第19話 ひどい勘違い

 電気街口から歩いてすぐのところにある駅前広場に到着した僕たちは、近くにある植木へと向かった。


 植木の周りにはぐるっとポールのようなものが設置してあって、そこに座ることができるのだ。


 ポールに清野を座らせたとき、すぐ近くに自販機があるのが見えた。


 落ち着かせるには温かいものを飲むと良いかもしれない。そう考えた僕は、清野に「ちょっとまってて」と声をかけて自販機に走った。


 何が良いのか一瞬迷ったけど、ホットのミルクティーを買って急いで戻る。


「あ、あの、これ」


 清野にそっと差し出すと、すごく驚かれたような顔をされた。


「……あ、もしかしてミルクティー、苦手だった?」


「あ、ううん。好き。ありがとう……」


 清野が大事そうに両手で受け取ってくれた。


 それを見て、ホッと胸をなでおろす。


 これで飲めないとか言われたら最悪だった。今回は大丈夫だったけど、やっぱり慣れないことはやるべきじゃないな。


 とにかく、ここで清野が落ち着くのを待ってから今日は解散しよう。


 それまであのグラサン男たちがやってこないか、見張っておいたほうがいいな。


 などと考えながら仁王立ちしていたら、気まずそうに清野が声をかけてきた。


「……座らないの?」


「え?」


「ここ、空いてるけど」


「あ、えと……そ、それじゃあ失礼して」


 速攻で自分に課せた任務を放棄し、恐る恐る清野の隣に腰掛ける。


 肩が触れる距離に清野の存在を感じて、心臓が激しく鼓動をはじめた。


 心を落ち着かせるために、広場を眺める。


 広場は帰路を急ぐ人で慌ただしさがあった。


 大道芸のパフォーマンスをしている人の周りに少しだけ人だかりができていて、そこだけ時間が止まっているように思えた。


「あのね、普段はあんなふうじゃないんだ」


 ふわっと浮かんだのは清野の声。


「街中でも声をかけてくる男の人は結構いるんだけど、毎回、ちゃんと断ってるんだ。でも、いつもはみどりたちがいるし、あんなにたくさんの男の人に囲まれたこともなくて……」


 何の話だろうと思ったけど、さっきのナンパの件だと気づく。


 噂に聞く「天然系切り返し術」が発動しないなと思っていたけど、そういう理由があったのか。


 でも仕方ないと思う。


 年上っぽい男に囲まれたら、そりゃあ泣いちゃうくらい怖いよな。


 僕もチビりそうだったから、よくわかる。


「撮影で年上の男の人と話すのは慣れてるはずなのに、何も声を出せなかった。こんなんで、ドラマ撮影とか無理だよ……」


「え!? そ、そ、そんなことはないよ!」


 思わず大きい声を出してしまった。


 清野はびっくりしてしまったのか、目を丸くしていた。


「……あ、いや、ごめん。でも、ドラマの撮影で一緒の人って、知ってる人……なんだよね?」


「うん。撮影スタッフさんははじめてだけど、プロデューサーさんとかヘアメイクさんは知ってる人」


「だとしたら多分、大丈夫だよ。さっきの連中のことが怖いって思うのは、何ていうか……素性がよくわからないからだと思うんだ」


「素性?」


「そう。どういう人間かわからないから、相手が何を考えてるか読めなくて怖くなるんだと思う」


「そう……なのかな?」


「そうだよ。だって僕がそうだから」


 そう続けると、清野は驚いたような顔をした。


「見てわかると思うけど、僕って他人と話すのがすごい苦手なんだ。だけど、清野さんとこんなふうに話せているのは、清野さんがすごくいい人で、楽しい人で、素敵な人で、Vtuberだったりアニメが好きだってわかったからなんだ。だから、清野さんもそういう『素顔』を知っている相手だったら、大丈夫だと思う」


 人が一番恐怖を感じるのは、「理解できないもの」だと聞いたことがある。


 幽霊にしても正体がわからないから怖いと感じるし、無差別通り魔も理解できないから恐怖を感じる。


 多分、僕が他人に対して恐怖を感じるのもそれだと思う。


 清野のことが怖くなくなってきているのは、彼女が何が好きで、何を考えているのか少しづつわかってきているからだ。


「……」


 清野はキョトンとしたまま目をパチパチと瞬かせる。


「…………そうだね。ありがとう」


 そして、耳先まで真っ赤にしてスッとうつむいてしまった。


 え? え? なんだなんだ?


 どうして赤くなってるんだ?


 何かマズいことを言ったのか──と考えて、勢いに乗ってキモいことを口走ってしまったことに気づく。


 清野さんはすごくいい人で、楽しい人で、素敵な人──


 う、うごごごごごごっ!


 な、なに言っちゃってんだ東小薗聡っ!


 そんなくさすぎるセリフを吐いて良いのは、「※イケメンに限る」だぞ!?


 ……というか、それだけじゃなくて、さっきからキモい行動を連発してないか?


 まず、「清野が誰と仲良くしようと勝手だろ」発言で、キモ痛ポイント1。


 無理やり手を握って、キモ痛ポイント2。


 ミルクティー買ってドヤって、キモ痛ポイント3。


 そして、クサすぎるフォローを入れて、キモ痛ポイント4。


 アウトが多すぎて、スリーアウトどころではない。


 デッドボールしまくってコールド負けするレベルでやばい。


 痛く苦しい沈黙が僕たちの間に流れる。


 大道芸の出し物が終わったのか、小さい拍手がおきた。


「……あ、あの、そろそろ帰る?」


 このままだと一生声をかけられなくなりそうだったので、勇気を振り絞って切り出した。


 清野がぱっと僕の顔を見る。


 その顔は少し困惑しているようだった。


「あ、いや、その……だって、もう遅いし、それにまた変なヤツらに絡まれるかもしれないから」


「う、うん、そうだね」


 絡まれるという言葉に反応したのか、清野がすっと立ち上がった。


 そして、顔を隠すようにぎゅっと帽子を深くかぶり直す。


「私、山の手線なんだ。東小薗くんは?」


「ぼ、僕は……地下鉄」


「そっか。じゃあ、改札まで一緒にいこう」


「う、うん」


 僕たちは、微妙な空気を引きずりながらJRの改札口へと向かった。


 誰からも声をかけられることなく、電気街改札口に到着した。


 僕が乗る地下鉄の改札口は別の所にあるので、ここで清野とはお別れだ。


「……それじゃあ、また学校で」


 僕はそれとなく、努めて自然な感じで切り出す。


「あっ、東小薗くん」


 慌てるように、清野が僕の名前を呼んだ。


「な、何?」


「あの、今日は本当に色々とありがとうね。その……買い物に付き合ってくれたことだけじゃなくて……ええと……いっぱい助けて、くれて」


「べ、別に僕は何も」


「あ、あのね、東小薗くん。あのとき私ね」


「はい?」


「私──」


 清野は何かを言おうとしたが、その言葉をぐっと飲み込んだ。


 そして、小さく首を横に振る。


「……ごめん、なんでもない。それじゃ、月曜日に学校で」


「う、うん」


 どういうわけか頬を赤らめて、逃げるように立ち去る清野。


 そんな清野の後ろ姿を見て、僕は確信する。


 いや、バレバレだぞ清野有朱。


 今──絶対「今日の東小薗くん、超絶キモかった」って言おうとしただろ。


 ええそうですよ。今日の僕は超絶キモかったですよ。


 別にキモいのは本当のことだから良いんだ。


 だけど何だろう。なぜか清野にそんなことを言われると──すごく傷ついてしまう自信がある。


 いやいや、なんで傷つく必要があるんだよ。


 あいつは僕とは相容れない陽キャの女王で、仇敵だろ。


 そんなヤツに嫌われようと、何ら問題はない。


 むしろ妙な情がなくなる分、好都合のはず。


 なのに──どうしてこうもモヤモヤしてしまうのか。


 もしかしてVtuberと絵師ママという関係が、そんなふうに勘違いさせてしまうのか?


「……はぁ、帰ろ」


 自然と口から重い溜息が漏れ出してしまう。


 こういうときは、イラストに没頭してすべてを忘れるに限る。


 明日は一日中、部屋に引きこもって黒神ラムリーのアニメーション作業をしよう。


 僕はそう心に決め、重い足取りで帰路につくのだった。

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