第11話 ちょっと、何言ってるかわからない。
「……と、言うわけでございます」
佐野君に、全てを話し終える。
ここに引っ越してきた日、段ボール箱いっぱいにつまった『お義兄ちゃんと、一つ屋根の下』を見られた一件から始まり、それ以来佐野君の様子が変だったこと。そこから推測して、キモい妄想をしていると思われているのではと不安になっていたこと。全部伝えた。
あとは、佐野君の反応を待つだけだ。
佐野君は何か考えているのか、少しの間黙って天を仰ぐ。
それからようやくこっちを見たかとおもうと、まずは一言聞いてきた。
「引っ越し初日のあの出来事から、まさかずっとそんな風に思ってたなんて。俺、あれからそんなに変だった?」
「変というか、様子がおかしいというか、挙動不審というか……」
あれ? それって結局変ってことになるのかな?
けどとにかく、『お義兄ちゃんと、一つ屋根の下』を見られて以来、佐野君の様子が変わったのは確かだ。でなきゃ私だって、いくらなんでもこんなにも不安になったりはしなかった。
それを聞いて、佐野君は深くため息をつく。
「そっか……動揺してるって自覚はあったけど、そこまでだったか。けど、それは誤解だから」
「そうなの?」
誤解であるなら、もちろん嬉しい。だけど、本当にそうなのかと思ってしまう。だったら、どうしてあんなに動揺なんてしてたの?
未だ不安が拭いきれないでいると、不意に、佐野君がそんなことを言い出した。
「少し、俺の部屋に来てくれないかな?」
「へっ?」
佐野君の部屋? なんで?
「いいけど、なにするの?」
「詳しいことは、行ってから話すから」
いったい何なのだろう。不思議に思うけど、ここで断る選択肢はない。
すぐに佐野君と一緒に二階に上がり、彼の部屋の前に立つ。
思えば、私の部屋のすぐに隣なのに、ちゃんと入ったことはほとんどなかったかも。
あと、男の子の部屋に入るのも初めてだ。そう思うと、なんだか緊張してきた。
「さあ、入って」
「う、うん」
促され、部屋の中に入る。
間取りは、私の部屋とほとんど変わりない。机の上にあるパソコンが存在感を放つけど、全体的に物が少なくて、スッキリとした印象だ。
(って、あんまりジロジロ見たら失礼だよね)
慌てて部屋の観察をストップするけど、その間に佐野君は、部屋の隅に移動する。
そこには段ボール箱がいくつか積まれていた。もしかすると、引っ越しの荷物をそのままにしているのかもしれない。
佐野君は、その中にある一番下の段ボール箱を引っ張り出す。それは、微かに見覚えのあるものだった。
(あれ? それって……)
引っ越しの日、私が間違って運ぼうとしたら、佐野君が慌てて引き取ったやつだ。
その反応から、もしかすると中身はあまり見られたくないやつなのかな、なんて思ったけど、今の今まですっかり存在を忘れていた。
「北条さんに、見てほしいものがあるんだ」
佐野君そう言うと、箱の蓋をゆっくりと開く。
これだけもったいつけるなんて、いったい何が入っているんだろう。
気になる私の目の前で、蓋は完全に開かれる。その中身を見て、私は思わず息を飲む。
「それって、『お義兄ちゃんと、一つ屋根の下』、だよね」
箱の中に入っていたのは、私も持っている、『お義兄ちゃんと、一つ屋根の下』の書籍版。その、1巻と2巻だ。しかも、それぞれが数冊まとまって入っていた。
それだけじゃない。一部店舗で購入者に限定配布された特典ペーパーまである。しかも、おそらく全種類コンプリートしてある。
最近発売された2巻ならともかく、1巻の特典ペーパーとなると、今から全部集めるのは難しい。
それが揃ってるってことは、私と会うずっと前に、佐野君はこれを買っていたってことになる。
「……まさか、佐野君もファンだったとか?」
ビックリだけど、まさかもなにも、こんなの見せられたらそれ以外考えられない。
だけど、佐野君の答えは実に意外なものだった。
「いや、ファンってわけじゃないんだ。えっと……これ、見てくれるかな?」
えっ? 違うの? じゃあなんでこんなに揃えてるの?
予想外の答えに困惑する中、佐野君は箱の中から、さらにあるものを取り出した。
それは、何枚もの紙の束。全部で百枚くらいはあるかも。
そこに、びっしりと文字が印刷されていた。
「な、なにこれ?」
「まずは、読んでみて」
「う……うん」
そりゃ、読んでと言われたら読むけど、いったい何なの?
だいたいこれ、全部読もうと思ったらどれくらいかかるんだろう。
そう思いながらも、とりあえず読みはじめる。だけど最初の数行を読んだところで気づく。
(これ、読んだことのあるやつだ。って言うか、『お義兄ちゃんと、一つ屋根の下』の本文じゃない)
何度も何度も繰り返し読んでいたからすぐにわかった。
だけど、どうしてこんな風にプリントされているんだろう。読みたいなら、Webも書籍版もすぐに読めるのに。
それと、気になることがもうひとつ。
この文章。確かに『お義兄ちゃんと、一つ屋根の下』本編とほとんど同じものだけど、所々赤いペンで印がつけてあって、誤字や日本語の間違いに対する指摘が書かれていた。
「ねえ、何なのこれ?」
いったいこれは何なのだろう。そして、これを私に見せてどうしようというのだろう。
「ゲラって知ってるかな? 小説を本にする時、字の間違いや言葉としておかしなところをチェックするんだ」
「うん。聞いたことはある」
Web小説を読んでいると、たまに書籍化した作家さんが、どうやって本になるかを書いていることがある。
校正さんっていう専門の人がチェックして、訂正箇所が書かれた原稿が送られてくるっていうけど、そんな話をするってことは、まさかこれがそのゲラってやつなの?
「ゲラって、本物なの? なんで佐野君が持ってるの?」
「えっと、それはつまり……その……」
本や特典ペーパーならともかく、ゲラ原稿なんて、欲しいからって手に入るようなもんじゃないでしょ。
佐野君は、すぐには答えにくいのか、モゴモゴと言葉を詰まらせながら、なかなかその次を言おうとしない。
それがどのくらい続いただろう。ようやく、次の一言が告げられる。
「俺が、作者なんだ」
………………………………はい?
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