第10話 地獄の番犬、校庭に立つ

「これであとどのくらいだ?」

「私が聖魔法で少しずつ追い込んだからな。闇魔法でできているから私が魔法を置いたところは通れない。もう校庭にしか残っていないと思うが」

「ってことはここに見えてる十匹ってトコか」


 数も減ってきて、校内は落ち着きを取り戻していた。校庭には犬好きの生徒数人とスクープを追いかけてきた新聞部、そして事の成り行きを見守っている瑠璃と夢野だけが残っている。


「わんわんっ!」

「いい加減負けを認めて、おとなしく消えやがれ」


 俺が魔法を撃ちだすと、かわした二匹が頭をぶつけた。その体が混じりあって、少し大きな一匹になる。


「本質は影だからな。合体も可能ということか。瑠璃様の魔法は汎用性も高いな」

「感心してる場合か」


 俺たちと同じように気付いたらしい子犬たちが一匹、また一匹とくっついていく。


「おいおい、倍々以上のペースで増えてねえか?」


 校庭に残っていた十匹がすべて合わさると、大きさは三階建ての校舎を越えて、二十メートルに迫っていた。


「わんわんっ!」


 かわいらしかった鳴き声は野太くなり、口からは黒いよだれがこぼれている。頭は三つに増え、尻尾には蛇のような目がついていた。


「あんなにかわいかったのに」

「だから、気にするところはそこじゃねえだろ」


 イヴの残念そうな顔に舌打ちをする。また全校生徒の視線が校庭に生まれたケルベロスに注がれている。ここまで来ると派手も地味もない。さっさと片付けた方がいい。


「——疾れ、鮮血の咆哮。邪血吼穿刃ブラッディ・ファング!」


 ケルベロスの牙と俺の魔法の血の牙が互いに大口を開ける。


「なんだよ、CGか? 映画の撮影?」


 俺の魔法が瑠璃の暴発で生み出した魔法に負けるはずもない。喉笛に喰らいついた。血の牙が首一つを食いちぎると、風に飛ばされる塵のようにケルベロスが消えていった。


「何とか片付いたか」


 周囲を見回す。校舎の廊下にはギャラリーがぎっしりと詰まっていて、消えたケルベロスの姿を探していた。


「こうなったらしかたねえか。あまり使いたくなかったんだが」


 誰かが帰ってしまわないうちに、全員の記憶を消す必要がある。俺はいつも以上に魔力を集中し、学校全体を覆うように大きな詠唱を始める。


「——胎児よ、なぜおどる。母親の心がわかっておそろしいのか?」


 指を鳴らす。真っ黒な霧が学校の敷地全体を覆っている。消すのは今までの瑠璃の魔法に対する記憶。それだけを狙い撃つように術式を構成する。


再誕リヴァースだ」


 霧が晴れると同時に周囲の状況を窺う。誰もが今まで自分がしていたことを忘れて、日常に戻っていった。


「何してたんだっけ?」

「なんかすごいもんが校庭に来たって」

「いや、何もなかったじゃん。ってか休み時間で宿題やるつもりだったのにー」


 漏れはないな。不審に校庭を見つめているのは、瑠璃だけだった。


「何か、すごいことが起きたような気がするんですが、まぁ平和なようなのでいいでしょう」


 俺のオリジナル魔法。狙った記憶を消すという五年以上の年月を費やして研究し、魔法警察から逃げおおせるために決死の覚悟で作り出した魔法。


「それの使い道がこれで本当にいいのか?」


 俺は生まれた疑問を飲み込んで、瑠璃を闇魔法使いにした奴に今日の分の恨みもぶつけてやろうと誓った。


※ ※ ※


 週末、今日は四秀家の一つである風祭家との会食が計画されていた。結局役割分担して以降、厨房から追い出されていたままだった俺も今日ばかりは手伝いに奔走している。


 手元は料理を作り続けながら、会話となるとやはり瑠璃に闇魔法の覚醒が疑われていることになる。


「魔法警察って水原家で動きを抑制できないのか?」

「完全には無理だ。警察は四秀家ごとの派閥に分かれているから、全部をごまかすのは難しいんだ。今日の風祭家は水原家と友好的だし、天河様がうまくごまかしていると聞いているが」

「なんであいつは自分の娘に闇魔法を使わせたいんだ?」

「そんなこと、私にわかるわけがないだろう」


 作業に追われているからか、イヴの口調が荒くなる。これ以上話してヘマをされても困る。俺は無駄話をやめて作業に意識を戻すと、食材が足りないことに気が付いた。


「玉ねぎとかは地下の食料倉庫にあるんだったよな?」

「あぁ。ついでにじゃがいもとニンニクを頼む」


 こいつ、俺が言い出すまで黙っていやがったな。手近なメモに足りないものを走り書きして厨房を出ると、エントランスで瑠璃が学生らしい男二人と談笑していた。見張っていたときにも学校であんな顔は見たことがない。


「ちょうどよかった。今、君の話をしていたのです。新しい使用人のダンですよ」


 瑠璃が俺を指差している。そのまま手招きするので近くに向かう。男は二人とも高校生のようだった。短髪のスポーツマンらしい髪の方ははっきりとした目鼻立ちが少し瑠璃と似ている。


「こちらは兄の琥珀こはくです。今日は兄の短期留学からの帰国パーティなんですが、聞いてませんでしたか?」

「聞いてない。なんであいつはそういう重要なことを言わないんだ」

「ははっ、父は効率主義で無駄口を嫌うからね。自分からしつこいくらいに聞いた方がいいよ」


 琥珀は爽やかに笑う。


「いや、旦那様を否定するわけでは」

「いや、それでいいんだ。形式的な敬意に意味はない。父も裏表のない性格に惹かれてあなたを採用したのかもしれないね」


 琥珀は俺を咎めることもせず、純粋にそう思っているらしい。高校生にしてこの客観的な思考。さすが四秀家の跡取りというわけか。


 それにしても兄の方は瑠璃と違って例の病には侵されていないようで安心した。これ以上俺の仕事を増やされても困る。


「こっちは透輝です。今日のパーティの来賓の風祭家の方で、私たちの幼馴染なんですよ」


 こっちは中性的な顔で、赤みがかった茶髪も肩にかかりそうなほどだ。微笑みをたたえながら俺の顔を品定めするように見つめている。切れ長の目が俺を射抜く。俺の正体を見透かしていそうで警戒心が湧く。


 こいつも四秀家の人間か。道理で俺への警戒を怠らないわけだ。こういう奴をガキだと油断していると、戦場で足元をすくわれる。


「珍しいね。瑠璃のおじさんは金持ち然とするのが嫌だから使用人は基本的に雇わないと言っていたのに」

「俺もどうして雇ってもらえたのか不思議だよ」


 乾いた笑いで応えると、琥珀も透輝も笑顔を返してきた。和やかなようで表面上の薄っぺらい会話。上流階級で暮らしているだけあって俺のことを警戒しているのが見え隠れしている。


「いい人そうでよかったね、瑠璃」

「はい。ダンは私の話をよく聞いてくれる良い人です」


 透輝は瑠璃の頭をそっと撫でる。瑠璃の方も嫌がる素振りもなく頬を緩めた。幼馴染と言っていたな。透輝は水原家の兄妹の間に立っているが、どちらかというと瑠璃に近い方にいる。ただの青春か、それにしては妙に瑠璃とのスキンシップがこなれているが。

 瑠璃の闇魔法の覚醒に何か絡んでいるかと警戒したが、四秀家ならそんなこともないか。


「じゃあ準備があるんで」

「うむ。ダンの料理はおいしいですから。今日も期待していますよ」


 瑠璃が手を振るのを背中に受けながら、俺は保存のきく食料を備蓄している地下へと向かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る