第33話 戦姫の護り手

「俺が殺した? 俺はこれまでいろんな悪事に加担してきた。だが殺しだけはやってねえ。そもそも瑠璃は生きてるじゃねえか」


「人を殺すというのは命を奪うことだけだと思っているのですか? 人はただの細胞の集まりではない。

 名誉や出自、過去という情報で塗り固められて初めて人になる。それを壊してしまえば、人はまさに再誕リヴァースし、一度死ぬことになる。たとえば性別を奪われたり、ね」


 そこまで聞いて、まだ状況の飲み込めていない瑠璃を見た。十年前、あの時女から男にしたと思っていた子どもは、本当は元々男だった。それを俺が反転リバースで女にした?


 反転リバースはシックスに気付かれないように体内から魔法を取り込み、体を変化させる。表面に魔法の残り香は見つからない。だが、闇魔法は体内で残り続ける。それは魔法の覚醒に大きな影響を与えるだろう。


「バカな、そんなはずはない。だったら瑠璃だって覚えているだろ」

「お嬢様はその頃はまだ幼い子どもでしたからね。誘拐された恐怖もあり、それ以前の記憶はあまりないと聞きます」


 瑠璃は俺の顔をぼんやりと知っているようなことも言っていた。ダークヒーローってのは薄れた記憶から都合よく生み出された俺の幻影。


 俺が許さないと追いかけていた奴の尻尾をつかんでみると、それは俺に繋がっていた。


「どんな事情かに興味はありません。闇魔法使いには等しく断罪を」

「待ってください!」


 さらに一歩歩みを進めた涼春を制したのは瑠璃だった。少し落ち着いたのか右手にまとっていた闇の手は消えている。


「闇魔法というのは誤解です。私のこれは闇の力。眷属であるダンも同じく闇の力が使えるだけです。ダンは魔法使いではないと聞いていますし、私もまだ覚醒していなくて」


 涼春は何も言わなかった。

 当たり前だ。魔法界にどっぷりと浸かっている人間がいきなり闇の力とか言われて納得できるはずがない。それで話を合わせてくれるのは俺たちだけだ。


「先ほどの黒い炎は魔法ではないと?」

「そうです。ダンは使用人として親切で仕事も丁寧で早くて、イヴだけの時より何倍もスムーズにこなしています。そんな人が闇魔法使いのはずないでしょう?」

「瑠璃様、私のことそんな風に思ってたんですか」


 流れ弾でダメージを受けたイヴが悲しそうに漏らす。


「では、もう一度試してみますか? おとなしく捕まってくれないのなら一度お仕置きが必要ですからね」


 扇子の裏から手品のように紙で動物をかたどった式神の依代よりしろを取り出して、涼春は微笑みを消した。


「こんなところでやり合ったら周りに被害が出るだろ」

「闇魔法使いが二人捕らえられるなら非魔法使いくらい多少減っても構わないでしょう」


 当然というように式神を呼び出す。これだから魔法使いって奴は。世界平和だのよりよい社会だのと御託ごたくを並べておきながら、心の底では魔法を使えない奴らを下に見ている。これは闇魔法使いとしてしいたげられる俺でなきゃわからない痛みだ。


「ったく魔法使いってのはどいつもこいつも性格が悪いな」


 周囲の生徒や観光客は危険を感じて逃げ始めている。だが、ビビって体が固まってしまっている奴やまだ野次馬根性で動画撮影しているような奴もいる。


 依代が魔力を吸い込んで形を変えていく。さっき見たハトに大鷲、橋の上には狼と牛もいる。ざっと数えてもこの狭い橋に大小五十。一匹ずつ相手にするには数が多すぎる。広範囲を薙ぎ払うのは得意だが、ここでこいつらをまとめて相手にしようとすれば観光客たちが範囲に入ってしまう。


「普通は一般人を人質にとるのは悪役の役目だろうが」

「人質とは人聞きが悪い。ただ人の多い場所で賞金首を見つけただけですよ」


 さすがにおかしいと思ったのか、野次馬たちが逃げ出しはじめる。しかし恐怖で動けない奴がまだ残っている。


「―—戦姫のまもり手、絶対にして無敵。戦神の聖なる盾に阻まれよ」


 俺の後ろで詠唱が聞こえる。イヴの声なのに噛んでいない。


「エイジスシルト!」


 聖魔法の大きな盾がイヴを中心に展開される。さらに取り囲むように計四枚。ボクシングリングのように四角に区切られた空間には俺と涼春二人しか残っていなかった。


「水原の犬ですか。魔法警察が闇魔法使いの手助けをするのですか?」

「私は最近の早口言葉の成果が出たか試したくなっただけだ。貴様に危害を加えてはいない」


 イヴは涼春に言い返した。詠唱が成功するまでに何度か悲鳴が聞こえたのはなかったことにしてやる。


「あぁ、特訓の成果が出てるじゃねえか。後で生八つ橋おごってやる」

「じゃあ抹茶味だ。約束を忘れるなよ」

「ボクはチョコがいいです!」


 なんかまだ余計なのがついてきてるがまぁいいだろう。これで思う存分魔法が使える。


「水原天河に勝てない君では、私には敵いませんよ」

「試してみるか?」


 天河に後れをとったのは大物が来ると思っていなくて舐めてかかったからだ。真正面からやり合えば俺の方が不利なのは間違いない。だが、今は逆に涼春は俺を舐めている。ならば付け入る隙はある。


「では、少しお仕置きしてあげましょうか」


 閉じた扇子を振る。同時に空と地から式神が一斉に襲いかかる。闇の炎でそいつらをまとめて薙ぎ払いながら、俺はゆっくりと詠唱を始める。


「―—ひざまずけ、堕聖女だせいじょの審判」


 俺が使うオリジナル魔法は五つある。そのうちの三つはシックスから教わったもの。そして人の記憶を消す再誕リヴァース。最後は、シックスと戦う時を想定して作り出した文字通り必殺の魔法。


 人を殺さないと誓った俺が持つ唯一の誰かを殺すための魔法。


 魔力の足場を乗り継いで俺は空へと駆け上がる。威力に全振りしたら制御ができなくなったこの魔法は、上から落とす以外の使い方がない。


「耐えられなかったら墓前に花は供えてやるよ」


 瑠璃が闇魔法に覚醒したというのなら、どんな罪をかぶってでも守ってやらなきゃならない。警察よりも嫌いな闇魔法使いにさせてしまったのは他でもない俺だって言うんだから。


 全身から絞り出すように魔力を込める。撃ったら間違いなく三日は動けない。ここで涼春を殺したとしても俺が死刑になることは避けられない。それでも、俺は力を込めるのをやめるつもりはなかった。


「青いのう。若者はすぐに命や人生を賭けたがる。怖い怖い」


 俺の背後に強力な殺気が現れる。落ち着いた声をしているが、首筋に銃口を突きつけられているような気分だった。


 涼春じゃない。転移魔法でもあの聖魔法の盾は抜けられない。なのに何故。そこに誰かいる?


 混乱する頭に大きな衝撃が走る。殴られたような燃やされたような熱くなる痛み。全身から集めていた魔力がほころんでいく。


「ダン!」


 イヴの声が遠くに聞こえる。俺はまた、何もできないままなのか。遠のく意識の中、せめてもの抵抗として右手に残った魔力を振り抜いた。

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