第27話 プレーリードッグのカンは鋭いらしい

 金曜日。いよいよ、黒神ラムリーの初配信が明日に迫ってきた。


 昨晩は清野と軽くEPEXをやって、それからディスコードの画面共有で配信設定の確認をした。


 使うのはOBAという無料の配信アプリで、ゲーム実況やライブ配信者御用達のツールだ。


 設定は必要になるけれど簡単にゲーム画面を表示させることができるし、ゲーム画面にアバターやカメラワイプをのせたり、デザインしたフレーム(枠)をのせることもできる。


 OBAをインストールして一通り設定が完了し、黒神ラムリーのYoutubeチャンネルも作ったのであとは土曜日を待つだけ。


 ──なのだが、少々不安なことがあった。


 清野はもちろん、僕もVtuber配信をするのははじめてなので、当日どんなトラブルが起きるか全く想像できなかった。


 いきなりカメラで中の人がバレる……なんてことはないだろうけど、音声が配信に乗らなかったり、キャラクターが動かなくなったりするかもしれない。


 そんなときのために、本当なら清野の傍で配信が終わるまで待機していたいところなのだけれど、そうもいかない。


 なにせ、僕は乗冨にマークされているのだ。


 また清野のマンションに出入りしているところを見られたりしたら、今度こそ弁明の余地はない。


「ま〜、みどりって壊すタイプからねぇ」


 マルチメディア室の椅子に座っている清野が、200mlサイズの牛乳をちゅうちゅうと吸いながら言った。


 僕はイラストの着色をしていた手を止め、彼女をじっと見る。


「……あの、どういうこと?」


「え?」


「や、会話に脈絡なさすぎてビックリした」


 「乗冨さんの目があるからな〜」からの、「壊すタイプ」ってなんだよ。


 友情壊すタイプとか?


「あ、ほら……東小薗くんもみどりに体育館裏に呼び出されてアレコレ詮索されてたじゃない?」


「うん、された」


「みどりってすごく心配性なんだ。夏恋かれんと3人で遊びに行くときは、事前に色々調べて幹事っぽいことやってくれるからありがたいんだけど、ちょっとやりすぎな所もあってね。ほら、何ていうのかな。ことわざでもあるじゃない? 『石橋を叩いて割る』だっけ?」


 それを言うなら「石橋を叩いて渡る」な。


 でもまぁ、慎重になるあまり石橋を叩きすぎて割っちゃうっていうのは意味があってるな。


「……あ、だから『壊すタイプ』ってこと?」


「そ」


 にっこりと微笑む清野。


 うん、ようやくわかった。けど、いきなり結論から言わないでほしい。


 一般人は混乱するから。


 再びイラスト制作に戻ると、清野がそっと尋ねてきた。


「みどりのコト、嫌わないでやってね?」


「それはないよ。不思議な人だけど、乗冨さんも悪意があってやってるわけじゃないってのはわかってるし」


 彼女は彼女で、真剣に清野のことを心配しているのだ。


 だけどこちらにもこちらの事情があって、事実を伝えられないでいる。


 今後のことを考えると乗冨の誤解を解いたほうがいいけれど、事実を伝えずにどうやって誤解を解けばいいのか。


「それで、明日は何時に来てくれるの?」


 清野が尋ねてきた。


「明日? 土曜日は清野さん家の近くのカフェかどこかにいて、LINEで遠隔サポートするつもりだよ。だってほら、乗冨さんの目があるし」


「え? ウチに来ないの?」


「そのつもり……だけど」


「え、でも」


「あ、大丈夫。配信は最初から見てるから」


「や、そうじゃなくて、えと、その……ご、ご飯を食べる約束は?」


「……へ?」


 手を止めて、パッと清野の顔を見た。


 彼女は恥ずかしそうに伏せ目がちにこちらを見ながら唇を尖らせていた。


 なんだか怒ってる?


「晩ごはん、食べる、約束、した」


 カタコトで単語を羅列する清野。


 いや、可愛いかよ。


「あ、ああ……そ、それはまた、今度がいいかも」


「……」


「ご、ごめん。でも、絶対食べに行くから」


「……わかった」


 清野は、それはそれは残念そうにしょぼくれる。


 凄まじい罪悪感に飲み込まれ、溺死しそうになってしまった。


 ホントごめん。


 確かに「土曜日に晩ごはんごちそうになる」って約束したもんな。


 でも、乗冨のことがあるし、今行くのは危険すぎる。


 しかし、と、僕は椅子に座ってくるくると回っているしょぼくれた清野を見て思う。


 ここまで残念がるなんて、マジで清野の好きな人って──。



+++



 黒神ラムリーの記念すべき初配信日は、生憎の雨だった。


 それも、お前台風かよ、と思うくらいの暴風雨。


 いや、別にリアルイベントってわけじゃないから、天気なんて何の関係もないんだけど、それでもからっと晴れてたほうが何かいいじゃん?


 清野とLINEで話した結果、配信は19時にスタートすることにした。


 外出していた人たちが家に帰ってきて、ご飯を食べて一息つくのがそれくらいの時間だからだ。


 人気Vtuberを狙っているわけじゃないとはいえ、そういう時間帯を狙ったほうが多くの人の目に留まる可能性はある。


『うう、緊張してきた』


 ポコン、とスマホに清野からLINEメッセージが届いた。


 僕はすかさず返信する。


『最初は緊張するかもだけど、それを隠す必要はないから。緊張してることもネタにして楽しんじゃえばいい』


『それで大丈夫かな?』


『絶対大丈夫。万が一、トラブルが起きたらすぐ行ける場所にいるから』


『え? どこ?』


『清野さんのマンションのすぐ近くにあるカフェ』


『あ、ジャックポットカフェ? だったら、いちごシフォンケーキが超オススメだよ!』


 続けざまに、君パンかすみたんのドヤ顔「私しか勝たん」スタンプを送ってくる清野。


 いや、本当に緊張してるのかお前。


 というか、ここのカフェってジャックポットカフェって名前だったんだな。なんだか実にギャンブラーな名前だ。


 そんなギャンブルチックな名前とは裏腹に、店内はアンティークな家具が立ち並び、なんともスタイリッシュでオシャレな空気が流れている。


 肩身が狭い感じがするけど、今回ばかりは仕方がない。


 清野に『配信が無事に終わったら食べるよ』とLINEを返した。


 すぐに『じゃあ、終わったらそっちに行くね』と返事が来る。


 それを見て、唖然としてしまう僕。


 こいつ、どうして僕がそっちに行けないのか絶対わかってないだろ。


 ここでお前と「初配信祝いだ〜」なんて言いながらケーキを食べてるところを乗冨に見られたらどうするつもりなんだよ。


 なとど思っていたら、清野からLINEが来た。


『や、私はただケーキを食べたいだけだからね?』


「……」


 ドコを気にしてるのかしらないけど、もっと違う部分を気にしてほしい。


 危険を冒してまで食べたくなるほど、美味いケーキってことか?


 どんだけ食い意地がはってんだよ、まったく。


 仕方なく『じゃあ配信終わったらケーキを買ってエントランスのとこに置いとくから。配信がんばって』と返してLINEを閉じた。


「……まだ時間があるな」


 スマホの時計を見ると黒神ラムリーの配信まであと30分もある。


 こんなとき、タブレットPCでもあればイラストを描けるのにな。


 ツイッターでも徘徊するか。


「お、結構拡散されてるな」


 夕方に黒神ラムリーの描き下ろしイラストをアップしたのだけれど、結構ならぶりつが付いていた。


 海外からのリプライも来ていて、何だか嬉しい。


 中でもフレールマニアさんに至っては、「みんな! 19時からVtuber黒神ラムリーの初配信を観よう! この子は可愛すぎる!」なんてはじめての引用リツイートをしてくれるほどだった。


 いやぁ、マジでありがたい。


 フレールマニアさんは主にイラスト関係のリツイートをしているみたいで、何気にフォロワーも多い。


 これをきっかけにしてたくさんの人が配信に来てくれると嬉しいけど……なんて思っていたら、ポコンとメッセージが届いた。


『北大町くん、ちょっと聞きたいことがあるんだけど』


「……」


 幸せだった気持ちが一気に奈落の底に落とされた。


 送り主を確認するまでもなく、乗冨からのLINEだ。


 しかし、もはや僕の名前が原型をとどめていない。


 直接僕にメッセージ送ってるんだから、名前を呼ぶ必要なんてないはずだが。


『なんですか?』


『もしかしてだけど、今ジャックポットカフェにいる?』


 ゾクッとした。


 ジャックポットカフェって、確かこの店の名前だったよな?


 注文カウンターの上にある「Jackpot Cafe」の名前が書かれた看板を確認する。


 間違いない。店名はあっている。けど、乗冨が言っているジャックポットカフェは別の場所にある店の可能性もある。


 ここは、「違いますけど」と白を切るべきか。


 そう思ってメッセージを返そうとしたとき、ふと、僕の視界の端にひょこひょこと動いている何かが見えた。


 それを見て、僕は大いに納得した。


 そして、ここに来たとき、窓から見える席に案内してくれた店員を呪った。


 窓の外──大雨の中で傘をさして嬉しそうに僕に向かって手を振っていたのは、プレーリードッグ・乗冨だった。



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