第3章

第23話 ヒミツの関係、再び

 僕は今、二度目の危機的状況に陥っている。


 一度目の危機はいわずもがな、昨晩、清野のマンションの前で乗冨に遭遇してしまったときだ。


 あのときは、呆然と立ちすくんでいる乗冨の隙を突いてダッシュで逃げ出すことができたので、なんとか難を逃れることができた。


 流石にバスケットボール部のエースでも、想定外の出来事すぎて反応できなかったのだろう。


 だけど、翌日の昼休みに起きた二度目の危機は、どうやっても逃げ切れそうにない。


 乗冨から正面切って「ちょっと話があるから体育館裏まで付いてきて」と声をかけられ、連行されたのだ。


 それを見ていた清野をはじめ、クラス中がざわついたのはいうまでもない。


 清野の存在であまり目立っていないけど、乗冨もクラスでトップクラスに可愛い。

 

 小動物のような可愛らしいルックスなのにスポーツ万能というギャップで、男女問わず人気が高いとか。


 そんな乗冨が僕みたいな道端の雑草を体育館裏に呼び出したとなれば、ざわつかないほうがおかしい。


 てか、堂々と人前で「体育館裏まで来て」とか言うなよ。お前は周りの目ってものを気にしろ。


「……なんでここに呼び出されたか、わかってるよね?」


 体育館のシャトルドアの前に腰掛ける乗冨が、眉間に深いシワを寄せた。


 多分、僕を威圧しているのだろう。だけど、背が小さいことも相まってか「愛嬌があるな」程度の感想しか持てない。


「ねぇ、聞いてるの? えーと……東小僧くん」


「……ひ、ひがしこぞのです」


「あ、ごめん。東園ひがしぞのくん」


「ひがしこぞの」


「…………キミ、昨日ラムりんのマンションで何やってたの?」


 僕の名前を呼ぶことを諦めないでくれ。


 そんなに難しい名前でもないだろ。


「あ、それってもしかして『黙秘権』ってやつ? 無駄な抵抗するなぁ。全部まるっと吐いちゃえば楽になるのに」


「……」


「言っとくけど、しっかり裏は取れてるんだからね?」


「……」


「ほら見て。きっと故郷でキミを待ってるお母さんも泣いてるよ?」


 などとほざきながら、遠い目で空を見上げる乗冨。もちろんそこにお母さんの顔なんて浮かんでないし、僕の実家がある西東京は逆方向だ。


 でもまぁ、確かにこんなくだらない尋問を受けてるなんて知ったら、きっとお母さんも泣くだろうな。


 とはいえ、乗冨に事実を伝えるわけにはいかないけど。


「ああもう、面倒だなぁ」


 ついに堪忍袋の緒が切れたのか、乗冨が声を荒げる。


「キミ、ラムりんのストーカーなんでしょ!?」


「断じて違う!」


 そこだけは断固として拒否させてもらう。


 てか、勘違いされてるかもとは思ってたけど、そっちかよ!


「え? 違うの?」


「ち、ちち、違うよ!」


「だったらどうしてラムりんの家から出てきたのさ?」


「あ、あれは……ええと……そう! 増山先生に頼まれてプリントを届けに行っただけだよ!」


「え? プリント?」


「ほ、ほら、清野さんって、火曜日は仕事で学校を休んでたでしょ? だから、あの日に配られたプリントを届けに行ってたんだよ」


「あ〜……確かにラムりん、火曜日は休んでた。けど、プリントなんて配られてたっけ?」


「……っ! く、配られてたよ。忘れちゃったの?」


「あうっ……夏恋にもよく『みどりって忘れっぽいね。ワラ』って言われるけど……っ」


 顔を青くする乗冨。


 夏恋ってギャルの三星のことか。


 しかし、本当に忘れっぽい性格だったんだな。適当に言ったんだけど功を奏した。


 確かに、乗冨からは少しだけ清野と同じ天然っぽい雰囲気を感じる。


「でも、私とか夏恋ならわかるけど、なんでキミなの?」


「し、知らないよ。たまたま目についただけでしょ」


「たまたまって……あぁ、でも確かにキミって、最近妙にラムりんと仲が良さそうだし、先生も勘違いしちゃったのかな。てか、なんかあったの?」


「え? なんかって?」


「ラムりんとの関係に決まってるでしょ。この前コンビニで見かけたときもメチャ仲よさげだったし」


 そう言えば、乗冨に見られたっけ。


「な、何も……ない、です、けど」


「あ、もしかして──」


 すっと目を細める乗冨。


「ラムりんに脅されてる?」


「や、そんなことはないです」


「あ、そ」


 乗冨は、なんだか残念そうにため息を添えて続ける。

 

「まぁいいや。昨日の件はそういうことにしといてあげる。疑わしきは罰せずって言うし」


 超絶ホッとした。


 口からでまかせを連発したけど、僕にしては良い切り返しじゃなかっただろうか。


 相手が三星とかだったら速攻指摘されてゲロってた可能性大だけど。見られたのが乗冨でよかった。


「それじゃあ、疑いは晴れたってことで僕は教室に戻りますんで……」


「あ、ちょっと待って」


 そそくさと教室に戻ろうとしたが、腕をガシッと掴まれてしまった。


「な、何?」


「知ってることがあったら教えてほしいんだけど、ここ最近、ラムりんの様子がおかしい理由ってわかる?」


「……おかしい? 清野さんの?」


「そ。実はこの前、ラムりんとパフェ食べに行ったんだけどさ。ほら、駅前にあるクソでかいパフェ。知ってる?」


「まぁ、噂には……」


 ネットで見たことがある。


 インスタ映えする巨大パフェで、なんでもお酒を飲むときにつかうジョッキに入っているとか。


「ラムりんって、ああいうの好きじゃん? だから、ああ、これは二杯は固いだろうな〜……って思ってたんだけど、ガッツリ残してたんだよ?」


「まぁ、あのパフェは5人くらいで食べるのが丁度いいって聞いたことがあるから、流石に清野さんでも二杯完食するのは無理だよ」


「いや、それが……一杯目から残してたんだよね」


「それは妙ですね」


 うん。どう考えても、それはおかしい。


 あいつが食べ物……それもスイーツを一杯目から残すなんて、天変地異が起きるレベルでおかしすぎる。


「でしょ? だからきっと何か悩みを抱えてるんじゃないかって思ってたの。そしたら、キミがラムりんのマンションから出てくるじゃない? だからピンときたんだ。『ああ、これはストーカー被害にあってるな』って」


「そういうシチュエーションだったら、恋人かもとか思うのが普通なのでは」


「まぁそういうコトも……え? 恋人?」


 目をパチパチと瞬かせる乗冨。


「あ、いや、僕と清野さんがそういう関係ってわけじゃなくて、一般的にって意味で……」


「いやいや、何言ってんの。そういうフォローいらないから」


「で、でで、でも」


「キミとラムりんが付き合ってるとか、夏に雪男が渋谷に現れたってくらいダブルであり得ないし。そんなフォローしなくてもわかるから」


「ですよね」


 ああ、良かった!


 なんだか軽くディスられた気はするけど!


「でも、恋愛の線はあるのかもしれないな……」


 むむぅ、と腕を組みながら乗冨が唸る。


「ほら、私って、こうみえて観察眼に特化した恋愛マスターじゃない? だから、雰囲気見れば一発でわかるんだよね」


「さいですか」


 さっきまでストーカー被害だとか騒いでたヤツのセリフとは思えないけどな。


 でも、全然そう見えないところがマスターと呼ばれている所以なのかもしれないな。能ある鷹は爪を隠すって言うし。


 隠しすぎて使い道、忘れてそうだけど。


「よし。じゃあ、協力してもらうから」


 乗冨がポンと僕の肩を叩く。


 そんな乗冨をジト目で見てしまった。


「……ごめん。何が『よし』なのか全然わからない」


「キミ、ラムりんと仲よくなったのは最近でしょ? 新顔のキミだったら警戒されずにラムりんの身辺調査ができるかなって。ほら、私があれこれ詮索したら疑われちゃうじゃん?」


「いや、身辺調査って」


「あれ? 知らない? スパイ映画とかでも良くあるじゃない。友人を偽って悪の組織に潜入して犯罪の証拠を掴む的な」


 いや、そんな設定あるか?


 悪の組織に潜入するなら構成員を偽装したほうが現実味がある気がするけど。


 それに、そもそもの話、清野にそんな相手がいるとは思えない。ここ最近、ずっと清野といるけれどそんな気配を感じたことはないし。


 確かに清野はたまに妙な行動を取ることはある。


 だけど、あいつの奇行はいつものことだろ。


「よくわからないけど、そこまでやる必要はないんじゃないかな?」


「は!? 何いってんの!? 大いにあるから! 私にはラムりんを有象無象の雑草野郎から守る義務があるの! 幼馴染として!」


「え、乗冨さんって清野さんの幼馴染なの?」


「そうだよ。家族ぐるみの付き合いだし、バレンタインデーにチョコをあげるくらいの仲だもん」


 え? チョコ? 


 どっちがどっちにあげるの?


「とにかく、協力してもらうからね。ほら携帯出して」


「な、なんで携帯!?」


「いやいや。LINEも知らないで、どうやって探偵がクライアントに調査報告するつもりなのさ」


「調査依頼を受けるとは一言も」


「私って部活で忙しいし、こんなふうに時間を取れるのは稀なんだから。いいから、早く出して。えいっ」


「ちょ、乗冨さん!?」


 乗冨が突然僕のポケットの中に手を突っ込んでくる。


 いや、それはさすがに色々とヤバいから!


 特に僕の下半身のアレが!


 身悶えする僕をよそに、ポケットからスマホを強奪した乗冨がドヤ顔で尋ねてくる。


「……む。ロック解除のパスワード教えてくれない?」


「教えるわけないだろ」


 LINEのIDも含めて。


 そんな面倒な依頼を受けるなんて、まっぴらごめんだ。


 ──とはいえ、このまますんなり解放してくれそうにない。ここは素直にLINEのIDだけは教えとくべきか?


 でも、ことあるごとに「ホシは見つかった?」とか連絡してきそうだしな。


 ああ、やっぱり厄介なことになってきた。


 こんなことをしてる時間があったら、マルチメディア室でイラストを描いていたいのに。


「……ああもう、わかったよ。LINEのIDは交換するから」


 乗冨からスマホを取り返し、渋々ロックを解除する。


 この前、清野がやっていたようにQRコードを表示させ、乗冨に差し出した。


 乗冨がスマホをかざし、交換が完了。


 僕のLINEに「乗冨みどり」の名前が登録された。


「……おっけ。じゃあ調査お願いね。一応言っとくけど、このことは他言無用だからね? 特にラムりんには」


「は、はい」


「ちょっと、そんな嫌そうな顔しないでよ。これはラムりんのためでもあるんだからさ。それに、ちゃんとお礼はするよ。とりあえず……はい。カロリーメイトあげる」


 乗冨がポケットの中からカロリーメイトを取り出した。


 封が開いた食べかけの。


「……ありがとう」


 全然うれしくないけど。


 てか、清野が言ってたとおり、本当にカロリーメイトを食べてるんだな、この人。もっと栄養のあるものを食べないと背が伸びないよ。胸もぺったんこだし。


 などと心の中で罵詈雑言を投げつけていると、乗冨がにこやかに言った。


「じゃあ、よろしくお願いね。膝小僧くん」


「だから、僕はひがしこぞのですってば」


 こうして僕と乗冨は周囲にナイショで清野の調査に乗り出すのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る