第5話 呼応する闇の力

 使用人の朝は早い。物置で寝ていた俺はイヴのフライングエルボーを腹に食らって目覚めた。


 イヴの追撃をかわして起き上がり、朝食の準備に駆り出される。支度を終えると、時間のある限り空いている部屋の掃除。雇い主が起きてくれば給仕をする。


 そして、瑠璃が学校に向かうために家を出ると、隠れてその後ろをついていく。

 水原家の方針で車の送迎なんかはなく、他の生徒と同じく徒歩で登校。学校も魔法使いだけが秘密裏に集まっている私立校ではなく、非魔法使いもいる公立中学校だ。


「お前も来るのかよ」

「当たり前だ。こっちが本業なのだからな」


 それもそうか、聖魔法使いが魔法警察に招聘しょうへいされないはずがない。闇魔法使いに対して圧倒的な有利をとれることから聖魔法使いはほとんどイコールで魔法警察として働くことになる。


「公権力を私的利用か。いいご身分だな」

「貴様ら闇魔法使いと一緒にするな。天河様は」


 そこまで言って、イヴが言葉を止めた。視線の先に目を移すと、瑠璃が自分より頭二つは高い中学生に詰め寄っているところだった。


「ガキのくせに耳に穴開けて何が楽しいんだか」

「まったくだ。ご丁寧にリングまでぶら下げて。引っ張って引きちぎってくれと言っているようなものだな」


 出会って初めて俺とイヴの意見が一致した。こいつは犯罪者を追うため、俺はその警察から逃げるため。理由は真逆だが、戦いの中に身を置いているとああいう無駄に体を傷つける要因を作る人間の考えがわからない。


「なんですか、その頭は! そんな金髪は校則では許されていませんよ!」

「げ、水原か」

「以前言いましたよね。次に会ったときに直っていなかったら、ボクの闇の力で更生させると」


 強く握った拳を胸の前に掲げて瑠璃はすごんだ。ただ金髪の不良は前回も同じように瑠璃に絡まれたらしく、面倒くさそうに眉根を寄せている。


「さて、出番か」

「おい、もしケガでもさせたら」

「そのくらい加減できる。俺は今まで人殺しだけはやったことがない」


 え、と驚きの声を漏らしたイヴを無視して、俺は詠唱を始める。


「「―—喰らえ、煉獄れんごく業炎ごうえん」」


 俺の詠唱に声が重なる。とっさに隣のイヴを見るが、こいつの声じゃなかった。


闇獄烈火惨あんごくれっかざん!」


 俺とまったく同じ動きで瑠璃は叫びつつ拳を地面にたたきつけるモーションをとる。それと同時に俺の放った闇の炎が瑠璃の全身を包み込むように燃え盛った。


「うわっ、マジかよ!」


 驚いた金髪の不良がころびそうになりながら逃げ出していく。


「すごい。ボクの闇の力が日に日に強くなっているようですね」


 取り残された瑠璃は感慨深そうにつぶやいている。今の詠唱に自覚がないらしい。だが、そんなことはどうでもよかった。


「俺の詠唱に、呼応こおうしやがった……」

「まさか。瑠璃お嬢様に限って」


 イヴも俺の言葉の意味が理解できたらしい。しかし、その現実は簡単に受け入れられない。


「悪い。後は頼んだ」

「おい、どこへ行く?」


 イヴの問いかけに答えず、俺は今通ってきたばかりの道を急いで戻った。

 水原邸に戻って、俺はノックもなしに天河のいる書斎へと怒鳴り込んだ。


「おい、今この瞬間で契約は終了だ。俺は演出家なんてやらない!」

「何を言っている? なんでも屋はそんな簡単に仕事を投げ出すのか?」

「そういうこと言ってんじゃねえ。あの女、俺の詠唱に呼応しやがった」


 魔法使いは二次性徴期に自分の属性に覚醒する。その兆候が詠唱の呼応だ。周囲の魔法使いの詠唱に何度も呼応するようになれば、その属性への覚醒は近い。魔法使いなら誰でも知っていることだ。


「だからどうしたというのだ? それがあの子の運命なんだろう」

「そんな言葉で片付けられると思ってんのか!?」


 俺の詠唱に呼応したということは、瑠璃は闇魔法使いとして覚醒しかかっているということだ。


 存在するだけで犯罪者としてうとまれ、さげすまれ、追われる身となる。闇魔法使いに。


 世界の歴史の中で、戦乱や混乱が起きるときは必ず裏で闇魔法使いが動いていたと言われている。

 そんな誰とも知らない奴のせいで、闇魔法はまとめて犯罪の烙印らくいんを押され、使うだけで犯罪者として魔法警察に追われることになる。


 闇魔法に覚醒した人間がとれる選択肢は二つだけ。魔法を封じて非魔法使いとして生きるか、闇魔法使いとして犯罪者の汚名を受け続けるかだけだ。


 魔法界で広く認識されている選民思想。魔法使いは非魔法使いよりも優秀な人種だという固定観念から、闇魔法だとしてもそれを捨てる奴なんてほとんどいない。本人のプライドがそんなこと許すわけがない。俺もそうだったのだからよくわかる。


「あいつが闇魔法使いになったらどうするつもりだ?」

「魔法を封じる。それを拒否するなら、この家にはいられんだろうな」


 まるで他人事のように、天河は冷徹に言い放った。


「君は変わらず仕事を続けることだ。これはあの子自身が決めること。君がやめるというのなら、ここで死んでもらうまでだ」


 天河の言葉は脅しではない。ここで抵抗して逃げてみるか。いや、そうしたところで瑠璃の覚醒が止まるとも思えない。何もないところから闇魔法に覚醒するとは考えにくい。俺が来る前から何かの兆候はあったはずだ。


 俺が逃げるときは今じゃない。その瞬間は、あいつが闇魔法使いとして生きたい、と言ったときだ。そのときは必ず一緒に逃げてやる。目の前のこの男をぶっ倒してでも、だ。親にも友人にも畜生を見るような目で蔑まれるような経験をする必要なんてない。


「仕事は続ける。だが、寝首をかかれないようにしておけよ」


 俺の答えに天河は何も言わなかった。答えを待つでもなく、俺は書斎を後にする。瑠璃の厨二病が少しでも収まってくれれば演出もいらないんだが、そうもいかないだろう。まだ混乱する頭で、闇魔法使いになってしまった俺があののためにできることを探していた。

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