第4話 不安と共感

 お父さんと洋子さんが席をたって、そこに残ったのは、私と佐野君の二人きり。

 もっと話をさせようと思ってこうしたのは分かるけど、今まではお父さんと洋子さんがいてくれたおかげで何とか持っていたようなもの。一対一で向き合った今、どうすればいいのかなんてまるで分からない。


 そんな中、佐野君の方から話を振ってくる。


「えっと……いきなりこんな事になって、驚いてるよね」

「そ、そうだね」

「俺も、母さんからいつかは再婚するかもしれないって聞いてはいたけど、相手の子どもが北条さんだってのは最近まで知らなかったから、初めて聞いた時は驚いたよ」

「そ、そうだね」

「もっと早くに知ってたら、学校でももっと話してたかもしれないね」

「そ、そう…………なのかな?」


 延々「そうだね」としか言ってなかったけど、さすがに最後のはどうかと思う。


 例えこうなることを知ってたとしても、とてもリア充オーラ溢れる佐野君に近づく勇気なんてないよ。


 今だって、そのオーラに圧倒されそう。だけど、このまままともに喋れもしないのは、いくらなんでもダメすぎる。

 もっとしっかりしないと。そう思って自分を奮い立たせる。


 だいたいイケメンのリア充ってだけでビビってるけど、そんなのマンガやラノベで散々見てきたじゃない。それら二次元キャラとのの違いなんて、奥行きがあるかどうかだけだよ。

 いや、でもそんなのとの違いが奥行きだけって十分凄すぎない? コスプレとかしたら、まさに少女マンガのヒーローそのものになるんじゃないかな。ああ、あのキャラとかこのキャラとか似合いそう。さらにセリフまで言ってくれたら…………


「北条さん?」

「ひゃ、ひゃい!」


 妄想の世界にトリップしかけたわたしは、一気に現実に戻される。


「なんだか目が虚ろだったけど、大丈夫? 気分悪かったりしない?」

「な、何でもないから」


 まさかあなたを脳内でコスプレさせて楽しんでましたとはとても言えない。そんなことしたら再婚がご破算になるどころか、二度と学校に行けなくなるかかもしれない。

 だけど佐野くんは、そんなわたしのアホな思考なんて知る由もなく、申し訳なさそうに言う。


「ごめんね。いきなり話せって言われても、どうしていいのか分からないよね」


 こんな事になって緊張しているのは、佐野くんも同じなのに。明らかに、私に気を使っているのがわかる。


 やっぱりこのままじゃダメだ。何か、何か話さないと。


「さ、佐野君は二人の再婚をどう思ってるの?」


 言った、言ってしまった。

 いきなりこんな重要事項を聞くなんて、空気読めないと思われたらどうしよう。


 だけどだけど一度出てしまった言葉は無かったことにはできないし、私達が話せる話題となると、多分これしかない。


 じっと、佐野君の言葉を待つ。



「そうだね。やっぱり、そこをハッキリさせておかないとね。もしかしたら上手く伝えられないかもしれないけど、聞いてくれる?」

「う……うん」


 突然の質問だったけど、どうやら佐野君は、しっかりそれに答えようとしてくれているみたい。


 考えをまとめているのか、少しの間押し黙り、それからゆっくりと話し始める。


「まず、ハッキリ言うと不安はある。二人が再婚したら、俺も北条さんとも同じ家に住むことになる訳だし、もしかすると、気まずい思いをすることになるかもしれない」


 だよね。だって、まともに喋った事もない相手といきなり家族になるんだよ。そんなの、不安に思わない方がおかしい。

 もちろん私だってそう。だけど佐野くんの話は、それだけじゃ終わらなかった。


「だけど……だけどね、母さんと哲夫さんには、上手くいってほしいって思ってるんだ」

「それって、再婚そのものには賛成ってこと?」

「多分、そうなるのかな」


 なんだか曖昧な言い方だけど、それをおかしいとは思わなかった。もしかすると、佐野君自身もまだ自分の気持ちをきちんと整理できていないのかもしれない。


「母さん、俺が小さい頃から、女手一つで育ててくれたんだ。仕事も忙しかったから、いつも俺の事ばかりって訳じゃなかったけど、きっとほとんどの時間はそのどっちかに使ってて、自分の楽しみなんて後回し。だけど哲夫さんと会うようになってから、笑うことが増えた気がするんだ」

「それ、分かる!」


 話の途中だったけど、思わず声をあげて頷く。だって佐野君の話すそれは、私から見たお父さんと、ほとんど同じだったから。


「うちのお父さんも同じだったの。いっつも仕事で忙しくて、たまに休みになったかと思うと私にばっかり構おうとして。私に構ってくれるのはいいんだけど、自分の趣味も楽しみもまるで無さそうなのが心配だったの。だから、お付き合いしてる人がいるって洋子さんを紹介された時は、凄くビックリしたけど、嬉しかったんだ」


 初めて見つけた、私と佐野君の共通点。

 それが嬉しくて、気がつけば思ったことを一気に捲し立てていた。


 すると、それを聞いて佐野君がかすかに吹き出す。


「北条さん、お父さんの事になると一気に喋るね」

「えっ? べ、別にそう言う訳じゃ……」


 もしかして、急にテンション変わりすぎで引いちゃった?


 急に恥ずかしくなって、そんな不安が頭を過る。

 だけど佐野は、そこからホッとしたような穏やかな笑みを浮かべる。


「俺も同じだよ。母さんが自分の楽しみを見つけられたことが嬉しかったんだ。そして、できることならそれを応援してやりたかったし、今の北条さんの話を聞いて、なおさらそう思った」

「そ……そう?」


 そんな風に言われると、なんだか照れ臭い。だけどその気持ちは嫌なものじゃなかった。


「あっ、もちろん北条さんが一緒になんて住めないって思ったら、ハッキリ言ってね。誰か一人でも無理をする事になったら、そんなのダメだと思うから」


 そう言われて、この再婚に対する自分の思いを、もう一度よく考えてみる。


 もちろん、不安は大きい。

 だけど、さっきの佐野くんの話を聞いて、その通りだと思った。お父さんはもちろん、洋子さんのことだって好きだから、できることなら二人には幸せになってほしい。そして、佐野くんが同じ気持ちだって分かった時、嬉しいって思った。


 正しい答えなんてわからない。だけど今は、その気持ちを大事にしたかった。


「わ、わたしも同じ。二人には上手くいってほしいし、応援だってしたい。だから、その……賛成ってことになるのかな」


 今さらだけど、これって同級生の男子に、一緒に住もうかって言ってるようなものだよね。しかも、わが校の王子様とも言える佐野君相手に。


「よかった、北条さんがそう言ってくれて」


 笑顔の佐野君。とはいえ、その表情は少しの緊張ぎみだ。やっぱり、少なからず不安はあるんだと思う。


 だけど、いきなりこんなことになったんだから当然だ。それに、そんな佐野君を見て、少しだけ安心もした。


 佐野くんと言えば、なんとなく常に笑顔で爽やかみたいなイメージがあったけど、こういうところは私と同じだったんだ。


 まるで別の世界の住人みたいに思っていた佐野くんを、今はどこか近くに感じた。

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