第33話 探り合い

 実際に体験してみたら、想像と全く違ったなんて話は枚挙にいとまがない。


 山で見る景色は綺麗だと言われたけれど、いざ登ってみたらゴミだらけだったり、隣にさらに大きな山があることに気づいたり。


 高校生になったら、君パンのかすみたんみたいな可愛いツンデレ女子の隣の席になって、教科書を忘れたから見せてほしいと頼んだら「あんたはホント私がいないとだめね」なんて呆れ顔をしつつ、自分から机を寄せてきてくれたりするんだろうなと妄想していたけど、現実は男子すら寄り付かないのだと絶望したり。


 だからその流れでいけば、クソだクソだと言っていた陽キャ・リア充御用達の「異性との登校イベント」も、実際は心躍るものなのではないだろうか。


 はい。そう期待していた時期が僕にもありました。


 心躍ることなんてどこにもない。


 むしろ、心痛で胃がキリキリする。


 百歩譲って、清野だけだったらまだよかったのかもしれない。


 だけど、できれば関わりたくない乗冨と、ギャル三星という三人組の中に混ざることになってしまって、生きた心地がしなかった。


 どうしてこうなった。


 姉に身バレそうになって慌てて家を出て、清野のLINEを見返しながら学校に向かってたら、リアル清野と乗冨たちに出くわした……までは覚えてるけど、どうして両サイドをガッチリ抑えられているのか。


「……でね? 私、ラムりんの中間テストの英語の点数見てビビってさ」


 僕という異質な存在を全く感知していないかのごとく、乗冨がいつもの感じで意気揚々と口を開く。


「ラムりんって、一見メッチャ英語話せそうじゃない? お母さん、すごい綺麗なイギリス人外交官だし。だけど、赤点ギリギリだったんだよ?」


「ちょ、みどり!」


 赤面した清野が割って入る。


「さらっと私のママのこと暴露しないでよ!」


 ちらちらと僕を見る清野。


 どうやら清野は僕の存在を認識しているらしい。


 ああ、良かった。存在を空気にするのは得意だけど、無意識で空気になるほど熟練したのかと思った。


 でも、清野さん。あなたが気にしなくてはいけないのは母親のことではなく赤点のことだと思うんだよね、僕。


「世界を股にかける女優になるために、ラムりんに英会話は絶対必要だと思うんだよ。だから赤点ギリギリなんて論外すぎる。南千住くんはどう思う?」


「……え」


 突然話を振られて、ギョッとしてしまった。


 や、僕の名前を呼ばれたわけじゃないんだけど、多分僕のことだろう。


「えと、何の話?」


「将来、ハリウッド進出したときのために英語は話せなきゃいけないよねって話。だってほら、サッカー選手って将来海外のチームでプレイすることを想定して英語とかスペイン語とかドイツ語とか勉強してっていうじゃない?」


「ん、ちょっとまってみどり」


 再び清野が会話を遮る。


「ハリウッドって何?」


「……えっ」


 乗冨だけではなく、僕もギョッと清野を見てしまった。


「まさかあんた、女優の卵なのにハリウッド知らないの?」


「あ〜、あれか。ハリネズミ的な」


「ハリしか合ってないし」


「……じゃあ、あれだ! 山に顔が彫られてるやつ!」


「あ〜、ん〜……ちょっと惜しい!」


 と、乗冨が言ったけど、全然惜しくない。

 

 清野が言ってるそれって、大統領の顔が彫られてるアレだよな。


 ハリウッドサインがあるのはカリフォルニアで、大統領の顔が彫られてるのはサウスダコダだし。さらに付け足すと、山じゃないし。


 何から何までかすりもしてない。


 というか、ハリウッドと言われて映画より先にハリウッドサインが出てくるやつ、はじめて見たぞ。


「てかさ」


 紙パックのアイスコーヒーを咥えている三星が、実に興味なさそうに言う。


「あんたら、さらっ〜っと流してるけど珍しいメンツが混ざってない?」


 茶髪ボブカットの前髪の隙間から、ちらりと僕を見る三星。


 心臓がぎゅっと縮み上がった気がした。


 明らかに「なんでお前、マブダチみたいな顔してしれっと混ざってんの?」みたいな空気がにじみ出てる。


「ええっと、あんたって、東小薗……だよね?」


「……えっ」


 三星に名前を呼ばれて驚いてしまった。


「そ、そうだけど……ぼ、僕の名前知ってるの?」


「え、何その反応。草なんだけど。クラスメイトなんだから知ってて当然でしょ」


 クスッと笑う三星。


「でも、『ひがしこぞの』って舌がツリそうだからから『ぞの』でいい?」


「あ、はい」


 さらにあだ名までつけられちゃった。


 まさか、オタクに優しいギャル!? 実在してたのか!?


 このやりとりだけで、少しだけ三星への恐怖が薄れた気がした。


 実にチョロいな僕。


「それで本題にもどるけど、なんで園がいるの? や、別にいちゃダメってわけじゃないんだけどさ」


「最近ラムりんと仲が良いみたいでさ」


 と、返したのは乗冨だ。


 三星はストローを咥えたまま、目を見張る。


「……え? マ? もしかして付き合ってんの?」


「いやいやいや、まさか。ただの友達」


 と、返したのも乗冨である。


 お前はなんだ。僕の親か。もしくは清野のマネージャーか。


 清野と付き合いたかったら、私を通せ的な。


 ……実際、そう思ってそうで怖いけど。


 そんな敏腕マネージャー・乗冨が続ける。


「どういう経緯で仲良くなったかは知らないけど、よく一緒にいるよね」


「あ、そういえばこの前アキバでラムりんが地味な男と歩いてたって噂流れてたけど、もしかして相手って園とか?」


「……っ!?」


 そ、そんな噂が!? 


 なにそれ、ギャルネットワーク!? 東京の街はギャルの監視の目が光ってるの!?


 でも、一緒にアキバにいたなんて情報は否定しないとマズい。


 他人の空似でしょ〜みたいな感じで、ウマいこと切り替えしてくれ!


 と、清野に無言の圧をかけたのだが──。


「あ、うん。行った行った。ちょっとパソコン欲しくて東小薗くんと一緒に買いに行ったんだよね」


「ヴォ」


 あっさりと肯定する清野嬢。


 ああ、終わった。


「なるほどね。園ってパソコン系得意なんだ?」


 しかし、特に気にする様子もなく、三星がさらっと尋ねてきた。


「え? あ、うん……得意だけど」


「へぇ〜。じゃあ、あたしもパソコン買う時、相談しよかな」


 チューチューとコーヒーをすする三星。


 あれ? 清野と休日デートしたのに、何も指摘しない感じ?


 休みの日に男子と一緒に買い物に行くのって、普通のことなの? 


 ……え? 何? 


 もしかして気にしてるの、僕だけとか?


「でもさ〜、最近ラムりんって、少し変じゃない?」


 乗冨が三星に尋ねる。


「変だけど、前からじゃん?」


「いやいや、絶対おかしいよ。何ていうかこう、地に足がついてないっていうか。浮足立ってるっていうか」


「そ、そうかな!?」


 清野がワタワタと僕と乗冨を交互に見はじめる。


「えと、ちょっとわからないけど、ドラマ撮影が近いから……とか?」


「そんなんじゃないと思うけどな。ねぇ、北山猫くん?」


 乗冨がじろっと僕を見る。


「キミも気になるよね? ね? ね? 」


 凄まじい圧を描けてくる乗冨。


 あ、これ、清野の好きな相手を探るのを手伝えってサインだ。


 なるほど。だから乗冨は僕を3人の輪に混ぜてきたのか。


 だからって、その思惑通りに行動するのは御免だけど。


「そ、そう? 僕は別に気にならないかな〜」


「べっ、別にきにならないかなぁ!? ちょ、おま……もっとこう、違う返し方があるだろっ!?」


 大げさに身振り手振りをつける乗冨。


 三星がコーヒーをチューチューしながらそんな乗冨に視線を送る。


「ん〜、どした〜? みどりどした〜?」


「あ、や、なんでもないけどさ」


「どっちかというと、あんたのほうが変だよ」


「……へっ?」


 乗冨が真顔になる。


「え? 何言ってんの? あたしに好きな人なんて出来てないし」


「そんなこと、誰も言ってないし」


「……」


 超絶、微妙な空気。


 あの、乗冨さん。それじゃあ、あなたに好きな相手がいるみたいなニュアンスになってますけど。


 何だろう。この乗冨の凄まじく空回りしてる感。


「……え? 何この空気。マジで出来たの?」


 三星が飄々とした空気で尋ねると、乗冨が怪訝な顔で答えた。


「出来たって、何が?」


「かれピ」


「だからあたしにはそんな人」


「や、みどりだけじゃなくて、この場にいる全員に聞いてるんだけどね」


「……」


 再び、沈黙。


 三星のコーヒーをすする音だけが聞こえる。


「……んなわけないか」


 特に残念そうでもなく、極めてニュートラルなテンションで三星が言った。


 わかりやすく慌てふためいたのは清野だった。


「あ、当たり前じゃない。そそ、そんな人、私にもいないから」


「……なるほどなるほど。まだそういうスタンスなんだね」


 それを見て、乗冨が渋い顔でポツリと囁く。


 僕は、今すぐダッシュで学校に行きたい気持ちになってしまった。


 何なんだ、この探り合い。


 ちょっと心臓に悪すぎるんですけど。


 ああ、胃が痛い。


 やっぱり異性との登校イベントって──クソじゃないか。

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