36 希望と失望

「優輝、早く起きろー」

 そう言って俺は優輝の体を揺する。

「……」

 しかし起きる気配はない。

「起きろー」

 さっきより強く体を揺する。

「……」

 しかし優輝は微動だにしなかった。

 時刻は朝五時半。そろそろ昨日見つけた広場の奥を紹介しに行った方がいいだろう。

 ちなみに俺は昨日の夜に会った中川さんが気がかりで、思った通りあまりよく寝付けなかった。

「はぁ」

 俺はため息をつき、足を後ろに引いて、

「はぁ!」

 足を優輝の体めがけて前に繰り出した。

「いってぇぇー!」

 優輝は悲鳴を上げながら飛び起きた。

「何すんだよ雅也!」

 優輝が俺に突っかかってきた。

「いや、お前が起きないから」

「なら普通に体でも揺すって起こしてくれればよかったじゃねーか!」

「それは最初に試した……」

 俺は呆れた声でそう返した。

「そ、そうなのか…?」

 優輝がためらった表情で聞き返してきた。

「そうだ」

 俺がそう言うと優輝は何とも言えない表情をして口を開いた。

「それは、ありがとな」

 優輝はさっきの言いがかりの態度をすぐどこかにしまい、素直に俺に向けて感謝の言葉を口にした。

「どういたしまして」

 そういう柔軟な姿勢は優輝の良いところなのだろうと優輝のその態度を見てふと思った。

「でもやっぱりあんなに強い勢いで蹴る必要はなかっただろ!」

 俺はさっき心の中で優輝を褒めたところでこの話題を自己完結し、優輝の叫びを華麗にスルーした。


「さあ、ここだ」

 その後優輝を部屋から引っ張り出して、さっそく昨日中川さんと見つけた広場の奥の自然にあふれた場所に案内した。

「おお……、いい場所じゃねーか」

 木々の隙間からあふれ出る目覚めたばかりの太陽からの日差しが、この場所をどこか神秘的な場所に変えるように照らしていた。

 優輝が感嘆する気持ちもわかる。

「ここで告白するのはありか?」

 単刀直入に優輝の考えを聞いてみた。

「お前と中川さんがわざわざ俺のために見つけ出してくれた場所だ。よし、俺はここで告白するぜ!」

 優輝は笑顔でそう言い放った。

「そうか、なら俺たちの手助けはここまでだな。あとはお前が成功するのを願ってるぞ」

「おうよ!」

「ちなみにだが、お前はいつごろ告白する予定なんだ?」

 一つ気になっていることを俺は優輝に質問した。

「それはまだ分からん。時と場合次第だな」

「そうか。そうだよな」

 ふとどうしてその質問が俺の口から出たのかを考えた。

 きっと俺は優輝にできるだけ早く告白してほしいのだろう。

 そうすれば俺はその後に何の気がかりもなく中川さんに告白することができると考えて。

 早く告白した方がいいぞ、という言葉を俺は飲み込む。

 告白する時期を決めるのはあくまで優輝だ。

 俺がそれっぽい理由をつけて説明すれば、きっと優輝は俺の提案に流されてしまうだろう。

 冷静に考えるとおそらく告白を決行するのは明日の午後にある自由時間、その時間は告白するには絶好の時間だろう。

 そうした場合、この合宿中に中川さんに告白する時間は俺にはない。

 優輝が希望に身に満ち溢れた表情をしている横で、俺はこの合宿では中川さんに告白できないことを自覚した落胆した表情を陰ながら浮かべるのであった。

 

 

 



 

 

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る