第1話『第十代円卓会議』

 時は神歴しんれき763年。

ブリタニア王国は円卓と呼ばれる諸王しょおう末裔まつえいたちが神の祝福と魔法の結晶、聖剣を手に、あらゆる厄災やくさい退しりぞけていた。ブリタニア王国は神の祝福を受ける最後の大地だとうたわれ、王族貴族らの功績こうせきは華やかだった。

 世界樹の根元で時の鐘が鳴り、第十代だいじゅうだい円卓会議えんたくかいぎが発令されると、現王家、貴族らは次代の王を決めるべく円卓がある時の教会へとつどった。


「第一席、現王家、第一王子フランシス殿下のおなーりー!」

 衛兵が高らかに謳い、ブリタニア王国の王子フランシスが円卓の第一席へ向かう。ダークブロンドの髪、サファイアのごときブルーの瞳。白い肌は陶器のように美しい十八歳の青年は、次代も王権を得よと父である国王から期待されていた。だが本人はなるべき人物が王となることを期待しており、己が必ずとは考えていなかった。


「第二席、ベンジャミン公爵様のおなーりー!」

 典型的な赤毛と緑の瞳、白い肌にそばかすを持つ二十歳のベンジャミンはフランシス王子を尊敬する者の一人であった。フランシスの隣に座れることを誇りに思う彼は、堂々と椅子へ腰を下ろす。

前王権を手にしていたベンジャミンの祖父は賢王と呼ばれ、ベンジャミンはそれを父と共に己の誇りと考えていた。


「第三席、ヴィクター子爵のおなーりー!」

 後ろでゆるく編んだ鮮やかな金髪とルビーのような赤い瞳。第二席ベンジャミンと二歳しか変わらぬ若い騎士は微笑みと共に騎士たちに会釈えしゃくをして優雅に腰を下ろした。


「第四席、アリエル伯爵のおなーりー!」

 常に冷静沈着なアリエルは黒い髪を程よく伸ばしながらもうなじを見せている十八の男だ。フランシス王子と同い年と言うこともあって、彼は王子を尊敬すると共に同年代の誇りと思っていた。


「第五席、ゴドウィン侯爵のおなーりー!」

 第十代の円卓の騎士の中では最年長の彼はヘーゼルブラウンの髪に青と茶が混じったアースカラーの瞳を持っていた。愛嬌のある笑顔を持ちながらも己に自信がない彼は、その微笑みを惜しみなく周りにいてから腰を下ろした。


「第六席、アダム伯爵のおなーりー!」

 真紅の髪に金の瞳を持つ二十五歳のアダムは平民の母を持ちながらもより騎士たらんと研鑽けんさんを積み円卓の議席を獲得した。

その覚悟を示すかのように薄い唇を持つ整った顔は凛々しい。


「第七席、リチャード伯爵のおなーりー!」

 砂糖菓子のような甘いピンクブロンドの髪とブルーの瞳を持つ彼は、紅茶に溶かせば消えて無くなってしまいそうに柔らかな雰囲気を持ちながらも鎧の下には引き締まった肉体を備えていた。


「第八席……オリヴァー子爵のおなーりー」

 衛兵は恐々こわごわと口上を述べたがもちろんのことオリヴァー当人はおらず、七席までの面々は目を丸くする。

「……オリヴァーくんが遅刻とは珍しいですね」

「衛兵よ、仕方あるまい。第八席は後にして次を呼んで差し上げなさい」

「は、ははっ! 第九席、ホレイス男爵のおなーりー!」


 オリヴァーに代わって早々に呼ばれたホレイス男爵はほかの騎士たちに比べ家柄が格下である。黒に近いダークブラウンの髪と緑の瞳を持つ青年は、周りにペコペコと頭を下げ申し訳なさそうに円卓の議席へと腰を下ろした。


 第八席が揃わぬまま、数十分がすぎ騎士たちがまだ来ぬ第八席はどうしたのだろうと、雑談を始めた頃だった。

「何者だ、止まれ!」

衛兵の鋭い声に円卓の面々は教会の入り口を見やった。

どう見ても傭兵か暗殺者と言う風体の、全身真っ黒でフードと口布を着けた男が衛兵の槍の前で立ち止まっている。

「何だあいつは?」

「通せ。俺はオリヴァー子爵の使いだ」

「ならば子爵の紋章を出せ!」

傭兵は腰に提げていた紅の大石がはままったきらびやかな剣を衛兵にかかげて見せた。

それは間違いなくオリヴァー子爵がこの場に持ち寄るはずだった聖剣タラニスであり、衛兵は驚愕きょうがくした。

「何故それを貴様が……」

「これを届けろと言われたんだ。いいから通せ」

「衛兵」

フランシス王子が静かに立ち上がった。

「通してあげなさい」

「は、ははっ」

やっと室内へ通された傭兵は第八席の机上に聖剣タラニスとオリヴァーのかぶとを置き、貴族らの顔を見下ろした。

「オリヴァー子爵の命で円卓へ剣とかぶとを届けに来た」

「……傭兵ごときがオリヴァーからそんな大義を預かったと?」

「いや待て、それが本当ならオリヴァーはどうした?」

「……道中、流行り病で死んだ」

「何だと!?」

「嘘をつけ! 貴様が殺したのではないか!?」

「皆さん!」

フランシスの一声で場は静寂せいじゃくを取り戻す。

「……それで、オリヴァーくんは?」

葬儀そうぎだけ済ませてあいつの部下が遺体いたいを故郷に持ち帰った。それから、五歳の弟にあとがせるそうだ」

「……そうか、報告をありがとう」

傭兵は用事が済んだときびすを返したが、衛兵二人が槍を構え行く手を阻む。

「だが、聖剣を運べる傭兵とは妙な存在だ。君は何者なんだろう?」

フランシス王子はサファイアのごとき深い青の瞳で傭兵の黒い瞳を見つめた。

「聖剣は只人の手には余る。正気をたもったまま持ち運ぶことは出来ないはずなんだけど……」

傭兵は何も言わず王子に背を向けた。

「貴様!」

「まあまあ、お待ちください。傭兵よ、名前は?」

「……ベル」

「ああ、知っています! 熊の名を持つ傭兵ベル! 乳飲ちのの頃に熊を素手でほふってその皮を産着うぶぎとした傭兵ベルですね!」

「何ですって!? 彼が?」

「何とおぞましい話だ!」

「……第一王子が貴族界に限らない世間話が好きなのは本当なんだな」

「はい。市街での視察は何度もしておりますので」

フランシスはニコニコと傭兵ベルに微笑んだ。傭兵は背を向けたままだったが、衛兵がなかなか帰してくれない状況を打破するべく王子に向き合った。

「俺の用は済んだ」

「オリヴァー子爵は聖剣を円卓へ返すよう命じたのですか? 本当に?」

「そう言った」

「ですが、時の鐘が鳴ったあとは円卓の空席は許されません」

「弟が来るまで待てばいい」

「それが現実的でないことは貴方も分かりますよね? 一体何年先になるでしょう? 少なくとも十年はかかってしまいます」

フランシスはニコニコとして第八席を手で示した。

「オリヴァー子爵の弟君フランクがその席に座るまで、貴方が代わりを務めては?」

「殿下!?」

「何をおっしゃるのです殿下!」

「私は、彼が聖剣タラニスを手に円卓まで来られたのが何よりの資格を示していると思うのです」

フランシスがそう告げるとその場の全員が黙ってしまった。

「どうでしょうベル? 例え一時的にでも聖剣タラニスに認められた貴方ならそこへ座る資格があると思います」

「……オリヴァーはチビでガキだったが、立派な男だった」

ベルはフランシス王子を黒い瞳で鋭くにらみつける。

「間違っても主の席には座らない」

「……なるほど」

フランシスは嬉しそうに両肘をついた。

「オリヴァーくんとはどのくらい旅を?」

「一年」

「いい主人でしたか?」

「とうに知ってるだろう」

「そうですね。彼はその若さを忘れるほど聡明でした」

フランシスは哀しげに視線を落とした。

「そうですか、亡くなってしまったのですね。残念です」

傭兵ベルはフランシス王子の目を盗んで踵を返そうとしたが、王子はまたニコリとベルに微笑んだ。

「ところで、聖剣とはそれ一つで国を滅ぼせるほど力を持つのですがご存知で?」

「……オリヴァーに聞いた」

「神々の祝福を受けた剣ですから当然ですよね? それが主を亡くし、例え円卓の机上だとしても放置されたらどうなりますか?」

フランシス王子は笑顔で周りを手で示した。

「私も含めた騎士たちがあくささやきに負けて二本目に手を出さないとは限りません」

「殿下!?」

「殿下! 冗談にしても度が過ぎます!」

「私は本心から申し上げております。オリヴァーくんをしたうなら、聖剣タラニスは貴方が持つべきです。ベル」

傭兵ベルはフランシスを睨みつけていたが、一度卓上に預けた聖剣を手に取ると腰に差し直した。

「フランクくんが次の子爵となり、正式にそこへ座るまでは貴方が代わりを務めてください。でないと他の八席が困ります」

「俺は座らん」

「構いません。ですが会議には必ず出席してください。これを預けます」

フランシスは立ち上がると自ら傭兵ベルへ近付き小さな鐘を手渡した。

「円卓に議席を持つ者が必ず所持している時の鐘の分け身です。これが鳴ったら各所にある時の門を使い円卓へ戻って来てください」

傭兵ベルが小さな鐘を腰に下げたのを確認したフランシス王子は円卓の騎士たちに微笑んだ。

「では、第十代円卓会議を始めましょう」

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