決戦と終焉

第38話 闇に生きる者の仲間

「——飲み込め、大蛇だいじゃの断じゃい!」


 そして、盛大に詠唱を噛んだ。


「噛んだゃので、もう一回」

「お前、この間見直したと思ったら」

「うるさいぞ! こほん。——飲み込め、大蛇だいじゃの断罪!」


 登場のカッコよさと泣きの一回を求めるカッコ悪さに動揺が走っている間に、イヴが改めて詠唱する。


「ヨルムンガルドパニッシュ!」


 叫ぶと同時にイヴを頭に乗せるように地中から這い出るように輝く鱗に覆われた大蛇が姿を現す。


「はっはっはー! 食らえ、飲み込め、喰らい尽くせー!」


 瑠璃とイヴを乗せた大蛇が所狭しと暴れまわる。俺たちを捕らえようと近付いてきた魔法警察たちが津波に流されるように吹き飛んでいく。


「どうだ、ダン。貴様の魔法構文を使わせてもらった。詠唱も短くて使い勝手がいいぞ!」


 それでも一回噛んだろ。調子に乗ったイヴはその勢いのまま、珠緒まで喰らわんと大蛇を走らせる。


「覚悟!」


 裂けるように大きな口を開けた大蛇が珠緒の頭に迫る。口を閉じる寸前で、金縛りのように動きを止めた。


 何枚もの札が貼り付けられ、ガタガタと震えたかと思えば、爆散するように消えていった。イヴが瑠璃を抱いて受け身をとる。その前に涼春が立っていた。


「おやおや、聖魔法の召喚術でありながら悪魔の化身をかたどるとは。趣味が悪いですね」

「遅いぞ、土御門。わらわにつくというのなら尻尾を振って媚を売ってみせよ」

「火狐につく? 私は闇魔法使いに刑を執行するために来ただけ。あなたとは目的が同じだけでしょう?」


 涼春は瑠璃の顔を見て微笑みとも睨みともとれない表情を作った。それが逆に不気味で、いろいろな悪を見てきた俺でさえ知らない恐怖を覚える。


 戦力の逐次投入は愚策のはず。だが、一人でもどうしようもない四秀家の当主が二人になれば状況はどんどん悪くなる。歩く人間災害みたいな奴らが、たった百万円ぽっちの賞金首の俺とまだ覚醒したばかりの瑠璃を追いかけているんだから苦笑いも浮かべたくなる。


「まだ、闇魔法を捨ててはいないようですね」


 涼春の問いかけに、瑠璃はぐっと睨み返す。そして、ゆっくりと答えを出した。


「ボクは、この力を、正義のために使います!」

「残念です。それでは、まずはあなたから」


 扇子の裏から一際大きな札を取り出す。それを地面に投げると、イヴの大蛇と同じく地から生まれてくるように真っ白な狼が姿を現す。四足で立っていても俺の背より高い。


「私は嗜虐しぎゃく趣味はありません。悪、闇魔法使いがこの世界から消えてくれれば他には求めません。では、さようなら」


 珠緒と違ってあっさりとした答え。振り下ろした手に従うように狼が瑠璃とイヴに襲いかかる。とっさにイヴが障壁魔法を展開するが、涼春の魔法相手では意味がない。


 狼が障壁を体当たりで破る。イヴは瑠璃を抱きかかえるようにかばう。俺と透輝が魔法を撃つが弾かれる。


 万策尽きたか。諦めかけた。諦めるのは昔から得意なことだろ、と声に出さず呟く。


 水牢が瑠璃とイヴを包む。


 狼の牙が水牢に噛みつき、止まった。その背に大きな墓石が落ちてきて、狼を押し潰す。


「うちのに手を出さないでもらおうか」

「私のかわいい弟子にも、ね」


 天河とシックスがゆっくりと次元牢から出てくる。


「なんでそっちから!? あと師匠はなんで天河と一緒にいるんだ?」


 理解が追いつかない。どいつもこいつも順番に出てきやがって。


「シックスさんが天河おじさんに捕まったことにして、次元牢に案内してもらったのさ。天河おじさんなら教えてくれるし、シックスさんほどの闇魔法使いなら次元牢に入れないわけにはいかないからね」


「この次元牢、結構すごいわねー。本当に魔法が全然使えなかったわ。捕まったら私でもどうにもならないかも」


 シックスは観光でもしてきたように緊張感のない感想を言っている。こっちは瑠璃が死ぬところだったんだぞ。


「っていうか、いたならもっと早く出てきてくれよ」

「さっき、ようやく出てこれたところだ」

「お前らも迷ってたのかよ!」


 天河がズレたサングラスの位置をなおす。水牢が解かれ、中から瑠璃とイヴが吐き出されるように飛び出した。


「風祭のお嬢さんは独断先行しただけかと思いましたが、水原家の当主自ら闇魔法使いと共謀とは。これは言い逃れができませんよ」


「関係ない。私は自分の娘を助けるために必要なものを使っているだけのこと」

「娘、ですか。その子を自分の娘だと認めると?」

「あぁ。からこの子は私の娘だ」


 天河は瑠璃のことを自分のとしか言わなかった。末っ子の娘なんて父親にとっては何よりもかわいいものというイメージだったが、天河はそうでもないのだろうと勝手に思っていた。


 十年前、俺が瑠璃を反転させたときから、天河にとって瑠璃は息子でも娘でもなく子どもという宙に浮いた状態にあった。


「あなたの言っていることはまったくわからない。その男を賞金首として探すと言い始めたから、特に大きな罪状もないのに賞金首にしたのですよ。それなのに今度はその男を自分の家で雇ったかと思えば、助けるような真似までする。人の上に立つ者として、道理の通らないことは認められませんよ」


「自分の娘を救うより通すべき道理があるか。娘の命の恩人に恩を返すより通すべき道理があるか」


「ますますわかりません。世界の敵である闇魔法使いに愛情や恩義など感じて何になります。あなたも闇に堕ちたのですか?」


「気が変わった」


 天河の言っていることはいつも簡潔で真意がつかめない。それは付き合いが長そうな涼春も同じようだ。眉根を寄せて困ったように首をかしげる。天河は俺を見て、ニヤリと笑みを漏らした。


「君が瑠璃の覚醒の原因であることはわかっていた。だから君を瑠璃の前で殺し、闇魔法使いの末路を見せて魔法を封じるつもりだった。それが私の復讐のはずだった」


「それが雇った情に流されて、心変わりとは情けない。闇魔法使いに操られているかのようだ」

「禅問答はもういい。通さないというのなら、通るまでだ」


 天河が構える。俺を相手にするときはそんな姿を見せたことがない。本気の天河の周囲に魔力が集まっていく。空間が歪んでいるようにさえ見える。涼春と対峙したときと同じ、まだ魔法化していない魔力が空気に影響を与えるほど濃くなっているのだ。

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