48 浴衣

 夏祭りに行くことが決まってからあっという間に時は過ぎ、ついにその夏祭り当日がやってきた。

 ちなみにその夏祭りは俺たちが住む町にある駅のすぐ隣にある駅の周辺で開催している。

 なのでそれに伴い、集合場所は俺たちが住む町の駅前となった。

 俺は集合時間である午後五時の五分前に駅前に到着し、辺りを見渡すと浴衣姿の栞がそこにはいた。

 普段はおろしている長い黒髪をお団子に結び、紺色の落ち着いた浴衣を身にまとったその姿はいつもよりも大人っぽく、そして妖艶に見える。

 その姿に俺はもちろん、周辺を通っている人も思わず目を奪われていた。

 そうして俺が立ち尽くしていると、栞は俺のことを見つけたのか手を少し上げてそっと振った。

 そのしぐさを見て我に返り、俺はすぐに栞のもとへ向かった。

「こんにちは、雅也くん」

「こ、こんにちは、栞」

 いつも通りあいさつをされただけなのにその姿に気を取られ、どうしても動揺が隠せなかった。

「どうしたんですか?なんだかソワソワして」

 そんな俺の気持ちをよそに栞はなにかを察するような様子もなく、いつも通りの反応をした。

「それは……栞の浴衣姿がすごく似合ってて、とても綺麗だったから」

「そ、それは……ありがとう、ございます」

 俺がそういうと、途端に栞の顔は真っ赤に染まり、照れくさそうにお礼を述べた。

「あれー、お前らもう来てたのか」

 そんな会話をしていると後ろから急に優輝から声をかけられた。

 俺たちは咄嗟にいつも通りの空気感に戻そうとしたが、それが逆に何とも言えない空気感を作ってしまった。

「な、なんだ?まあいいや。それよりも中川さんの浴衣姿、めちゃくちゃ似合ってるな!」

 優輝は最初の方はいつもと何かが違うような空気感に困惑していたが、栞の浴衣姿を見てどうでもよくなったのか、すぐに話題を変えた。

「ありがとうございます。似合っているのなら着て来た甲斐があるものです」

「お、おう」

 なにこいつ彼女いるくせに栞ちょっと照れてんだよ……

 少しイラっとしたが和泉さんがこっちに向かっているのが見えたので、なんとか気持ちを落ち着かせた。

「ごめんね!少し遅れて!」

 そう言って和泉さんが小走りで俺たちのもとへやってきた。

「お、おう」

 優輝が心ここにあらずな返事を返した。

「なんか反応変だけどだいじょうぶー?」

「あ、ああ、まあな」

 和泉さんに心配され、優輝自身はだいじょうぶと言っているものの、はたから見れば全くだいじょうぶなようには見えなかった。

 とはいえ優輝がそうなっている理由は俺からすれば明白だった。

 きっと和泉さんの浴衣姿に動揺しているのだろう。

 和泉さんはいつもの明るい雰囲気にぴったりな赤色の浴衣を着ていた。

 それにひまわりの髪飾りをしていて、いつもよりもかわいさが増しているように思える。

 優輝が動揺するのも納得だ。

「全然だいじょうぶなようには見えないんだけど……」

 とはいえ和泉さんも自覚はないらしい。

 このグループの女子連中はかなり鈍感らしい。

「そりゃあ、そんなにかわいい姿を急に見せられたら、動揺もするぜ」

 優輝は目線を和泉さんからそらしながらそう言った。

「そ、そうなんだ。優輝くんがかわいいって思ってくれるなら着てきて良かったよ!」

 どうやら和泉さんは優輝の反応が嬉しいのかテンションが上がっていた。

「あ、二人とも遅れてごめんね」

 和泉さんは優輝との会話を終え、ようやく俺たちに気付いた。

「全然だいじょぶだよ。まだ電車の時間に余裕あるし」

「そうですよ。それにしても結衣さんの浴衣姿かわいいですね」

 そう言って栞は和泉さんに近づいていった。

「栞ちゃんもすごくきれいだよ!なんていうか、可愛さと美しさが絶妙なバランスで混ざってる感じがすごくいい!」

「ありがとうございます。そんなに褒められるとなんだか恥ずかしいです」

 そう言って二人が仲良さそうに会話し始めた。

 必然的に優輝は俺の横に来た。

「眼福だな」

 優輝が呟いた。

「それなー」

 俺も同意する。

「夏祭り、めちゃくちゃ楽しみだな!」

「そうだな。いい思い出になるといいな」

 きっとこの夏祭りがいい思い出になるかどうかは一人一人の行動によって決まる。

 果たして浴衣姿を見ただけで動揺を隠しきれなかった俺たちが夏祭りを謳歌することができるのかどうかは、分からないが……

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

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