第8話 思っていたのと違う

 例えば、女子高生が行きたいと思う場所ランキングなるものがあるとして、トップにランクインするのは、間違いなく可愛い店とかおしゃれな場所だと思う。


 例えば、デパートにある可愛い服とかアクセサリーが売ってる店とか、小洒落たカフェがそれだ。そういう場所で写真を撮って、インスタグラムにアップしたりするのが普通だと思う。


 百歩譲って、ファストフードまで許そう。


 清野は芸能人とはいえ、まだ高校生なのでお金を湯水のように使えない可能性がある。だからお腹が空いてもポテトとドリンクで腹を満たすなんて庶民的な考えに至るかもしれない。


 それに、放課後の陽キャのたまり場といえばファストフード店が定番だ。


 だけど──僕が清野につれて来られたのは、駅前にある牛丼屋だった。


 牛丼。丼ぶりご飯の上に肉汁たっぷりの牛肉が載せられたアレ。


 別に牛丼屋を批判するわけじゃない。


 僕も牛丼屋は好きだし、よく食べている。


 だけど、芸能活動をやっているような女子高生が、放課後に牛丼屋に直行するか? 


「あ、あの、ちょっと待って」


 もしかして店を間違えたのかと思った僕は、意気揚々と牛丼屋に入ろうとしていた清野を呼び止めた。


「ここ、牛丼屋だけど……」


「え? そうだよ?」


 それが何か? と首をかしげる清野。


 なるほど。


 どうやら間違いではなく、ここが目的地らしい。


「い、今から食べるの? 牛丼?」


「うん。学校終わってから、たまに来るんだよね。みどりと一緒だと、牛丼じゃなくてマックになっちゃうけど。牛丼屋入るのハズいとか言われてさ」


 でしょうね。いくら清野と一緒とはいえ、一緒に牛丼屋に入るのにためらう気持ちはわかる気がする。


「でも、ここの牛丼すごく美味しいんだよ? 知ってる?」


「そりゃあ、まぁ……」


 だって全国チェーン店だし。


 なんなら、週イチペースで食べてるし。


 でもまぁ、ちょっと驚いたけど、本人が食べたいというのなら別にいいか。丁度、僕も小腹が空いてきたしな。


 などと考えながら、清野と店の中に入る。


「……あ」


 しかし、店に入って早々に、僕は究極の二択を迫られることになった。


 カウンター席に行くべきか、テーブル席に行くべきか。


 テーブル席に行けば向かい合って座ることになり、僕が食べているところを清野に見られることになる。


 それは恥ずかしいので、できるなら避けたい。


 だけど、カウンター席に行けば肩を並べて座ることになる。椅子の感覚が狭いので、もしかすると肩が触れ合ってしまうかもしれない。


 それはそれで、やっぱり恥ずかしい。


 ぐぬぬ……これはどっちに行くのが正解なんだ!?


「テーブル席に行こ?」


「あ、うん」


 悩んでいた自分が馬鹿らしく思うくらいに、清野はあっさりとテーブル席をチョイスした。


 実に慣れている。


 これが陽キャ女王の余裕か。


 どうせどっかの男と一緒に来ることも多いんだろうな。ああ、いやだいやだ。これだから陽キャ・リア充は嫌になる。


 というか、そもそもだけど、なんで僕は清野と牛丼屋に入っているんだ?


 確か清野のことを知るために一緒に下校することになったハズだけど、こんなところで何がわかるというのか。


 清野が好きな牛丼のメニューとか?


 そんなものがわかっても、キャラデザに活かせる気が全くしないんだけど。


「東小薗くんは何にするの?」


 席に着いて早速メニューを手にした清野が尋ねてきた。


「え? あ、う、えと……4種チーズ牛丼……とか」


「あ、美味しそう。東小薗くんっぽいチョイスだね」


 ……おい、ちょっと待て。


 僕っぽいチョイスってどういう意味だ。


 チーズ牛丼を頼んでそうな顔とでも言いたいのか。


 お前、ここでファイティングするか?


 うまいんだから良いだろ別に。


「き、清野さんは決まってる?」


「あ〜、うん、そうだね」


「じゃあ、店員さん呼ぶよ?」


「あ、まって。えーと……うん。オッケー」


 清野がメニューをガン見しながら、指でオーケーサインを出した。


 そこまで真剣に悩まなくてもいいのに。


 どれを頼んでもそこそこ美味しいよ。多分。


 そんなことを考えながら、テーブルに設置されているはずの「呼び出しピンポン」を探したが、どこにもなかった。


 瞬間、嫌な汗が出てくる。


 この牛丼チェーン店には呼び出し用のピンポンがあるはずなのに、なぜ無い。駅前店に来るのははじめてだが、まさかピンポンが無いバージョンの店なのか?


 これはマズイことになった。


 カウンター席なら店員が気づいて注文を聞きに来るかもしれないが、生憎、僕たちがいるのはカウンターから少し離れたテーブル席なのだ。


 つまり、声を出して店員を呼ぶ必要がある。


 公衆の面前で大声を出すの? 僕が?


 声を張り上げるだけでも恥ずかしいのに、声が裏返ったらどうするんだ。


 頼む清野、お前が呼んでくれ──などと心の中で念じながらじっと清野の顔を見たが、そんな思いが伝わるわけはなく。


 というか、近くでマジマジと見ると清野の顔はすごくリアルだった。


 リアルという表現が適切ではないことはわかっているんだけど、すごくリアルなのだ。


 造形がしっかりしているというか、現実離れしてる整い方をしてるというか。


 まぁ、何ていうか、僕が関わってはいけないくらいに可愛い。


「……どしたの?」


「あ」


 気がついたら、清野がメニューの影から視線だけを僕に向けていた。


 僕は光の速さで目をそらす。


「べ、べべ、別に……何も」


「あ、わかった。私が食べたいやつを当てたいんでしょ?」


「……は?」


「わかる。そういう所から相手を知っていくのって、定番だよね」


 そうなの? 


 てか、一緒に下校することになった主旨、忘れてなかったのか。


 安心した!


「じゃあ、ここで東小薗くんにクイズです。私が食べたいメニューはな〜んだ?」


 清野はメニューの端から顔を覗かせるように、可愛らしく小首をかしげる。


「あ、え、え、えーっと……」


「制限時間は5秒です」


「早いな!?」


 せめて10秒くらいにしろよ……と心の中でツッコミながら、僕は頭をフル回転させる。


 女子がどんな牛丼を好むかなんて知らないけど、清野が牛丼屋を推してる理由ならなんとなくわかる。


 駅前には牛丼屋以外にもマックやミスドがあるけど、あえて牛丼屋をチョイスしているのは「がっつり食べたいから」だ。


 清野は発育が良い。


 背は高いし、その……胸も大きい。


 先日、ネットの情報を調べたところ、清野はDカップあるらしい。


 高校1年のくせに、実にけしからん大きさだ。


 その巨乳を維持する必要があるのだから、がっつり栄養を補給する必要があるのだろう。とするならば、頼むのはがっつりメニュー系だ。


「明太マヨ牛丼だろ」


「惜しい! 明太マヨ牛丼のギガ盛りでした〜」


「……」


 いやいや、ちょっと待て。


 量まで当てなくちゃダメなのかよ。なにそのルール。無理ゲーだろそれ。


 てか、食いすぎじゃないか?


 ギガ盛りって確か、大盛りの上だよな?


 流石にギガ盛りは栄養過多だと思うんだけど、モデルやってるのに体重とか気にしなくて大丈夫なのか?


「でも、ちょっとビックリした」


 清野がテーブルに頬杖を付いて、じっとこちらを見る。


 僕の視線は、自然と泳ぎまくる。


「ビ、ビックリって、なな、何が?」


「ギガ盛りは外れちゃったけど、メニューを当てられるなんて思わなかった。なんでわかったの?」


「え? あ、そ、その……どうして清野さんが牛丼屋を好きなのかって理由から推測したというか……」


「へぇ? なんで私は牛丼屋が好きだって思ったの?」


「がっつり食べたいから」


「おお、正解。じゃあ、どうしてがっつり食べたいんでしょうか?」


「……それは、ええと……む、胸……じゃなくて、腹が減りやすい……体質だから、とか……」


 頑張って言葉を濁すことに成功した。


 さすがに巨乳を維持するためとかキモいことは言えない。


「すごいすごい。よくわかったね。そうなんだよ。私ってすぐお腹が空いちゃってさ。お昼もママに作ってもらってるお弁当だけじゃ足りなくて、購買部でパンも買ってるんだよね」


「いつも昼休み始まるとダッシュで教室を飛び出してるけど、購買に行ってたのか」


「そうそう。そうなの」


 うんうんと頷く清野だったが、「ん?」と何かに気づいて頬を緩ませた。


「私が昼休みにガンダしてるの良く知ってるね。私のこと、見すぎじゃない?」


「……ヴォ」


 うごごごご。


 余計なことを言ってしまった。悶絶しすぎて死んでしまいそうだ。


「お昼といえば、東小薗くんは毎日カロリーメイトで済ませてるんだよね?」


「ま、毎日じゃない。弁当を作って持ってくることもある」


 夕食の残りとか、朝食を余計に作ったときだけだけど。


 そのときは、こっそりマルチメディア室で食べている。


「え? 作る?」


 清野が首をかしげた。


「もしかして自分でお弁当作ってるの?」


「うん。実は姉とふたり暮らしなんだ。だから、僕がいつも作ってる」


「えっ、ホントに!? すごいじゃん!」


「そっ、そ、そんなこと、ない」


「あるよ! だって、毎朝早起きしてご飯作るなんて私には無理だもん! 君パン観るだけでタイムオーバーだよ!?」


 ああ、確か清野は毎日5回君パン観てるんだっけ。


 君パンのために早起きしてるなら弁当くらい作れると思うけど。


 清野が感慨深そうに続ける。


「イラストもすごくうまいし、料理もできる……東小薗くんって、思ってたよりずっと大人だったんだね」


 その発言にドキッとしてしまった。


 大人だ……なんて言われるのははじめてだ。


 背は小さいし童顔なので、中学生と間違われることも多い。そんな僕を大人だなんて。


 つい口元がほころんでしまった。


 僕のことをわかってくれているみたいで、少しだけ嬉しかった。


「清野さんは……」


「ん?」


「あ、いや、なんでもない」


 僕は口から出かけていた言葉を飲み込んだ。


 ──清野は思ってたより、子供っぽかった。


 そんなキモいこと言えるわけがないし、失礼すぎるだろ。


 清野に「なになに? 何を言いかけたの? 言ってよ?」と詰め寄られてしまったので、僕は慌ててカウンターに立っていた店員を呼んだ。


 案の定、ひどく声が裏返って死にたくなった。


 クソ。全部清野のせいだ。


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