第30話 そうだ、京都行こう

 瑠璃の部屋に向かっている途中の廊下で、何か重そうなものを抱えている瑠璃を見つけた。よく見ると、大きなボストンバッグのようで、とりあえず代わりに持ってやる。


「部屋まで運ぶのか?」

「はい。持ってくれてありがとうございます」


「こういうときは俺かイヴを呼べばいいだろ。そのための使用人なんだから」

「いえ、自分でできることは自分でやるべきですから」


 瑠璃は俺からバッグを奪おうと手を伸ばす。それをかわすように左手に持ち替えた。


「それで、何に使うんだ?」


 尋ねながら瑠璃の部屋に入ると部屋の中が泥棒でも入ったかのように荒れている。服や文房具、ノートにカメラが部屋に散乱していた。


「何かあったのか?」

「いえ、少し広げすぎてしまっただけで。ちゃんと片付けますから」

「何でこんなことになったんだよ」


 俺は瑠璃の奇行にため息をつきたくなるのを抑えて、部屋におかしな痕跡がないかを探す。ベッドの真ん中に束ねた紙をホッチキスで止めただけの冊子が投げ捨てたように置かれていた。


「これは?」

「ダンには懐かしいですか? 修学旅行のしおりですよ。来週から中学の修学旅行なんです」


「聞いてないぞ!?」

「私がいなければダンとイヴはお休みですよね。たまにはゆっくり休んでください。あ、透輝は普通に学校ですから、会いに行くなら放課後がいいですよ」


 瑠璃のどうでもいい情報は無視して、修学旅行のしおりを開く。表紙に書かれた五重塔や清水寺を見た時点で嫌な予感はしていた。


「一応聞くが、どこに行くんだ?」

「京都と奈良ですよ。三泊四日で来週の火曜日からです」


 京都。ついさっき話していた土御門つちみかど家の本家がある。まさに敵地のど真ん中。そんなところに瑠璃を一人で行かせたら、誘拐は当然。闇魔法使いと断定しているなら、脅迫や拷問だってありうる。


「えっと、瑠璃」

「わかっていますよ。お土産は期待していてください」


 屈託くったくない笑顔で瑠璃は俺の言葉を遮った。とてもじゃないが修学旅行に行くな、と言える雰囲気じゃない。


 俺は小学五年生のときに闇魔法に覚醒したから、修学旅行というものに行ったことがない。創作の中で俺が体験したことのないものとして知っているだけだ。


 俺が闇魔法に覚醒しなければ、もっと普通の人生を歩めていたかもしれない。無理だとわかっていてもそう思うときがある。瑠璃に同じ思いをさせない。そのために俺はここで演出家の依頼を続けているのだ。


「あぁ。楽しみにしてる。だから全力で楽しんで来い」

「もちろんです!」


 瑠璃の準備を手伝ってやりながら、俺はこの笑顔を絶対に守り抜いて見せると誓った。


 瑠璃の部屋を出て最初に向かったのはいつもの天河の書斎だった。家にいるときはほとんどここから出てこない。イヴが言うには仕事はいくらでもあって手が離せないらしいが、俺に言わせれば育児放棄にしか見えなかった。


「おい、土御門のネズミが入り込んでたぞ」


 俺は見せびらかすように穴の開いた式神の依代よりしろを見せる。天河は特に驚いた様子もなく、手元の書類にすぐ目を戻した。


「こちらから苦情を入れておこう」

「来週、瑠璃は修学旅行らしいな。行き先は京都だとよ」


 天河の手が一瞬止まる。しかしそれも一秒足らずで、また俺を無視するように仕事に戻った。


「京都に行かせるな、と言いにきたか?」

「逆だ。瑠璃は絶対に修学旅行に行かせる。俺がついていく。依頼の内容はそれでいいかを聞きにきた」

「勝手にしろ。あの子はもう覚醒した。君の好きにすればいい」


 天河はようやく俺の顔を見る。その目は俺を強く睨みつけていた。

 覚醒させたことに怒っているのか? だとすればそれは見当違いだ。瑠璃の覚醒のリスクを知っていながら俺に演出の依頼をしたのは他でもないお前なんだから。


 天河の言質げんちが取れればもう用はない。俺はそこで話を終わらせる。イヴと今後の作戦をたてなきゃならない。


 瑠璃は予定通り修学旅行に参加することになった。旅行当日、見送りをして瑠璃が学校に向かったのを確認すると、俺とイヴはすぐさま行動を開始する。


 転移魔法が使えない俺たちは、非魔法使いと同じく新幹線に乗っていくしかない。古い魔法にほうきにまたがって飛ぶというものがあると聞いたことがあるが、そんなものでは最高時速三〇〇キロを超す科学の産物には追いつけない。


 瑠璃が乗る新幹線の自由席に乗り込む。平日ということもあって空席が目立っていた。二人掛けの窓際の席に座ると、すぐに肩をつかまれる。


「窓際の席がいい」

「どっちでもいいだろ。子どもかよ」

「どっちでもいいなら貴様が通路側で構わないだろう」


 イヴが俺の腕を引っ張って強引に立ち上がらせる。狭い座席前で器用に体を入れ替えると、俺が座っていた窓際の座席に収まった。


「うむ、この席から富士山は見えるのか?」

「静岡駅の辺りで見えるだろうよ。っていうかなんでついてきた?」


「私は瑠璃様の護衛だ。ついてくるのは当たり前だろう」

「だったらなんで瑠璃と変わらないくらいの大荷物抱えてきてんだよ」


 俺は動きやすく目立たないように使用人のスーツではなく、なんでも屋の頃から愛用しているパーカーとジーンズにスニーカーで、近くのコンビニにでも行くような格好になっている。


 対してイヴは春らしい丈の短いカットソーにカーディガンを重ね、ボトムスはヴィヴィッドな赤のカラーパンツで初めて見るような装いだった。


「何しに行くかわかってんのか?」

「日本の古都、京都に行くんだぞ。それなりのドレスコードがあるのだろう? 天河様のご厚意で旅館もご予約していただいたし、失礼なことはできない」

「あるわけねぇだろ。メイド服よりはマシかもしれねぇが」


 俺の言葉を聞き流して、イヴは窓から見える駅のホームをスマホで撮っている。お土産を売っている小さな店が気になるらしい。


「お前、はしゃいでないか?」

「そんなことはない。常に臨戦態勢だ。ほら、ダンも早く座れ。そろそろ動き出すぞ」


 誰がどう見てもいつものイヴじゃない。いい歳して物珍しいものでもないだろう、と思いつつ、促されるままに隣の座席に着いた。イヴは少しずつ動き始めた窓の外を流れる景色を首を振りながら追いかけている。


「そういえばお前も学校に行ってなかったんだったな」

「あぁ。私は魔法警察の養成学校にいたからな」


 当然、という風にイヴはこちらも向かずに答える。本人も自分がはしゃいでいることを自覚していないらしい。俺にとってもイヴにとっても、言うなればこれは初めての修学旅行ということだ。

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