終曲4

「本当に小説なんか書いてるの」

 マスターが僕のテーブルをのぞき込んできた。多分、僕の状況をマスターに説明してもわかってはもらえないだろう。僕でさえこの状況を分かりかねている。

「家では絵も描いているんだ」

「そうなの。こんど見せてよ」

「ここに飾ってもいいんだよ」

 ノートに書き込まれた走り書きを見て、マスターはどう思ったんだろうか。まともに物を書いているようには思えないだろう。

「何が書いてあるのかよくわからないなあ」

「自分で何を書いたのかわからない時があるんだ」

「だから忘れないうちに、パソコンに打つ」

「でもなんか芸術家って感じだよ」

「今、パソコンは持ってないの」

「家に帰ってからパソコンに入れるんだ」

「帰るまでに忘れないの」

「さすがにそこまでは。一応書いてあるわけだし」

「なんかいいなあ。この店をはじめたときに、こんなお客さんを待ってたんだよね」

「あの作品はこの喫茶店で執筆されたとかさ」

 まあ、そんなことはありえないよ。僕はそう思っていた。僕はただミサねえさんのご機嫌を取っているだけ。もちろんやるからには真剣にやってはいるけれど。

「書けるってことが才能なんだよ」

 同じようなことをミサねえさんに言われたことを思い出した。

「あたしなんて真似事しかできなかった。あなたは才能あるのよ」

 僕の書いたものを読んでミサねえさんが言う。真似をするにも真似をする相手をぼくは知らない。たしかに僕の書いた絵も小説も僕のものでしかありえないけれど。本当にそれでいいのか。

「作品を残すことが大切なの」

 ミサねえさんを支えるってそういうことなの。

「ねえ、マスター。シチューは何があるの」

「アサリのクリームシチューがあるよ」

「クラムチャウダーじゃないの」

「あれはスープ。シチューはもっと濃厚だから」

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