九話 思うこと

「ただいま」


 なんて最後に言ったのはいつだっただろうか。遮光性の高いカーテンを締め切ったうす暗いというか時間的に真っ暗な廊下を進み六畳ほどのリビング兼寝室に入る。

 時刻は二十時過ぎ。ぼちぼちお腹が空いて来る時間だが夕食は圭地たちのところで食べたので今日は良いだろう。

 にしても意外だった。まさか圭地があんなに料理上手だったなんて。てっきり蓮が料理担当かと思っていた。

 俺も長いこと予期せぬ一人暮らしをしているのでそこそこ料理の腕は高い自信があったが圭地のを見て少しだけその自信をなくした。

 特に誰に食べさせる予定もないが料理に関してはもうちょっと頑張ろうと思った。


「はぁ……」


 湯船に肩まで身を預け深く息を吐く。放課後からついさっきまでちょいちょいの休みを挟みながらもずっとゲームをやっていたせいか多少の疲れは溜まっていた。

 特に集中力的な意味で。湯船に浸かりながら思うのは圭地たちと遊んだ以外にももう一つある。

 配属されたクラスについてだ。問題児クラス別名『隔離教室』。出席日数や単位が足りなかった者。実技の成績が振るわなかった者、問題行動を起こした者、そして何らかの理由で受ける資格を得られなかった者。

 様々な理由を背負うはぐれ者たちの寄せ集め、言わば掃き溜めとでもいうのだろうか。

 例年、隔離教室に配属された生徒は晒し物として廊下に張り出され全校生徒の笑い者にされるという。

 去年、俺もその張り紙を見て「ここにだけは配属されたくない」と強く思ったのを覚えている。

 しかし、遅刻とかいう至極しょうもない理由で俺は隔離教室へ配属になった。まさか自分が、と思う心は未だにあるが、自業自得なので文句の一つも出ない。

 隔離教室を抜ける方法は様々あるが、もっとも正当性の高いものは年四回ある実技試験で他を圧倒するほどの好成績を叩きだすこと。

 そうすれば否応なしに他のクラスへと配属され、晴れて問題児というレッテルを剥がされる。

しかし、それができるのは才能を持つごく一部の生徒だけ、俺のクラスでいうと現状もっとも可能性が高いのは木皿儀だろうか。

 何でそれが分かるのか?そりゃそうだろう。彼女――木皿儀灯乃は「主席にもっとも近い一人」として実技試験前に話題になっていたのだから。

 そんな彼女が隔離教室へ顔を出した時は正直、驚いた。何で彼女がここに?そんな疑問が脳を埋め尽くした。

 担任が教室を見渡して笑った時、その中に木皿儀が含まれていたのは明白。だとしたら他は誰なのだろうか。

 考えても分らない。


「寝るか……」


 風呂から上り髪を乾かし歯磨きをして少し小説を読んだところであくびが漏れたのでしおりを挟み本を閉じてベッドに身を預ける。

 二日目から遅刻をする訳には行かないので、しっかりとアラームを設定する。試験当日も鳴っていたはずなのに起きれなかったから、一分置きに鳴るようにセットしてっと。


「おやすみ」


 部屋の明かりをし布団に身を包む。目を閉じればすぐに眠気はやって来た。眠る直前、俺はまた少しだけ考えていた。

 隔離教室の当面の目標は個々が力を高め、三か月後に控えている実技試験でできれば全員、他を圧倒するほどの好成績を叩き出し隔離教室からおさらばすること。

 全員が全員それに賛同している訳ではないが、学園中の笑い者として一年を過ごすくらいならそれくらい高い目標を掲げても何ら問題ではないだろう。

 問題児として学園から努力する意味を剥奪されている今、俺らにできることは自分たちで掲げた目標に向かってひたすらに努力することだけだ。木皿儀のように持つ者からすれば簡単な目標だが、俺みたいな凡人には頭を悩ませるには十分すぎるほどの難題だ。

 【努力だけじゃ才能は越えられない】確かにそうだと思う。いくら頑張っても俺は多分、木皿儀の背中には追いつけない。追いつけないからやめるのか?

 それは違うと思う。追いつけないから諦めるのではなく、一歩でも近づくために努力する。

 奪われたのなら見つければいい。奪われたくないのなら抱き締めていればいい。


「……なんてな」


 一人乾いた笑いを零し、眠りにつく。

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