15 TRグループ結成

 現在、優輝の「今日のテニスの試合について語りたい」という発言から俺、中川さん、優輝、和泉さんの四人で下校している。

 しかし今の状況を考えると、別に四人で帰る必要はなかったのではないかと思う。より正確に言うならば、優輝と和泉さんの二人で帰ればよかったのではないだろうか。

 そう思う理由は、歩き始めてから二人はずっと今日の試合について凄い熱心に語り合っているからである。二人よりかなりテニスの情熱が欠けている俺と中川さんは二人の会話についていけず、現在は二人の会話を一緒に後ろから聞きながら歩いている状況が続いていた。

「二人のテニスに対する熱量、なかなか凄いね」

「そ、そうですね」

 そのことについて中川さんにも話を振ってみたが、どうやら思っていることは同じのようだ。このまま二人の会話を聞いているだけはつまらないので、中川さんに話を振ってみることにした。

「中川さんは今回の男女混合ダブルス、参加してみてどうだった?」

 俺の質問に対して少し考えるような素振りを見せた後、口を開いた。

「結果としては楽しかったですよ。横山さんとはあまり会話はないとはいえ最低限のコミュニケーションはできるようになりましたし、それに大会で優勝できたことは素直に嬉しかったですから」

 話しながら中川さんは微笑んでいた。

「それは良かったよ。俺も決勝で負けたのは少し悔しいけどね」

 俺も今日の感想を素直に話した。

「島崎さんはとても上手でしたよ。毎試合見てましたが、サーブもレシーブもストロークも安定していましたし」

「そ、その言葉は素直に受け取っておくよ」

「はい、素直に受け取ってください」

 会話の最中、平然を装ってはいるが俺は内心かなり動揺していた。それは毎試合見ていたということを中川さんに平然と言われたからである。それを口にする前に口ごもるなりしてくれれば心構えもできたというものを逆に平然といってのけるあたりがなかなかに凄い。ひとまず俺は緊張をする場所が間違っているぞと心の中で突っ込んでおくことにした。

「それはそうと中川さんも上手だったよ」

「ありがとうございます。でも私はすぐに抜かれてしまいそうですけどね」

 そう言って中川さんは若干だが悲しそうな表情をしてある人の顔を眺めていた。

「それは俺も同じだよ」

 そう言うと俺と中川さんは目を合わせて苦笑いを浮かべた。言葉には出していないが中川さんと考えていることが同じだということはすぐに分かった。

「きっと彼女にこの先ついていける人はこの部の中ではそういないでしょうね」

「だな。おそらく優輝ぐらいだろうな」

 そう言って俺たちは夢中になってテニスの会話をしている二人の後ろ姿を見た。

 この光景を見て、ようやくこの二人はお似合いだということが素直に思えた気がした。


 そして歩くこと数分後、前を歩いている二人がいきなり振り返り、俺たちに話しかけてきた。

「ところで二人って勉強得意だったりしないかな?」

 和泉さんが俺たちに向けて質問を投げかけてきた。

 俺と中川さんは急にどうしたのかと二人でアイコンタクトを取ったあと、

「俺は前の模試の時は全教科十位以内だったぞ」

「私もそのくらいでした」

 と何がなんだかよく分からないが俺たちはありのまま事実を答えた。

「おねがい、私たちに勉強教えてくれないかな?」

「このままだと赤点取りそうだから俺からも頼むぜ」

 ようやく話が見えてきた。どうやらこの二人はテニスの話からテストの話に変わりお互いこのままだとまずいということを認識したらしい。俺たちの学校は定期試験で赤点を取ると夏休みに強制的に補習が入り、夏の様々なイベントに参加できなくなってしまう。テニス部での合宿もあるため、テニスに対する向上心の高い二人にとっては絶対に参加したいのだろう。

「俺は教えることぐらいは大丈夫だが、中川さんはどう?」

「わ、私も大丈夫です」

 2人の視線を浴び、やや緊張気味に答えた。

「よし、決まりだな。となるといつやるかだが……」

「対策は早いうちからしておいたほうがいい。できれば明日からがベストだな。2人の学力が現状どれぐらいなのか把握しておきたいし」

 俺も二人には赤点を取ってほしくはないため、全力でサポートをするためにもまずは現状把握が最重要だと考え、このような提案をした。

「明日かー。俺は構わないが、二人はどうだ?」

 そう言って優輝は女子2人に視線を向けた。

「私は全然大丈夫だよー。それより積極的に協力してくれてうれしいよ」

「わ、私も特に問題ないです」

 どうやら二人とも特に明日は予定がないらしい。

「じゃあ決まりだな。あとは場所と時間だが……」

「私の家なんてどうかな?今週の土日は両親いないし、四人で勉強できるテーブルもあるよ」

 和泉さんがまさかの自分の家を提案してきた。

「ほ、本当にいいのか?」

 さすがに優輝は気が気でない様子だった。急に好きな女の子の家に行くとなれば、そういう反応になるのも仕方ないだろう。

「うん、みんながよければだけど」

「も、もちろん俺は大歓迎だぜ!な、なぁ」

 優輝は明らかに動揺しているように返事をして、俺たちに助けを求めるように視線を送ってきた。

「俺としてもありがたい限りだよ」

「わ、私も喜んで行きます」

「ほんとー?よかったー」

 俺たちの返事に安堵するように和泉さんは声も漏らした。

「時間は十時からでどうかな?早いほうがいいだろうし」

「俺はそれで構わないぜ」

 優輝の返事に対して、俺と中川さんも首を縦に振って賛成の合図を送った。

「じゃあ決まりだね、あっそうだ。何かあったら手早く連絡するためにも私たち四人でLINEグループ作らない?」

「そのほうがいいかもね」

 俺はそのほうが便利だと思いすぐに返事をした。

「じゃあまずはみんなでLINE交換しちゃおっか」

 そして、俺たち四人がそれぞれ交換し終わったあと、

「じゃあ私が作るね。少し待っててね」

 しばらくLINEでグループの招待がくるのを待っていたが一向にくる様子はない。

 どうかしたのかと和泉さんを見るとうーんと唸り声をあげて何か考え事をしているようだった。

「どうかしたのか?」

「LINEグループの名前何にしようかと思って、単純にテニスグループってわけにもいかないしさー」

 名前かー。正直何でもいいといえば何でもいいがどういうのがいいかと考えを巡らせていると、優輝が口を開いた。

「TRグループなんてどうだ?テニスの頭文字のTと俺たち四人ってなんか珍しい組み合わせだなと思ったからレアの頭文字のRでTRグループ。なんかよくね?」

 優輝が自信満々な表情で俺たちに提案してきた。

「いいんじゃないかー」

 正直何でもいいと思っていたので、俺は適当に返事を返した。

「いいと思うよ。TRグループ。うん、なんか好き」

 どうやら和泉さんには受けたらしい。

「わ、私もいいと思いますよ」

 中川さんも返事を返す。しかし表情を見るに、考えていることはどちらかといえば俺寄りっぽいな。

「おっけー、決まりだね」

 そう和泉さんが言うとLINEグループ「TRグループ」が新たに俺のLINEグループに追加された。

「それじゃあ、明日はよろしくね。島崎くん、中川さん」

 そう言って俺たちは帰り道を再び歩き出す。

 これはなかなかに大変なテスト期間になりそうだと俺は内心ひしひしと感じているのであった。

 






 

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