第21話 ハイブリットな部屋

 子供は親に似ると言うけれど、平凡な家庭に生まれた突然変異の天才はどうなるんだろう。


 天才として生まれても平凡になってしまうのだろうか。


 十で神童十五で才子二十過ぎれば只の人──ということわざがあるけど、あれってその事例のことを指しているのかもしれない。


 あの子供にしてこの親あり。


 いや、この親にしてあの子供あり、か。


 多分、清野の両親は彼女に勝るとも劣らないすごい人物なのだろう。


 だって……こんなすごいマンションに住んでいるのだから。


 清野が住んでいたのは、いかにもハイクラスな人種が住んでいそうな高級マンションだった。


 これがいわゆるタワーマンションってやつなのだろうか。


 姉が借りているマンションも相当でかいけど、ここはそれ以上にでかい。


 マンションの周りにはまるで都市公園みたいな広大な緑地が広がっているし、エントランス前には車寄せがあってマンションというより高級ホテル感がある。


「……というか、なんでこうなった」


 僕はエントランスにある集合住宅用のインターホンの前で呆然と立ち尽くしてしまった。


 こうして放課後に清野の家に来ることになったのは、学校で清野から「救援要請」を受けたからだ。


 結局、昨晩はモニタにパソコンの画面を映すことができず、それどころかパソコンの電源も入らなくなってしまったらしい。


 LINEで「かゆうま」とかバカみたいな発言をしていた清野だったが、どうやら本当に困っていたみたいだ。


 それで僕が駆り出され、パソコンの配線や設定をやることになった──のだけれど、急展開すぎて心の準備ができていない。


 今週末あたりに清野の家でテスト配信をする、という話にはなっていた。


 だけど、まさか昨日の今日で清野宅にお邪魔することになるなんて。


 家には親御さんがいるだろうし、流れで「ご飯でも食べていく?」とか「今日は泊まっていく?」なんて流れになるかもしれない。


 清野&ご両親と食卓を囲むなんて、想像しただけでお腹が痛くなる。


 念のため、姉に「友達の家に寄って帰るから遅くなるかも」とLINEをしたら「まさか女か!?」と秒で返ってきたので既読無視した。


 これは家に帰ったら、詮索の嵐が待っているに違いない。


 と、そんなことを鬱々と考えていたら、エントランスのドアが開いた。


「お待たせ」


 現れたのは、私服姿の清野だった。


 いや、これは私服姿というより、部屋着姿か?


「えへへ、待たせてごめんね。着替えてて時間がかかっちゃった」


「……」


 なんだか目のやりどころに困ってしまった。


 すこしサイズが大きめの、ふわふわとしたジップアップパーカーに、デニムのショートパンツ。


 別に清野の服装は露出度が高いわけではない。だけど、土曜日とはまた違う雰囲気ですごく可愛かった。


「ええと……とりあえず、行こ?」


「う、うん」


 なんだか言葉数も少なくなってしまった僕たちは、エレベーターに乗り込む。


 ドアが閉まった瞬間、狭い空間に清野とふたりっきりになってしまったことに気づく。


「あ、あ、あの……清野さん? ほ、本当に僕なんかが上がって平気なの?」


 グンとエレベーターが動き出し、パタパタと増えていく階数表示を見ながら何気なく尋ねた


「ん、大丈夫だよ。だって、パパもママも仕事でいないし」


 そっか、だったら平気だな。


 と、何気なく流してしまいそうになったけど、ヤバいことを言われたような気がして清野に聞き返した。


「……今、なんて言った?」


「え? だから、家には親はいないよ?」


「……ヴォ」


 おいおいおい!


 おいおいおいおいおいおい、清野有朱!


 それは一体、どういうことだ!?


 なんで親がいない部屋に、さらっと僕をあげようとしているんだお前!?


 絶対やっちゃダメなやつだろ!


「そ、そ、それって……」


「あ、ごめん、気になるよね! でも、大丈夫だよ! さっき、一応部屋の掃除もしといたから!」


「……」


 気にするところ、そこかよ。


 いや、脱ぎ捨てのパンツとかあっても困るんだけどさ。


 これが陽キャの女王の余裕ってやつなのか?


 頻繁に男子とか部屋に上げてるんだろうな。ああ、嫌だ嫌だ。不順位性行為はんた〜い!


 エレベーターが32階で止まり、ドアが開く。


 清野の部屋は、エレベーターからすぐのところにあった。


 清野がカードキーみたいなものをドアノブ付近にかざすと、ガチャリと鍵が開く音がした。すごい。なんだかSFみたいだ。


 ドアが開いて一気に緊張感が高まったのは、凄まじくオシャレな空間が広がっていたからだ。


 間接照明でぼんやりと明るい玄関には靴がひとつもなく、代わりにすごく高そうな自転車が飾られてあった。清野パパのものだろうか。


 何ていうか、生活感がまるでない。


 なんだか怖くなった僕は、そっと清野に尋ねた。


「えっと……ご両親はいつ頃お戻りに?」


「夜かな。てか、東小薗くん、訪問販売員みたい」


 清野が指先近くまで隠れたパーカーの袖を口元に当ててクスクスと笑う。


 ただ笑ってるだけなのに、ドキッとしてしまうのはなぜか。


 何だろう。負けたみたいで悔しいんですけど。


「とりあえず、上がって上がって」


「あ、はい、失礼します」


 恐る恐る清野宅にあがる。


 足音を立てると怒られそうな気がして、抜き足差し足になっていると清野から「忍者みたい」と笑われた。


 廊下を進んでリビングの手前にあるドアを清野が開いた。


「ここが私の部屋だよ」


「……は、はい」


 動悸がハンパなかった。


 友達の家に上がること自体が何年ぶりかわからないのに、相手は女の子……それも、学校のアイドル&芸能人・清野有朱ラムリーの部屋なのだ。


 きっと陰キャの僕なんかが入ったら浄化されてしまうくらいの聖属性オシャレ部屋なんだろう。


 と思ったけど──そこに広がっていたのは、まぁ、何ていうか清野らしい空間だった。


 アロマ、コスメ、おしゃれなソファーにテーブル。


 そして、そんなおしゃれ空間にひっそりと佇む、アニメDVDに漫画、ゲームにフィギュア。壁にはオシャレなポスターと一緒に、最近公開された劇場版アニメのポスターが貼ってある。


 どちらかというと、おしゃれグッズがオタクグッズの部屋を間借りしているという表現がぴったりかもしれない。


 本当に清野らしい部屋で、緊張が一気に解けていった。


 そんな清野の部屋の片隅に、パソコンが置いてあるのが目にとまる。


「……これが届いたやつ?」


「そうそう。一応、ケーブルとかつなげたままにしてるよ。モニタには映らないけど」


「ちょっと失礼して……」


 早速、ケーブル類が接続されているパソコンの裏側を確認してみる。


 次にパソコンと繋がっているモニタを確認したところ、パソコンにはHDMIケーブルが、モニタにはDPケーブルが挿さっていた。


 これじゃあモニタに映るわけがない。


「ああ、やっぱりケーブルが違うところに挿さってるぽいね。電源も入らなくなったんじゃなくて入ったままになってるみたいだ」


 ファンが静かすぎて電源が入っていないように思えるけど、正面の電源ランプはついているし、グラフィックボードがキラキラ光っていた。


「……あ〜、ね」


 わかってましたけどね、みたいな空気を放つ清野。


 まぁ、ケーブルの種類は多いし、電源もわかりにくいから仕方ないよな。


 DPケーブルをモニタにつないでパソコンを再起動すると、問題なくパソコンの画面が表示された。


「あとはログインユーザーの設定とかをやっちゃえばパソコンの設定はOKなんだけど……どうする? ついでにテストやっちゃう?」


「……テスト?」


 首をかしげる清野。


 そんな彼女に、僕は完成した黒神ラムリーのキャラデータが入っているUSBメモリを見せた。

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