんてできる時間もありゃしない。


 そんな中で楽しみを見出せるのはごく短いゲームの時間とビールだけだった。それも奪われてしまったけどね。


 はぁ、と出るのは溜息だけ。


 辞めたくても上司の無言の圧力に屈して血の涙を流しながらパソコンを叩いた。


 だがしかーし!!


 それももう過去の事。

 今俺の目の前にはファンタジー世界が広がっている! ︎︎どうせ捨てられたのなら味わい尽くさなきゃ損ってもんだろう。


 もう間近に迫った門では住人でなければ通行料を取られる。ケチだなと思いつつも町の安全と維持のためには必要だとイルベルは言う。


 まぁ、確かに日本でも消費税とか何かにつけて税金取られてたしね。これもひとつの仕組みなんだろう。


 門に着くと門番が早速やってきた。2人の内、背の高い青髪の男だ。


「よう、イルベル。おかえり。遅かったな。心配してたんだ。皆も無事で良かった。そっちの黒いのは誰だ? ︎︎見かけない顔だが……」


 男はイルベルに親しげに話しかけながらも俺を警戒している。鋭い眼光に睨まれ縮こまる俺の背中を叩き、イルベルが柔和に口を開いた。


「ああ、こいつはルイ。森で迷っている所を助けたんだ。どうやら旅の途中で家族とはぐれてしまったみたいでな。元々出稼ぎに行く予定だったみたいだからカンパニーに誘ったんだ。依頼をこなしながら家族を探せばいいってね。これからここに住むからよくしてやってくれ」


 スラスラと嘘を並べるイルベル。これはここまでの道中で相談した結果だ。


 神殿にはキーナのように敬虔な信者が多い。いきなり落とし子なんて言ったらどんな騒ぎになるか分からないしな。嘘も方便ってヤツだ。俺としても厄介事はごめんだし、嘘をつく事で平穏が保たれるならそっちの方がいい。


 それに合わせて俺はイルベルの服を貸してもらっている。さすがにスーツじゃ何言っても信じてもらえないのは目に見えてるもん。


 勿論キーナは大反対。神殿に突き出すべきだと唾を飛ばしながら力説していた。しかし、リーダーであるイルベルの意向は変わらず、メイムとディアも賛同しキーナは顔を真っ赤にして悔しがっていた。


 けっ。

 ざまぁ見ろってんだ。


 神殿がどうゆう所か分からない以上、近づかないに越したことはない。キーナを見てたら上の人間も自ずと知れる。最悪ギロチンとか言い出すんじゃね?


 おお~こわっ!


 有り得ないと言えない所がまた恐ろしい。集団心理が暴走すると収拾がつかなくなるし、町ぐるみで殺しにかかられちゃたまらん。


 俺は人畜無害を装って門番に挨拶する。


「ルイ・ゼンドーと言います。東の島から出稼ぎに来たんですけど、間違えて家族と違う馬車に乗ってしまって……。家族を探してあちこち彷徨っている内に美月の森に入り込んで狼に襲われている所をイルベル達に助けてもらいました。これから『青猫』でご厄介になる事になりますので、どうぞ、よろしくお願いします」


 美月の森は俺が最初に見つけた森の事。

 そして東の島っていうのは小さな島が集まった諸島で、漁業が盛んらしいが、逆を言えばそれだけの寂れた所だそうだ。観光名所もなく外貨が入りにくいため出稼ぎにこの大陸へ渡ってくる者も多いから隠れ蓑には丁度いい。


 門番もさして疑いを持たなかったようだ。


「そうか……それは難儀したな。この町は人もいいから居心地は保証する。あんたも今日から仲間だ。よろしくな」


 鋭く俺を睨んでいた目を垂れて手を差し出してきた。元からの性格もあるだろうけど、イルベルの紹介ってのが大きいのかもしれない。随分仲良さそうだったしな。


 これで町に入れると思い胸をなでおろしていると、差し出された手が上を向く。首を傾げて門番を見ると、にこやかに言った。


「通行料100ギリカ」


 ぐぅ、この……!

 あわよくば払わずに通ろうと思っていたのを見透かされた気分で引きつっていると、イルベルが苦笑しながら財布を取り出した。


「ははは。ここは俺が払うよ。ルイはもう『青猫』の仲間だ。必要経費だよ」


 イルベル……!

 なんて良い奴なんだ!

 俺惚れちゃいそう!


 半泣きしながら抱きつく俺をイルベルはまるで子供をあやすように背を撫でた。


 これで町に入れる!

 俺のファンタジーライフの始まりだ。

 心の中はウキウキと弾み足取りも軽い。


 なんのチートも無いんだ。レベル上げも苦労するだろうがそれは望むところ。


 浮かれている俺だがこれが現実なんだという事は十分承知している。攻略法なんてない。一歩間違えれば死へまっしぐら。


 今まで感じた事のないヒリヒリとした緊張感は日本では決して味わえないもの。それが一層俺を舞い上がらせた。


 人に金を出させたくせに意気揚々と門を潜る俺。


 そんな俺をキーナが睨んでいる事にも気付かずに。

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