第3話 第一章 出版社が採用してくれない

『原稿はある。しかし出版社が採り上げてくれない』


 多くの方が直面している現実だと思います。私もかつては40社以上に企画提案書を送りましたが、(自費出版の誘い以外は)すべて没になりました。採用するかどうか決めるのは出版社側であり、いかに頑張って企画提案書を書いても「今回は見送りとさせていただきます」と返されれば、その出版社からの道は閉ざされます。

 返事が返ってくるのはまだ良い方です。原稿募集の看板を掲げているにもかかわらず、全く返答の無い出版社もあります。私は執念深い性格なのか、返事すらも戻ってこない出版社の名前は忘れることはありません。書店に行ってもそれらの出版社の本は買わないと決めているからです。しかし、そのどちらも没に変わりはありません。

 孫氏の言葉を振り返りましょう。

『敵を知り、己を知れば百戦危うからず』

 もちろん作家であるあなたにとって出版社は敵ではありません。それどころか、着物を着た「本」にして書店に並べてもらう為には、作家と出版社は一蓮托生です。それは間違いありません。

 ここで私が言いたいのは、

『出版業界は、実際は物流業界であり、出版社・印刷会社・デザインや挿絵などのクリエイター・広告会社・取次・運送会社・書店・ネット販売サイトといった業種の連合体である』

という認識を持つことが大切である…、ということです。

 前述のように出版社は売れる本の原稿を欲しがっています。厳密にいえば『出せば間違いなく売れる本の原稿』を欲しがっているのです。これが出版社の本音です。しかし、確実に売れる本を書く作家がどのくらいいるのでしょう。名前が売れている、賞を取った…といった、ごくごく少数の有名作家だけでしょう。

 ここで出版社の本音の本音を書きます。それは

『出せば確実に売れる原稿を書く作家だけを、数多く独占的に契約して、どんどん書いてもらいたい』

というものです。

 なんともわがままな欲求です。もちろん出版業界も競争社会なので、この本音の本音が簡単に実現するはずはありません。ではなぜ出版社は私たちのような無名の作家の原稿を欲しがるのでしょう。出版社によっては賞金を出す新人賞といったコンクールを開催しています。出版社は明日の売れっ子作家である金の卵を日々探しているように見えます。本当にそうでしょうか。

 前述の『出版業界は物流業界である』というのがその答えです。本は物質的な生産物であり、この生産物を実際に製造するのは現代では出版社ではありません。それは印刷会社と製本会社(多くは一緒になっている)の役割です。

 書店で陳列しても来店するお客様に買ってもらわなければ、売り上げになりません。そのため魅力的な表紙や挿絵、目を惹くキャッチコピー、帯の装丁、広告をはじめとするマーケティングなどが必要です。これらはデザイナーなどのクリエイターの役割です。

 物を作れば、今度はそれを販売所である書店に輸送しなければなりません。これは取次や運送会社の役割です。

 お客様に接客し、代金を受け取って出版社にお金という利益をもたらすのは、書店の役割です。

 つまり出版業界は物を作り、これを運び、これを売るという、ごく普通の製造業の業界なのです。畑で作物を作り、収穫して運び、スーパーの生鮮食品売り場で売る農業という業界と本質的には同じです。

 このような製造・物流業界が安定してそのサイクルを回し続けるためには、「出せば売れる少数の有名作家」を抱えているだけでは足りません。露骨に表現するなら、業界ぐるみで製造・運送・販売の一定量を常に確保しなければいけません。

 新人賞などのコンクールを開催し、注目すべき新人作家を発掘し、賞金を出して表彰し、話題つくりを行ってそれぞれの業種の利益を作り出す。彼らこそが一蓮托生のチームであり、作家の原稿はその素材なのです。

 こういう見方をすると、「出せば売れる有名作家」以外は、それこそ他の作家が書くことが出来ない専売特許のような原稿でない限り、作品の出来だけで食い込んでいくのは至難の業であることがわかるでしょう。

 有名人が自分では原稿を書くこともなく、対談やインタビューをもとに代理ライターが原稿を書いて、派手な宣伝がされて書店に並ぶ理由もこれで分かります。

 出版社も大手になると出資する株主を抱える株式会社です。出版社だけでなく、関わる業種もそうです。株主にとって、業績が乱降下するようでは、魅力に欠けます。株主の出資は投資ですが、ギャンブル性が高いものは基本的に敬遠されるでしょう。

 もうお分かりですね。私たち無名の作家は、この土俵に上がるべきでしょうか。もし、他の土俵があるならば、そしてそれは企画提案書をいくつも送って撥ねられることを繰り返すよりも、自分の意志で出版することができる土俵ならばどうでしょう。

 業界のがんじがらめの土俵に食い込む前に、別の土俵に苦労なく上がり、そこで作品という実力で勝負し、そしてその成果を見せつけて出版社から声がかかる…。そんな戦略を個人ができるのが今の時代です。

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