第39話 ドン・カマターネ

「あれあれぇ?」


 日曜日の朝。


 こっそり家を出て行こうと靴に履き替えていたとき、見つかってはいけないヤツに発見されてしまった。


「ね、姉ちゃん……」


 リビングの扉の陰からじっとこちらを見ていたのは、姉の凛。


 今日はいつものキャミソールじゃなくて、Tシャツにスウェットパンツと、

いつもより普通の格好だった。


 シャツに「ショタみある!」とか、わけのわからんロゴが入ってるけど。


「サトりんくん、こんな朝早くからどこにいくのかな?」


「ちょ……ちょっと友達と」


「ほぉ〜ん? 友達?」


 スッと目を細める姉。


 その口はキュッとつり上がっている。


 これは、明らかに疑われているな。


「と、友達がバイトをしてて、そこにちょっと見学に行くことになってさ」


「見学……ね。ま、いいや。そういうことにしといてやるわ」


「……」


 お前はカツアゲしたけどお金を持ってないと言われたときの学校のヤンキーか。


 てか、なんで今日に限って仕事してないんだよ。


 それに、いつものダルダルキャミソールじゃないし、雨でも降るんじゃないか?


 などと心の中で悪態をつきながら玄関を出たら、雲ひとつない晴れ空が広がっていた。


 清野のやつ、晴れ女に違いない。


 こんな朝早くから外出することになったのは、清野の撮影現場を見学することになったからだ。


 清野と休日に会うのは慣れてきたけれど、流石に仕事現場となると緊張してしまう。


 今日は、あの陽キャ・リア充御用達のお台場での撮影らしい。


 関係者じゃない人間が行っても平気なのかと尋ねたけど、「大掛かりな撮影じゃないから大丈夫」とかなんとか言ってた。


 よくわからんけど、そういうものなのだろう。


 家を出て電車を乗り継ぎ、新橋駅から「ゆりかもめ」に乗って「お台場駅」で降りた。


 ゆりかもめはビックサイトで開催されている同人即売会に行くときに利用したことがあるけど、運転手がいないのですごいSF感がある。


 ホームにも駅員さんがいないので、乗客が少なくなる夜は無人の列車が無人の駅に来ることになり、なんともディストピアな雰囲気があってすごく好きだ。


 お台場駅で降りてしばらく歩いたところにある公園に人だかりが見えた。


 足を止めている人たちの奥に大きな傘みたいな機材があるので、多分あそこが撮影現場だろう。


「あっ」


 人混みに紛れてコソコソと近づいていたら、突然声がした。


「お〜い、東小薗く〜ん」


 明らかに清野の声。


 だけど、清野っぽい人はどこにもいない。


「東小薗くん、こっちこっち」


「……あっ」


 挙動不審に陥っていたら、道路に駐車していた小さなバスの窓から清野が顔をのぞかせていた。


 おお。アレって、テレビとかでたまに出てくる「ロケバス」ってやつじゃないか?


「こっちおいで」


 窓の隙間から、清野がチョイチョイと手招きする。


「……え、いいの?」


「いいから早く。騒ぎになっちゃう」


 ふと周りを見ると、足を止めていた通行人たちが「あれって有朱ちゃんじゃない?」と、ざわつきはじめていた。


 僕は清野に言われるがまま、慌ててロケバスの中に駆け込む。


 バスの最後部の座席に清野の姿があった。


 幸運だったのは、他に誰もいなかったことだろう。


 スタッフさんとかいたら、気まずさマックスだった。


「えへへ、ホントに来てくれたんだ?」


 清野の隣に座ると、彼女は嬉しそうに笑った。


「そりゃあ、約束したからな」


 これでブッチしたら最低のやつだろ。


「現場に東小薗くんがいるなんて、なんだか変な感じするなぁ」


「き、清野さんも、何だかいつもと違う感じがする」


 今日はいつもに増して随分と大人な雰囲気がある。


 服装……は普段の感じだけど、髪はいつもよりくるくる巻いているし、目元とか口紅とかバッチリメイクされている。


 簡潔に言って、メチャクチャ綺麗だ。


「撮影用のメイクだからね。結構、濃い目でしょ?」


「そ、そう……かな?」


「私は薄めが好きなんだけど、撮影って照明がバリバリだから、濃い目のメイクにしないといけないんだって。いつもお願いしてるメイクさんに教えてもらった」


「ラムちゃん」


 興奮気味に語る清野の名前を呼ぶ声がした。


 ふと、バスの入り口のほうを見ると、綺麗なお姉さんが立っていた。


「あ、姫野さん」


「もうすぐ出番だから髪の毛手直ししておくから……って、誰? その子?」


「あ、ええと……彼が東小薗くんです。じゃじゃ〜ん」


 変な効果音をつける清野。


 こんな紹介のされ方されてもポカーン案件だろ……と思ったけど、姫野さんと呼ばれた女性は特に気にする様子もなくにこやかに笑った。


「はじめまして。ラムちゃんのヘアメイクを担当してる姫野です。なるほど、キミがあの東小薗くんか」


「え」


 あのって何!? 僕のこと知ってるの!?


「ハ、ハハ、ハジメマシテ……」


「あはは、そんな緊張しなくても。取って食ったりしないから」


 そう言って姫野さんはじっと僕の顔を見る。


「でも、ラムちゃんが好きそうな見た目の彼氏だね?」


「……ヴォ!?」


 か、彼氏!?


「ち、ちが、違います。僕はそんなんじゃ……」


「あれ? 違うの?」


「もう、違いますよ姫野さん。東小薗くんは私のママ……じゃなかった、ええと、何ていうか……ヒミツの関係なんです」


「……え?」


 うおおおい、清野! 


 余計に誤解されるようなことを言うなよ!


「そっか〜。よくわからないけど、最近の高校生って色々あるのね」


 しかし姫野さんは再び華麗にスルーしてくれた。


 清野の扱いに慣れてるな、この人。


「はい。色々あるんです」


「う〜、いいねぇ〜。私もあの頃に戻りたいわ」


 少しだけ哀愁を漂わせながら微笑む姫野さん。


「ラム」


 と、再びバスの中に声が響く。


 その一言で、バスの中にかすかな緊張が生まれた気がした。


 姫野さんの背後から現れたのは、なんとも冷たい雰囲気の男性だった。


 黒のショートヘアに、キリッとした吊り目。


 着ているのは普通のビジネススーツだけど、超絶スタイルが良いせいか海外の映画に出てくるマフィアっぽい雰囲気がある。


 何ていうか、少し怖い。


「そろそろ出番だよ。姫野さんにヘアメイクの最終チェックしてもらって」


「あ、はい」


 清野が慌てて席を立つ。


「じゃあちょっと行ってくるね。撮影始まったら、東小薗くんも現場に来ていいからね。スタッフさんには、話を通してあるから」


「え、あ、うん」


 咄嗟に頷いてしまったけど、心細さがハンパない。


 僕を置いて行かないで! と乙女っぽいセリフを吐きそうになってしまった僕を残して清野は姫野さんとバスを出ていく。


 残されたのは僕と……マフィアのボス。


「…………」


 マフィアボスさんが無言のまま、ゆっくりと僕のほうへと歩いてくる。


「キミが東小薗くんだよね?」


「……へっ!?」


 心臓を鷲掴みされたような気がした。


「どど、どうして僕の名前を?」


「ラムから聞いてる。今日、東小薗くんが現場に遊びに来るって」


 そう言ってマフィアボスさんは、ジャケットの内ポケットに手を入れた。


 スッと僕の顔から血の気が引いた。


 あ、これ、殺されるやつだ。


 「お前みたいな陰キャに、ラムと仲良くする資格はない」とかなんとか言われて、内ポケットから取り出した銃で眉間を撃ち抜かれるやつだ。


 短かったな僕の人生──と、16年の人生を振り返っていた僕に、マフィアボスさんは小さなカードを差し出した。


「はじめまして。ラムのマネージャの蒲田悠希ゆうきです」


 彼が手にしていたのは、拳銃ではなく名刺だった。

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