13 男女混合ダブルス⑥

「おまたせー。ごめんね、待たせちゃったかな?」

 優輝と別れてしばらくすると、和泉さんがやってきた。

「いや、ぜんぜん大丈夫だよ。それじゃあ行こうか」

「行くって、どこに行くつもりなの?」

「まあ、ついてきて」

 行こうとしている目的地は、口では少々説明しづらい。

 そうやって、俺と和泉さんは目的地に向けて歩き出した。

「どう?さっきに比べて少しは落ち着いた?」

 ダブルス後の和泉さんはかなり取り乱していた気がする。

「そうだね。今は少し和らいだよ。悔しい、とか申し訳ない、とかの感情は胸の内にまだ残ってるけど」

「そっか」

「何も言ってこないんだね。さっきとは違って」

 嫌味というよりは純粋に疑問という感じで聞いてきた。

 それもそうだろう。さっきはあんなに気にするな、気にするなと口酸っぱく言ってきたのに急に何も言わなくなったのだから。

「目的地に着いたら話すよ。全てまとめてね」

「じゃあ、その目的地に着くまではテニスのことは考えないようにする」

「それがいいよ」

 テニスのことを今いくら話しても、俺の話す気がない以上、この話が進展することはない。

「そういえば、和泉さんってどこに住んでるの?」

 一番重要なことを聞き忘れていた。

「上原だよ、島崎くんは?」

「霜ヶ丘、良かったよ」

「なにが?」

 安心からか、思わず言葉を漏らしてしまった。

 そして、案の定和泉さんは聞き返してきた。

「今向かってる場所と俺たちの家が同じ方向だったからだよ」

「それはわたしとしても助かるよ」

 そう言って会話がいったん途切れた。

 俺たちは静かな空間を同じ歩幅で黙々と歩く。

「それにしても不思議だなー」

 その沈黙を打ち破り、ふと和泉さんが呟いた。

「なにが?」

「今のこの状況だよ。昨日初めてまともに話したはずの相手と次の日には一緒に帰ることになるなんてね」

「それは確かに言われてみればそうだな」

 客観的に考えれば、なかなかに考えられないかもしれない。数人で帰るならまだしも、二人きりならばなおさらだ。

 まあ俺の場合は先日似たようなことがあったばかりなのだが…

「島崎くんって思ったよりもグイグイ来る人なのかな?」

「そんなんじゃないと思うんだけどなー」

「え~」

 そんなこんなで他愛もない会話をしていると目的の場所までもう少しの位置まで来ていた。

「ここを登っていくよ」

 俺の目的地は高台にあるため、今から山道へと入っていく。

「それはなかなか大変そうだね。結構暗いし……」

 時刻は七時を回っており、あたりは草木で囲まれているためかなり暗い。

「すぐに着くからそこまで心配しなくても大丈夫だぞ」

 もう少しで着くのは事実なので、少しの間は我慢してもらうしかない。

 ラブコメの主人公であれば、「手でもつなぐか」「俺から離れるな」といった少しキザなセリフを言って行動に移したりするのだろうが、無論現実な話、そんなことが許されるのは彼氏だけである。俺は和泉さんをなるべく安心させられるようなことを語りかけることぐらいしかできない。

「分かった。島崎くんについていくよ」

 どうやら、和泉さんは覚悟を決めたらしい。

 その会話以降、俺たちは黙々と草木生い茂る山の中を進んでいく。

 そして歩くこと数分、ついに俺の目的地が見えてきた。

「もう少しで山を抜ける。そこが俺が見せたかった場所だよ」

 そう言って、俺たちは山をぬけた。

 そしてそこから見える光景を見て、和泉さんは無意識のうちに呟いていた。

「わぁ……きれい……」

 上を見上げれば満天の星空、下を見れば町の光で溢れかえっている。まるで全方向から優しくて綺麗な光が俺たちを包み込むかのように。

「俺はさ、昔この光に助けられたんだ。何もかもが見えなくなって、もうどうにでもなれと思ったときに」

「……」

 和泉さんはこちらに視線を向け、俺が話の続きをするのを静かに待っていた。

「でも、こんな光を浴びればどんな時でもやる気で満ち溢れた状態になれた。だからここは、俺だけの秘密の場所だった」

「じゃあどうしてこの場所を私に見せてくれたの?」

 当然疑問に思うであろうことを質問してきた。

「和泉さんが……昔の俺みたいに見えたから……ごめん、よく分かんないよね」

「ううん、本当は分からないんだろうけどなんとなくわかる気がするよ」

「なにそれ」

 そういって2人はプっと噴き出した。

 でも本当は分かっている。今の和泉さんは昔の俺の気持ちを持っている。昔のどこかに忘れた気持ち。テニスがうまくなりたいという気持ち。絶対に負けたくない気持ち。その気持ちを俺の分も背負ってほしいと自分勝手ながら思ったからここに和泉さんを連れてきたのかもしれない。

「あと、さっき俺が言ったダブルスにおいて一番重要なことについての話だけど」

 そう言うと、少し和泉さんの顔が強張った。

「そもそも俺たちはパートナーなんだから、勝っても負けても俺たちの気持ちは同じだよ。だから和泉さんが一方的に申し訳ないと思う必要はないんだよ」

 俺は笑顔で答えた。俺の話を聞いて和泉さんはハッとした表情をしていた。きっと忘れていたのだろう。迷惑をかけないようにしようという気持ちばかりが先行して、俺と和泉さんはパートナーだということを。負けたらお互いに責任があることだし、どちらか一方が全部悪いことなんてありえない。それを思い出すことができれば、きっと和泉さんの肩が少しは軽くなるだろう。

「わたしダブルス頑張るね。島崎くんと一緒に」

「うん、お互いベストを尽くして頑張ろう」

 そしてその後、いろんな会話をして景色を楽しんだ後、俺たちはそれぞれ帰宅した。

 でも、なんとなくだがある確信があった。俺は二度と今日見た景色を見ることはないだろうということを。

 そして俺たちは金曜日の試合当日を迎えるのであった。

 


 

 

 

 

 

 




 

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