第3話 依頼は厨二少女の演出家

 金持ちの家と聞くとそれだけで嫌気がさしていたが、家の中も外観と同じく無駄な装飾が少なく、どこか俺の部屋と同じロジックを感じる。


 無駄なものは置かない。この場所を捨ててどこかに逃げなければならない時は、すぐに訪れるかもしれないのだ。


 応接間らしい部屋もどちらかと言えば学校の個人面談をするような無機質な事務机に学校から持ってきたような椅子が置かれていた。


「それで、依頼ってのはなんだ?」


 頑丈な背もたれに体を預け、椅子の前脚を浮かせながら聞く。


「君に演出を頼みたい」

「おいおい、俺を何だと思っているんだ?」


 椅子の前脚を浮かせたまま、器用にバランスをとりながら気だるげに聞き返す。何かテレビ番組でも作るのか、それとも動画サイトに投稿でもするのか。その先は知らないが、どちらにしても俺の管轄外だ。


「君はなんでも屋なんだろう?」

「冗談だろ? 俺がどんな仕事をしてきたか、知らないわけないよな」


 天河は答える代わりにサングラスのズレを直す。それと同時に水でできた人形が四方八方から数十体飛び出して、俺に襲いかかってきた。


「——喰らえ、煉獄れんごく業炎ごうえん闇獄烈火惨インフェルノ・ドライバー!」


 黒い闇の炎が俺の体を包むように燃え上がる。手を抜いているのか、天河の出した水の人形は蒸発するように消えていった。


「それだ。それで私の子どもの妄想を演出してもらいたい」

「は? なんだそれは?」

「そろそろ学校から帰ってくる。見てもらえればわかる。君は新しい護衛兼使用人として我が家に入ったということにする。そこの服に着替えてついてきてくれ」


 言っていることはわからないが、依頼を受けないわけにはいかない。俺は言われた通りにワイシャツとスラックスに着替える。ベストを羽織ると、まぁ使用人らしい見た目に見えなくもない。ふだんはラフなパーカーやジーンズばかりなこともあって首元が苦しく思えた。


 応接間から出ると同時に、やかましいくらいに元気な女の声が耳に入ってくる。


「ただいま戻りましたー!」


 名家の令嬢というにはあまりにも慌ただしい。勢いよく廊下を走ってくると、天河の前で止まった女は中学生らしく、膝下丈のスカートのセーラー服に身を包んでいる。


 肩にかかるほどの黒髪は光を浴びてつやつやと輝き、それに負けないほどに瞳は未来への期待を帯びて輝いている。それだけで俺とは正反対の人間に思えた。


 自分の家だというのにピシリとまっすぐに伸びた背筋。狂いなく切り揃えられた前髪。くもり一つない眼鏡のレンズ。


 見ているだけで俺との相性が最悪であることはわかる。さすが水原家の娘ということか。この真面目が服を着ているような奴と俺の闇魔法にどんな関係があるって言うんだ。


瑠璃るり、紹介しよう。今日から新しく護衛兼使用人としてお前の世話をしてくれる。ダンくんだ」

「どうも」


 不愛想に小さく頭を下げる。悪いが演技は専門外だ。使用人にしては態度が大きいと言われても性格を偽るのは簡単じゃない。

 俺の態度に不満に思ったのか、瑠璃、と呼ばれた娘は俺の顔を品定めするようにじっと見つめて、数秒。ようやく口を開いた。


「では今日からあなたはボクの眷属ということですね! 闇の力に目覚めたボクに仕えるのですから、これからはボクのことはマスターと呼ぶように!」

「は、はぁ?」


 理解不能な言葉に純粋な疑問が口から漏れた。


「見よ、我が闇の力を!」


 そう言って瑠璃は右手を広げて天高くかざす。まさかこいつ、闇魔法使いなのか?

 そう思ったが、振り上げた右手からは何も出てこない。なんなんだ、と思っていると、隣に立っていた天河のサングラスの向こうからアパートを襲撃したときよりも強い威圧感が発せられている。


「やれ」


 小声で一言、指示が聞こえる。演出家ってそういうことか?

 俺は詠唱もいらない小さな闇の炎を瑠璃の右手から吹き出させてみせる。黒い炎が瑠璃の右腕にまとわりつくように燃え広がって消えた。


「見ましたか!? これがボクの闇の力です。今日は非常に調子がよいみたいです。こんなに炎が出せるなんて。この闇の力を持つボクに今日から仕えるのですから光栄に思ってください! さぁ、マスターと呼んでみてください!」


 興奮気味に俺に顔を近づけながら、瑠璃は爛々らんらんとした目で俺ににじり寄ってくる。


「マ、マスター?」


 俺の疑問混じりの返答を聞くと、瑠璃は満足そうに何度も頷くと、納得したように俺に向かって親指を立てて返してきた。まったく意味が分からない。


「では、後のことは使用人部屋にいる先輩に聞くように」

「今日はいろいろと大変でしょうから、あまり無理をなさらず!」


 顔合わせが終わると同時に、天河も瑠璃も何事もなかったかのように日常に戻っていく。俺だけが瑠璃の言葉の真意を理解できないまま一人取り残されてしまった。


 魔法使いの性質は周囲の環境に強く影響を受けると言われている。水原家の娘なら、当然親や周囲に使い手の多い水魔法系だと思うのだが。


 それに闇の力とか言っていたが、あの瞬間に魔力はまったく感じなかった。魔法を使えば個人ごとに異なる魔力の残り香が出る。サンプルがあればそれで個人を特定できるほどだ。魔法使いが力に覚醒するのはだいたい二次性徴期、つまり十~十五歳ほどなのだが、こんなエリート家系にいて、覚醒が遅いのは珍しい。


 そんなことを考えながら、俺はとにかく言われた通り、先輩とやらがいる使用人部屋へと向かった。

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