第15話 デートと言えばデートと言えなくもないが

 僕が姉と一緒に住むことになったのは彼女の介護(のようなもの)と通学のためだが、その話が出てきたときは相当な葛藤があった。


 通学が楽になったり、姉の神イラストを間近で観ることがができるのは役得ではある。だけど、あの姉とふたり暮らしなんて、できればやりたくなかった。


 だって変態だし、何かとウザ絡みしてくるし。


 その姉との共同生活を承諾する最後のひと押しになったのが「立地」だった。


 姉が住んでいたマンションは、最寄り駅から秋葉原まで電車一本で行けるのだ。


 秋葉原は、いわずもがなオタクにとっての聖地だ。


 大型の家電量販店はたくさんあるし、路地に入れば大小様々のフィギュアショップがある。それに、ラノベや同人誌、キャラクターグッズを扱ってる書店があるのも最高だ。


 大抵の物はネットで買うけれど、わざわざ秋葉原まで足を運ぶことも多い。


 なので、いつも秋葉原に行くときはウキウキとしてしまうのだが──今日ばかりは違っていた。


「……ど、どうしよう」


 秋葉原駅の中央改札口前に立っていた僕は、自分でもわかるくらいに挙動不審に陥っていた。


 なにせこれから、あの清野と一緒に買い物をするのだ。


 一応断っておくけれど、僕自身はこれがデートだなんてこれっぽっちも思っていない。


 清野と秋葉原にパソコンを買いに行く……というだけの話で、わかりやすく言えば、「一緒に購買部にパンを買いに行く」を少しだけ発展させただけなのだ。


 しかし、この件が問題なのは、これがデートかどうかを判断するのは僕ではなく周囲の人間というところにある。


 まだ「清野」+「昼休み」+「購買部」であれば弁明の余地はある。


 だが、「清野」+「週末」+「秋葉原」となれば、もはや言い訳は不可能になる。だれがどう見てもデートに見えてしまう。


 これぞ正に不可抗力。完全に外堀から埋められていると言っても過言ではない。


 もしかすると、アレなのだろうか。


 いつのまにか清野と友達になっていたみたいに、恋人という関係もこんなふうになぁなぁでなってしまったりするのだろうか。


 あり得ない話ではない。聞いた所によると大人は告白せずに体の関係を持っただけで恋人になるっていうし。


 つまり、これをきっかけに僕と清野は恋人という関係になって──。


「いやいやいや、絶対ありえないからっ!」


「っ!?」


 思わず声に出てしまった。


 おかげで隣に立っていたお姉さんに激しく驚かれた上に、ドン引きされてしまった。


「…………あ、すみません」


 絶対キモいやつだと思われたに違いない。


 いや、こんな事を考えてる時点で、実際にキモいんだけどさ。


 しかし、どうすればいいのか。


 周囲に誤解されずにするには、どういう顔で清野と買い物に行けばいいのだろう。「僕たちはただの友達です」と書かれたプラカードでも背中につけとけばいいのか。


 ああ、実に腹ただしい。


 なんでこんなことで悩まなければいけないんだ。


 空も僕を気遣って雨でも降らせてくれればいいのに、カラッと晴れているから余計に腹が立つ。


「う〜ん、今日もいい天気だね〜」


 突然、隣から声がした。


 またお姉さんにドン引きされたのかと思った。だけど、隣に立っていたのはお姉さんではなく、清野だった。


「きっ、きき、清野さん!?」


「おは〜、東小薗くん」


 一緒に空を見上げていた清野が眩しそうに目を細めながらニッコリと微笑んだ。


 現れた清野の雰囲気は、いつもと違っていた。


 大きく違うのは、大きめのメガネをかけていることだろう。


 下が丸みを帯びた逆三角形っぽい形をしているメガネで、なんだが清野のゆるふわヘアーとすごくマッチしている。


 着ている服は、大きめのサイズの赤いトレーナと、デニムのタイトめのパンツ。


 何ていうか……メチャクチャおしゃれで大人っぽい。


 無難に黒のパーカーとパンツで来た僕とは雲泥の差だ。


「待たせちゃってゴメンね。お台場での撮影が押しちゃってさ」


「お台場……」


 って、確かテレビ局があって、でっかい観覧車があるんだよな。陽キャ・リア充どもが多く生息しているとネットで見たことがある。


 もしかしてテレビ関係の撮影なのだろうか。


 改めて清野は芸能人なんだなぁと実感してしまう。


「……ん?」


 と、そんなことを考えていると、周囲から視線を感じた。


 何だろうと思ってそれとなく見渡すと、通行人がちらちらとこちらを見ていることに気づく。


 もちろん彼らが気にしているのは、みすぼらしい僕ではなく芸能人・清野有朱のほうだ。


「し、視線を感じるんだけど、平気かな? 清野さんのこと、バレてない?」


「安心して。今日は秘密兵器を持ってきたから」


 そう言って、清野がバッグの中から取り出したのは大きめの帽子だった。


 大きく膨らんだ頭頂部にひざしがついていて少しレトロな雰囲気がある。


 多分、僕が被ると胡散臭い漫画家か、昔のニューヨークで新聞配りをしていた貧困層の子供みたいに見えてしまうだろう。


「どっじゃ〜ん。どお?」


 しかし、清野が被ると全く違って見えた。


 何ていうか、映画のワンシーンを切り抜いたみたいにとてもオシャレで、ただでさえ小さな顔がさらに小さく可愛く見える。


 これが清野マジックか。


「あの〜、東小薗くん? できれば感想、欲しいんですけど……?」


「え? あ……」


 しまった。つい見惚れてしまっていた。


「に、に、似合ってる……と思う」


「えへへ、ありがと。それでね、これをこうして深めにかぶっちゃえば……ほら、ぱっと見、私ってわからないでしょ?」


 ぎゅぎゅっと帽子を深くかぶり、ドヤる清野。


「……んまぁ、そう、かも」


 いまいち判断が難しい。


 普段の制服姿の清野を知っている人間だとわからないかもしれないけど、変わらず可愛いオーラは出まくっているからバレてしまうんじゃないだろうか。


 でもまぁ、何もしないよりはマシか?


「よし、変装も完了したことだし、早速行きますか!」


 ドヤ顔清野が、元気よく拳を突き上げる。


「近場の店から攻めて行こうかなって思ってるんだけど、どう思う?」


「い、いいと思う。秋葉原は家電量販店でもBTOパソコンが売ってるし。ちなみに、どの程度のスペックのマシンを買う予定なの?」


「スペックというと?」


「え? あ、えーと……どのくらいの性能のやつかって意味なんだけど……」


「あ〜、そういうことか。欲しいのはメモリが32GBのやつで、電源が550Wのやつかな」


「……な、なるほど」


 つい返答に窮してしまった。


 無知ではないんだな、というのはなんとなく理解できるけど……ちょっと知識が偏りすぎじゃないですかね?


 普通、電源のワット数の前に、グラフィックボードとかCPUとか気にするよね?


 いや、電源のワット数も重要なんだけどさ。


「ま、いいや……とりあえず行ってみようか」


「おけまる〜」


 そうして僕は、多少の不安を覚えつつも駅のすぐ近くにある家電量販店へと向かった。

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