お絵描きは私の原点です⑩
着々と私はペンを入れていく。
それはもう息を呑むくらいの威勢。
みんなからのチャットコメントも、見つめてくれていた北ノ内 べいかのことも危うく忘れてしまいそうなくらい没頭したまま、最後の仕上げに取り掛かっていた。
前髪の隙間、下唇の窪み、洋服のシワなどに陰影を施し。前頭部、碧い瞳孔、革ブーツの先端やパンの焼き目などに光沢を加える。さっきまでただ大まかな色合いだけが塗られる味気のなかった北ノ内 べいかは、瞬く間にカラフルな様相に移り変わる。
そしてその乗算されたカラーを自然にするために、特殊ペンのブラッシングを掛ける。特に髪の毛を梳くように掛けてみると、微妙な色合いの変化がなだらかになり、艶やかさの残しつつ流麗なブロンドヘアーが躍動感を増していく。
なんだか俄か雨に打たれ、雨水と湿気まみれの北ノ内 べいかをお風呂に入れた後にドライヤーとヘアブラシを駆使し、ふんわりと靡きながらボリュームが戻っていく様子を私が手伝っているような気持ちになる。いわゆる親心というヤツなのかもしれない。母親になったことないから、ちゃんとは分からないけど多分そんな感じだ。
このブラッシングをネイビーのワンピースなどにも少し施し、私は最後に北ノ内 べいかの獣耳の褪せた周り部分に一筋の細い光線を引き、張り詰めた呼吸を解きながらタブレットに描かれたイラスト俯瞰し、抜かりはないかどうかの確認したのち、そっと頷く。
『えー……大丈夫だよね? うん良い感じだね……はいっみなさん、これにて二頭身バージョンの私、完成です! んーどうですかね? あっそうだ。もし目の中にゴミが入ってるよーとか、洋服に虫食いがあるよーとか、ありましたら遠慮なく教えてくださいね。すぐに化かして直しますっ』
私は改めて小さな北ノ内 べいかを眺める。背景が何も描かれていないのは時間の関係上まあ仕方がないとしても、肝心の本人の姿は、あまりこの頭身に慣れていない割には良い出来栄えなんじゃないかなと思う。
ゴミや虫食いなどと表現しているけど、要するに塗りミスがないかどうかをみんな視点からも確認してくれることで、同時にこのバージョンの北ノ内 べいかを愛でて欲しいなと考えて訊ねてみたけどどうかな? 分かりにくい表現だったかな? 本当に塗りミスがあるとちょっとだけ落ち込むけど、気が付かず放置してしまうよりはいいね。
あとどうでも良いかもしれないけど、北ノ内 べいかはキタキツネをモチーフにしているだけで、別に化けギツネではないから、化かして直すというのは失言だったかな。素直に描き直すでよかったね。んー、みんなからの反応はどうかな?
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amaama 〈最高です!〉
縦辺 〈いいですね〉
北の海 〈ちゃんとベーちゃんらしさも残っていますね。あと彩りって大事だっ〉
金色愛好同行会名誉会員 〈よよよっ!〉
縦辺 〈化かす必要はないね(笑)〉
眉毛の怪物 〈キュート!〉
眉毛の怪物 〈大丈夫そうですよ〉
金色愛好同行会名誉会員 〈語彙力が……〉
狐っ子 〈髪の毛が綺麗。目が宝石のようにキラキラ、いつものお洋服が二頭身に合わせて小さくなって、あとデザインを少し変えたことで着せ替え人形に着せる服みたいになっていて凄く良いと思いますよ!〉
フラ太郎 〈美味しそうにパンを食べているベーちゃん、幸せそう〉
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『うんうん。みんなから視ても問題なさそうかな……はいっということで正式にっ、無事に私の二頭身バージョン……完成っ! ありがとつございますっ——』
両手を何度も叩いて拍手、乾いた音色が部屋中に反響する。画面越しには大小異なる二人の北ノ内 べいかが居て、ちっちゃな方は嬉しそうに丸パンを食べていて、大きな方は目元を細めながら左右に揺れている。つまりは私がチェアに着席したまま、拍手をしながら感極まって揺れているということだ。
佇む北ノ内 べいかとは同期中だから、たまにバーチャルキャラクターの行動で、私の何気ない所作が赤裸々になっちゃうから気を付けないと……今回はもう遅いんだけどね。
『——えーそれでは。用意した配信枠も押しているし、ちょうど私のニューバージョンも出来上がったことなので……本日のイラストライブ配信は以上となります。んーほんとは背景も描きたかったんだけどねー……でもこの方が汎用性あるしどうしようかな? ひとまずはこの配信後すぐに、私のSNSアカウントのアイコンに設定するので是非、お時間よろしければ見に来て下さいね』
画面の向こうにデフォルトの微笑みを覗かせるバーチャルキャラクターの北ノ内 べいかのサイズを大きくして、配信終了を告げる。今日は過去二回よりもロング配信で、集中力を研ぎ澄ましたせいか、気を抜くと深い溜息が零れ落ちそうになる。そんな体たらくな私に、二人の北ノ内 べいかからまだ終わっていないよ、と諭されたような感じがする。
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眉毛の怪物 〈はーい〉
縦辺 〈お疲れ様でーす〉
縦辺 〈いつか背景画の生作画配信なんてのも良いかもしれませんね!〉
眉毛の怪物 〈もう本当に絵が上手で、イラストのプロではない個人配信者さんの作画とは思えませんでした。すごすぎです!〉
北の海 〈生イラスト配信だからどうなるのかなと正直少し不安な部分もありましたが、素晴らしかった! よければまたお絵描きイラスト配信をして欲しいー〉
狐っ子 〈了解です、次回配信も楽しみー〉
金色愛好同行会名誉会員 〈初めてベーちゃんのライブ配信を最初から最後まで視れました。感無量です。お疲れ様ですベーちゃん〉
フラ太郎 〈お疲れ様。ゆっくり休んでね〉
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『たくさんの感想ありがとねっ。労いのお言葉もありがとうございます。いやーみんなも今日は長めの配信だったから疲れてない? 確か勉強や仕事が多忙な方も視てくれていたもんね。もう何度も言うけどちゃんと休んでね。あとまだ暑いから引き続き気を付けてね。こっちは……私が住んでる北海道はもう涼しくなってきてるけど……いや、こういときこそ油断大敵だよ。水分補給や睡眠はしっかりと、体調万全で今日は……あとちょっとしかないけど、明日も明後日もその先もみんなも私も元気でまた私と是非、逢いましょう……あっ忘れてた、次回配信は今日と同時間にアクションシューティング系のゲーム配信ですっ、よろしくねー』
二人の北ノ内 べいかに見送られながら、私は配信終了のキーを押す。最後がかなり慌ただしくまとめちゃったけど、許してみんな。
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縦辺 〈気を付けます〉
フラ太郎 〈はい〉
狐っ子 〈シューティングかー。サードパーソンかファーストパーソンか、横スクロールもあるのかな? 楽しみ!〉
眉毛の怪物 〈初めてだったけど楽しかったです〉
北ノ内 べいか/ベーちゃん 〈ありがとうございました。お絵描きはこのバーチャル配信を始めるきっかけの一つだったので、こうしてみんなと一緒に配信出来て嬉しいです〉
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「ふぅー……んんー……っと、流石に疲れたねー、私も休もっかな。あっ……ふふっ、明日背景を作るから、のんびりパンを食べて待っててね」
パソコンとペンタブレットをそのままにして、私は自室のベッドに倒れ込む。夏用の布団に潜り込み夢現の最中で、北ノ内 べいかは一体どこで大好物のパンを食べているのかなと、ずっと考えてる。
【お絵描きは私の原点です】:配信終了
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