十一話 賭けたもの

「そういえば」


「ん?」


「俺も新聞部の奴らに取材を受けたんだが、代表戦について聞かれてな。何か知っているか?」


 最後まで聞き終えて、俺は思わず顔を背けてしまった。柳からは恐らく見えていないだろうが、頬を引き釣らせ苦い表情を浮かべていることだろう。


「さ、さあ。知らないな。あー、圭地とかが知ってるんじゃないか?」


 売ってごめん圭地。心の中で誰にも届かない謝罪をし終え恐る恐る柳の方に視線を戻す。


「ふむ、なるほどな。まあ、聞いてみるか」


 納得した様子の柳に安堵しホッと胸を撫で下ろす。


「……ちなみに隠しごとはいつかバレるぞ」


 柳の的確な攻撃に安堵して落ち着いていた心情が大波のように荒れ狂う。ドキッとしつつ「はははっ」と乾いた笑いを誤魔化しの如く返しておく。


「お!柳と凪が一緒に来るなんて珍しいな!」


 教室に着くと蓮と談笑していた圭地がこちらに気づきにこやかに笑う。


「昇降口で会ってな。それよりもだ」


「ん?何かあったか?」


「何かあったか、ではない。代表戦について知っていることを話せ」


 机に両手を衝き、さながら尋問のように柳は圭地を問い詰める。が、当の圭地はどこ吹く風で、いつも通り飄々とした態度で答える。


「凪に聞いてないのか?俺ら昨日、本校舎の奴らに代表戦を申し込んだんだよ!」


 無邪気に答えるの大いに結構。だけど、何故、俺の名前を出した?柳の鋭い視線に耐えられなくなり、俺は足早に目を逸らしにかかる。


「……そういうことか」


 事態の全容を把握し、柳は頭を抑える。呆れてものも言えない、今の柳からはそんな雰囲気をひしひしと感じる。

 それよりも意外だったのが、柳以外のクラスメイトについてだ。約一名慌てた様子でおろおろしているが、それを除いた他数名はまるで他人事のように落ち着いた様子で各々の時間を過ごしている。

 クラスの命運がかかっていると言っても差し支えないほどの事態なのに何故、そこまで落ち着き払っているのか俺には分からない。

 実感がないのか、文字通り自分には関係ないと思っているのか、どちらにせよ危機感たるものがない様子はもはや圧巻だ。


「どうしたんだよ柳。頭なんて抱えて」


「抱えたくもなる。お前は自分が売った喧嘩の意味を本当の意味で理解していなさ過ぎる。代表戦はただの勝ち負けのみの勝負じゃないんだぞ。負けたらどうなるのか分かっているのか?」


「何だ説教か?そういうのは耳に胼胝が出来るほど受けてんだ。今更やめてくれよ。それに勝てばいいだけのことだろ?そう心配するなって」


 宥めるように圭地は柳の肩に手を置く。


「簡単に言うがな。勝つというのは自分が思っているよりも難しいことなんだぞ。それに例えお前一人が強くても他の奴らはどうだ?代表戦は団体戦だ。一人だけが強くちゃ意味ないんだよ。全員が等しくそれなりに強くなくちゃ先ず勝つなんてそう簡単なことじゃない。お前は自分が起こした事態をもっと重く受け止めるべきだ」


「……要は勝てばいいんだろ?」


「お前はっ……!」


「俺は頭が良くないからな。色々捲し立てられてもよう分からん。でも、一つだけ分かることがある。それはお前がやる前から決めつけて諦めてるってことだ。確かに俺一人だけが強くちゃダメかもしれない。他の奴も等しく強くなくちゃダメかもしれない。でもさ、そういうのってやってみなくちゃ分からないだろ?勝つか負けるかの駆け引きをやる前から諦めてたら、その時点で俺らに勝ちなんてないだろ?お前の不安は分かるが、俺らを信じろ。必ず勝つから。な、凪!」


「ああ、まあ」


 そこで俺に話を振るとは思わなかった。


「……別にお前らを信じていない訳ではない。だが、相手はエリート揃いの本校舎の奴らだ。一筋縄でいかないことは明白だが、もし負けたらどうするつもりだ?」


「そもそも本校舎の奴らが優秀で旧校舎の奴らが落ちこぼれっていう考えが気に入らないよな。だから代表戦で俺は証明したいんだ。旧校舎の奴らも優秀だってな。まあ、負けたらその時に、な?」


 相変わらずの楽観的な思考。だが、今はそれでいい気がした。


「そうか。なら、俺も出る」


「いいのか?」


「ああ。俺も校舎違いの扱いは気に入らなかったんだ。なるべく足を引っ張らないように頑張ってみる。それとも俺では力不足か?」


「いや、ちょうど三人目が欲しかったんだ!そういうことなら願ったり叶ったりだ!」


 圭地と柳が握手をしたことで参加人数は足りた。後は日程や賭けるものだが……。


「どうやら話は纏まったみたいね」


 喧嘩を売った張本人登場。


「おう!三人揃ったぞ!」


「まさかとは思うが、お前が糸を引いていたのか?」


「あら、だったらどうかしら?」


「お前の言いなりになるようで癪だが、ここではむしろ感謝をした方がいいだろう」


「賢明な判断ね」


 ふふん、と得意気に鼻を鳴らし偉そうにふんぞり返る木皿儀の態度に柳の額に薄っすらと青筋が浮かび上がる。


「撤回だ。お前に感謝なんてしなくていい」


「あら、残念。まあ、そんなことはどうでもいいわ。ついさっき話を付けて来たから聞きなさい」


 言い終わると木皿儀は一枚の紙を取り出し見せ付けるように前に出す。


「見たら分かる通り、代表戦は明日の昼休みに行うわ。三対三の団体戦で勝ち残り戦よ。肝心の賭けたものだけど、お互いの教室を賭けたわ」


「お!マジか!」


 圭地が興奮する気持ちが大いに分かる。もし勝てれば毎朝無駄に疲れずに済むし、食堂も近くなる。

 俄然やる気が湧いて来た。


「ただ、相手にだけリスクがあるなんてフェアじゃないでしょ?だから、私たちが負けたら旧校舎から立ち退き教室の交換はなしよ」


「ん?どういうことだ?」


「つまり青空教室になるってことね」


「青空教室ってことは外か?」


「ええ。机と椅子だけの風通しがいい教室に移動ってことね」


 あ、勝とう。そう思った。


「雨の日も風の日も雪の日も嵐の日も屋根のない教室で勉学に励むことになるけれど、それくらいのリスクはあってもいいわよね?」


「おう!勝てばいいだけだろ!」


「そうね。勝てばいいだけよ」


 これだけのリスクを背負って負けに徹する訳がない。本校舎との教室交換という魅力的な提案と共に多大なプレッシャーが伸し掛かる。


「ちなみに決戦の場は第一訓練場よ。どこまでも私たちを笑いものにしたらしいわね」


 様々ある訓練場の中でよりにもよって第一を選ぶなんてどこまでも腐っているな。

 俺らを全校生徒の見世物か何かと勘違いしているのか?


「よーし!凪!柳!絶対に勝とうな!」


 後ろからガバッと肩に手を回される。


「もちろんだ」


「頑張るよ」


 決戦は明日。さて、明日の俺はきちんと起きれるのかな?

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