22 雅也の過去

 優輝の中学生時代の恋愛話が終わり、かなり盛り上がった雰囲気のままこちらに話し手の番が回ってきた。

 正直俺の過去話が盛り上がるとは到底思えないため、今更ながら優輝の前に発言しておけばよかったと後悔していた。

「ほらほら島崎くん。はやくはやく~!」

 しかしそんな考えをしたところで楽しみな表情で待機している和泉さんの心情は変えられない。

 俺はもうどうにでもなりやがれと心の中で叫びながら重い口を開く。

「俺も優輝と同じで付き合った人数は一人。期間は確か……中二の冬から中三の……いつまでだろうな」

「だろうなって……私が分かるわけないじゃん。ていうか付き合ってたのになんでそんなに曖昧なの?」

 和泉さんから出た疑問はもっともなものだろう。

 付き合うということはその当事者である男女二人からしてみればとても特別なものであって、しかも付き合うことが初めてであればなおのこと特別な記憶として残るのが当然だと思う。

「それは……」

「それは?」

 和泉さんが続きを促すように俺の口から漏れた言葉を反芻した。

 他の二人を見ると中川さんは和泉さんと同じく早く話してほしいという表情を、詳細を知っている優輝は頑張れよと語りかけるような表情をそれぞれしている。

 それを見てようやく俺は再びふさがってしまった重い口を開いた。

「それは俺たちは付き合っていたけど付き合っていなかったんだ」

「うん?それってどういうこと?」

 和泉さんから早速突っ込みが入る。

「ごめん、もっと詳しく話すよ。俺は中一から中二の付き合うまでの間、特に恋愛に興味がなかったんだ。正確に言えば、俺は付き合いたいと心から思えるような人がいなかった。だからといって全く女子と話さなかったわけじゃなかった。簡単に言えば俺目線、男女で扱いが特別変わるわけじゃなかったんだ。だけど中二の冬、ある女子にいきなり告白されたんだ。そして俺はその告白を承諾して付き合ったというわけだ」

「なんだ全然普通じゃん!いったいどこに島崎くんが話すのを躊躇する要素があったの?」

「問題なのはこの時の俺の心境とこれからの俺たち二人の付き合い方だ。俺は告白されたときなんて思ったと思う?この人は俺のことが好きなんだ、嬉しいな、俺も結構前から気になってたし、お互い幸せになりたいな!なんて思ったと思うか?そう思えたら良かったんだけどな。でも現実はこうだ。断ったらこの人がかわいそうだな、まあこの人結構顔は良いし付き合ってもいいか。とその時の俺はこう思って告白を承諾したんだ。ほんと今考えると何様だよって話だよ」

 俺は話しながら自嘲気味に笑った。

「……」

 聞いている三人はどうやら黙って続きを話すのを待っているようだ。

「そして付き合った後も俺は相手からの様々な誘いを自分のやりたいことを優先して適当な理由を作って断って、話しかけられても他の人と何ら変わりない態度で対応していた。そしたら次第に相手からの絡みも減っていって中三の夏くらいにはお互いに直接話すことは当然なくなり、挙句の果てにLINEとか電話とかで会話することもなくなった。そしてその状態から何の変化もないまま卒業式を迎えて、それ以降もその人からの音沙汰は一切ない感じだ。だからいつ別れたのかが分からないんだよ。これが俺が送った中学生時代の恋愛のすべてだ。本当にあの時の俺はろくでもないやつだったよ」

「……」

 俺が話し終わっても三人は口を開こうとしない。

 おそらくなんて言葉をかければいいのか分からないのだろう。

 こうなるのが分かっていたから俺は話したくなかったんだ。

「島崎くんはその相手の人とはその状態のままでもいいと思っているの?」

 和泉さんがようやく口を開いた。

「そうだな……俺は高校に入学してからはせめてその人とはきちんと別れるという旨の話をしようとは思ったんだ。でもその人は優輝の元カノと同じ高校にいったらしくてな。それで優輝の元カノの話によるとその人はもうその高校でとある男と付き合ってるらしいんだ。だからここで俺がその人に連絡するのもどうかと思ってな。だからこのままでもいいかなって思ったんだ」

「そうなんだ。でも考えた上でその選択をしたのならわたしはいいと思うよ。何も考えずにそんな女がいたんだ、だから今もその人のことはどうでもいいし興味もないって感じで話を占めてたらわたしは島崎くんの印象が悪くなってたと思う。でもその中学の付き合い方が間違ってたと自覚したのなら次は同じこと繰り返さないでしょ。それならそんなに過去を卑下しなくてもいいじゃん。もっと肯定的に考えようよ。例えば俺は過去にできた彼女に最悪な考えで付き合って、最低な態度をしていた、だから俺は最低だった。じゃなくて俺のその付き合い方は間違っていた。でもその経験のおかげで俺はいい方向に変わることができた。だからその出来事も今考えればいい経験だ。ほらこんな感じで考えればいいじゃんか!」

「……」

 俺は和泉さんの言葉に呆気に取られていた。

 正直和泉さんみたいな明るい人で尚且つ正義感がありそうな人からしてみれば最低と罵られてもしょうがないと考えていた。

 でも和泉さんは俺の過去を聞いても俺を軽蔑することなんてなくて、さらに俺の過去に対する考え方も教えてくれた。

 パッと見明るくてどこか抜けてそうな印象を受けるのに、こんなに視野広く物事を考えられるなんて優輝が惚れるのもなんとなくわかる気がする。

「ありがとう和泉さん。話を聞いて少し過去に対する考え方が変わった気がするよ」

「全然いいよ!わたしの言葉が役に立ったのなら良かったよ!」

 気づけばさっきまでの重い空気はどこかに消えていた。

「そうだぜ。過去はどうやったって変えられない。ならこれからどうするかを考えればいいじゃねえか!」

 優輝からとても前向きな言葉をもらった。

「はは、そうだな」

 本当にその通りだ。

 そして俺は最後に中川さんを見た。

 一体どんな言葉をくれるのか気になったからだ。

「今の話を聞いてどうやって今の島崎さんができたのか分かった気がします。私は今の島崎さんはさっきの話で聞いた島崎さんとはもはや別人だと思います。だから島崎さんは今の自分自身に自信をもってください」

 珍しく今回の中川さんはとてもはっきりとした口調で話した。

 それが今の俺にはとてもうれしく思えた。

「ありがとう。その言葉のおかげで今の俺に少し自信を持てる気がするよ」

 そう言って俺は中川さんに微笑んだ。

「そうです。自信をもってこれからも今の島崎さんでいてくださいね」

 中川さんも俺を見て微かに微笑んだ。

 そんなこんなで親睦会は終わりを迎えた。

 テスト勉強はまだまだ始まったばかりだが、今日の親睦会は俺にとってかけがえのない出来事となった。

 そして俺はその日を境にあることを自覚し始めたのであった。

 

 

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