酒と談話【期間限定全公開】

まつのこ

ほろ酔いサイダー

 週末の解放された時間。すでに気分良く笑顔でいる人たちは移動を始めている。


 その中に、まだあまり飲んでいない状態の俺も混ざっている。


 いい店知っていますよ、と先日までこの場所が近所だった同期の宏介こうすけの案内により、このほろ酔い集団は小洒落た店へと入っていく。


 到着したその場所は所謂パブと呼ばれる場所で、カウンターテーブルの並ぶ洋風の立ち呑み屋のような印象を受けた。


 席の準備のために少し待たされ、準備が終わると入り口付近の席に案内される。ドリンクとフードのメニューを渡されてグループになりながらそれを眺める。


 しかし俺は見事反対側になってしまい、文字が上手く読めない。おまけに、見たことがない文字列が並んでおり、何がなんだか全く理解できなかった。


 四苦八苦して反対側から読んでいたら、誰かが店員を呼んだようで注文を取り始めた。あぁどうしよう、と内心慌てていると、ふとテーブルの上に置かれていたポップが目に入る。


 勢いのあるデザインをしたそれには『サイダー』と書かれており、美味しそうだなと即座に思った。俺は即座に手にし、店員の方へ向けて注文する。


「これください!」


 少し離れた距離にいたため、俺の方をじっと見てからメモを取っていた。


 他にご注文はありますか、と聞かれたため、俺の順番は終わったようで手に持っていたものをテーブルに戻した。


 店員に近い人が簡単なつまみをいくつか頼み、そうして店員は去っていった。


「頼んだやつ何?」


「え? 知らない」


 少し離れたところにいた、同期のわたるが俺の手にしていたポップを手にして確認する。


「アップル、サイダー……?」


「なんか美味そうだなって思った」


「あぁ、それか」


 俺の隣にいた宏介は、久々に見たといった様子でそれを見ていた。


「イギリスのりんごのビールみたいなやつだよ。ビールとはまた違うんだけどね」


「うぉっ、まじか」


「知らないで頼んだのか」


「だって胃袋が欲してたから」


 そうは言ったものの、俺はビールだけはほとんど飲めない。多くの人が喉越し云々と言っているが、その前に敏感な舌がその味を無視できずに不快感だけが残ってしまう。だからものぐさなとき以外は別のものを注文している。


「お待たせいたしました」


 八人分のドリンクが一気に運ばれ、適当にテーブルへ乗せられていく。バケツリレーの要領で次々と回していく。


 最後のボトルが置かれ、それが俺のところまで回ってきたところで、宏介が最年長の先輩に声を掛ける。


「安定の乾杯の音頭をお願いします」


「え~、しょうがないな~。それでは皆様、お手に飲み物を……。かんぱ~い!」


 テーブル毎にドリンクを鳴らし、それぞれ味わいながら飲んでいく。


 俺も頼んだアップルサイダーをゆっくりと口にしていく。


 発泡酒らしいしゅわしゅわとした感覚が広がっていく。しかし、ビールのような独特の味はほとんどせず、りんごの風味が主となって爽やかさが目立っている。


「美味い……」


「結構飲みやすいだろ?」


「あぁ。知らなかった」


 そういえば宏介は長期休みのたびに海外旅行をしていた気がする。それでイギリスへ行ったこともあったはずである。


「現地でも人気なのか?」


「そうだね、最近の流行りだったはず。特に若者かな。今みたいに気楽な感じで飲むことが多いよ」


「へぇー。俺もイギリス行った気分だ」


 そう冗談を言いながら、一気に半分程度煽る。


「寝言は寝て言えよ」


「寝言じゃねーよ。航、お前も飲んでみるか?」


「遠慮しとく。あんまりジュースっぽいのは好みじゃないからな」


「じゃあ俺に一口ちょうだい」


 横から入ってきた宏介が手を伸ばして言ってきた。女子に人気のある笑みでそう言われ、思わず俺は一瞬見惚れていた。


 いや、同じ男に対して何をしている俺は。


 頭の中の雑念を振り払い、飲みかけの瓶を彼に渡す。


 変わらない表情で受け取ると、ぐいっと煽ってその中身を飲んでいる。そんな姿も様になっているから正直羨ましく思える。


「うん、同じように美味い」


「そんな場所によって味の違いなんてあるか?」


「あるよ。だいたいは品質管理の正確さにもよるかな。安い居酒屋と少し高めのレストランだと、同じものでも味が違うってことない?」


「うーん、分かんねぇ」


 あはは、と笑ってみせると、宏介は苦笑しながら俺の言葉に反応した。こんなやり取りは、学生時代に毎日のように行っていた。久々に会ってやってみると、なんだか懐かしさが込み上げてくる。


「翔也、君はよく女の子とデートしてだいたい評判よかった気がするけど?」


「あぁ。あれは、先輩や後輩に片っ端からおすすめの場所聞いてストックしてた」


「なのに、お前の中には食べたものの美味さのストックはなかったと」


「なんだよ航、文句あっか!?」


 自分でも何でも食べている自覚はある。恐らく、人間にとって毒になるもの以外なら食べられる自信はある。


 一方の宏介と航は、高いものの味を知っていた。特に酒に関しては二人とも好みがとても似ており、しょっちゅう出掛けている仲であった。俺も話を聞いているうちに興味が湧き、一緒に行こうとしたが予定が合わずに断念した。


 結局卒業するまでの間、研究室の公式飲み会以外は全く一緒に食事することがなく現在に至る。


 そういえばこの二人、結構色々な趣味が似ていたな。


「まあまあ、二人とも落ち着いて」


「俺は翔也と違って落ち着いてるから」


「んだとっ」


 こうした流れは学生時代のときから変わらない。別に俺自身全く怒ってない上に、若干おふざけも入っている。


 そんな一連の流れを横目で黙って見ていた先輩が、とうとう堪えきれなくなったのか大声で笑いだした。


「あはははははは、君たちほんと面白いよね。あはははは」


「そんなことないですよ。翔也が勝手にコントに仕上げているだけですよ」


「あっ、宏介、俺のこと裏切りやがって」


「元々味方してるつもりもないよ」


「なっ……」


 火に油を注いだようで、先輩の勢いは余計に増していった。ようやくそれで俺たちは黙った。


 先輩が落ち着きを取り戻すまでお互いに一言も会話をせずに頼んだ飲み物を飲んでいた。ちらりと宏介の頼んだものを見る。大きめのジョッキに黒々とした液体と白い泡が浮かんでいるもので、ドイツの黒ビールだった気がする。一体どんな味がするのだろうか。


「ん? 飲んでみる?」


「お、おう……」


 ジョッキを受け取り、恐る恐る口に近付けていく。いつもより少ない一口を入れる。独特の苦味が口から鼻へと広がっていき、そのまま俺の体内に入る。


「っ……」


 俺は無言でジョッキを宏介に返した。まだまだ俺には理解できない味だった。


 宏介が何かを話そうとしたそのとき、楽器の音が店中に響き渡った。見ると、店の端の方でこれから生演奏が始まるようだ。


 俺たちを含めた客が静まり、全員の視線がそちらへ集まる。


 ゆったりとした笛の音から始まり、徐々に静かになっていく。


 一瞬無音の空間が広がると、すぐに全ての楽器が音を出して楽しげな演奏へと続いていく。


 音楽に関する知識はほとんどないが、異国を思わせるような雰囲気が陽気にしている。踊っているような演奏に、思わず酒の入った瓶を持ちながら踊りだす客も現れる。


「生演奏もやるのか」


 宏介は関心しながらリズムに合わせて手を叩き出す。自然と俺もリズムに合わせながら身体を動かしていた。


 そんな雰囲気がどんどん店内を盛り上げていき、見知らぬ客同士が演奏している場所へと近付いていく。我こそはと目立つような踊りを見せ、それが余計に盛り上がっている。他人がやっているのを見ている分には面白い光景だ。


「なぁ、向こうでもこんなことはあるのか?」


「ん? 海外行くとだいたいこんな感じだよ。日本人と違ってかなり感情表現豊かだからね。君が女の子を口説くときみたいな」


「はぁ!? 俺そこまで口説いてねーし」


「でも同期の中で一番モテてた記憶があるよ」


「んなことあるか」


 思わず掴み掛かるように近付き、俺は宏介を壁へと追い込む。壁に手を付いて宏介を見下ろしながら睨む。


「おぉ、そんな風に強引に口説いてるんだ」


「女子に対して手荒なことはしねーよ」


「だったらやってみて」


「誰が男相手にするか」


 宏介は俺を煽っているのか、やけに笑顔のまま俺に話し掛けている。


 こんな野郎に恋愛的な意味で好意を持つなんてあり得ないと思っている。俺は断固拒否する。


 宏介から離れようと壁から手を離そうと動かしたそのとき、彼の手が俺の腕を掴んでその場で固定させようとしている。ぐっと力を入れても動かない。


 そんな地味な攻防をしていると、俺たちの行動に気付いた航が煽ってきた。


「ひゅーひゅー」


「煽んな! そんな気はねぇよ!」


「そんなこと言って。本当はどうなんだ?」


「だからねぇよ!!」


 宏介の言葉につい本気で怒鳴ってしまう。しかし、宏介以外はまだ俺が冗談で言っているのだと思っているようだ。気分を上げる音楽にそれに合わせた他の客、正直俺はそれらを壊したくないから勘違いされていたままで十分である。


 しばらく宏介を掴んだままでいると、航含め他の人たちは俺たちから興味がなくなったようで再び話し出した。


「ごめんね、翔也」


 手を合わせられながら真面目に答える宏介。ここまで言われてしまうと、これ以上怒鳴る気にはならない。


 俺はゆっくりと手を離して元の位置に戻る。手持ち無沙汰になり、俺が頼んだアップルサイダーを一気に煽るが、思ったほど残っておらず少量で飲み干してしまった。


 空になったボトルをテーブルに置くと、宏介も同時に飲み終わったようだった。


「次何か頼む?」


「お、おう」


「じゃあ向こう行こ」


 そう言われて俺は宏介に導かれながら、カウンター横にいる店員の近くへと行く。そこにはメニューが置かれており、俺たちは二人で眺めていた。


「んー、いっぱいあってよく分かんねーな……」


「だったら俺に任せてみない?」


「あー……。飲めるやつにしてくれんなら」


「もちろん」


 すみません、と宏介が店員を呼んで注文する。今ごろになって酔いが回ってきたのか、なんだか頭が上手く働いていない気がする。宏介の注文も上手く聞き取れず、一瞬のうちに終わっていた。


 後に付いていくようにテーブルへ戻ると、テーブルにあった飲食物はほとんどなくなっており、この酔っ払った集団たちは楽しそうに話していた。


「あ、急にいなくなってたけど、どうしたの?」


「向こうで新しいやつ注文していました。先輩もどうです?」


「じゃあ行ってくるよ。みんなは何がいいー?」


 バラバラと注文したいものを言っていく。酔っ払ってもそこそこしっかりしている先輩は、忘れないように携帯端末でメモを取っていた。六人分の注文を確認すると、少しふらついた足取りでカウンターに向かう。


 大丈夫か、と心配になりながらも問題なく辿り着いたようなので一安心した。


 俺と一緒にそんな様子を見ていた宏介であるが、そういえば俺の注文は一体何にしたのだろうか。べらぼうに高いものを頼まれていたら、と急に気になってきた。


「なぁ、さっき何頼んだんだ?」


「あれ、もうネタバレしちゃいたいの? やだなー」


「はぁ? 高いやつ頼んでたら割り勘にするぞ」


「あはは。そこは大丈夫だから、安心して?」


 そう言ってきた仕草は、甘えるような女子を彷彿とさせた。こいつは男だ、と心の中で言い聞かせながら俺は短く返事をした。


 そして再び待っている間に話しながら演奏に聞き入っていた。より盛り上がりを見せる音楽は、素面であってもとても楽しい気分にさせてくれるであろう旋律である。


 踊りだしそうになる身体をじっとさせながら他愛もない会話をしていると、先に頼んでいた俺と宏介の注文が先に届いた。


 宏介は普通のビールのようなものを頼んでいたが、俺のものは黒い液体に多めの泡、炭酸のように跳ねる液体が入っていた。見ただけでは分からなかった。


「これは……」


「コークビアだよ。これならコーラの味でビールが軽減されるよ」


「ってビール縛りなのかよ」


 せっかく頼んでくれたので一切口にしないのは申し訳ないと思い、乾杯とグラスを鳴らしてから少し飲んでみる。ビールの味は若干するが、コーラが上手い具合に苦手な風味を隠してくれてかなり飲みやすい。


「どう?」


「おう。これなら結構飲めるな」


「よかった」


 笑顔で俺の姿を見ながら宏介が飲んでいる。


 しばらくは気にしないでいたが、それでもなお視線を感じていた。俺は口を開いた。


「何だよ」


「いや、随分と美味しそうに飲むなーって思ったから」


「そういう自分だってどうなんだよ? 何頼んだんだ?」


「これは地ビールだよ。ドイツのやつ」


「へぇー。そういえば、いつだかの合宿のときも航とか何人かで飲み比べしてたよな?」


「あぁ、そんなこともあったね。楽しかったなー……」


 研究室では毎年合宿があり、所属していた三年間きちんと参加していた。気分を変えて発表練習を行う地味な合宿であったが、実際のところは夜に有志で飲み会をして楽しんでいた。迷惑を掛けなければ何をしてもいいという状態であったし、実際のところ先生もお酒を持参していたようなので研究室の恒例行事となっていた。


 二年目のただ参加していただけの年、宏介は地ビールの詰め合わせを持ってきていた。俺は一口だけ飲んであとは他のものを飲んでいたが、味の違いを楽しんでいる光景を思い出した。


「ビールに興味出てきた?」


「ん、まぁ、少しな」


「よかったら再来週の週末にビールのフェスがあるけど一緒に行くか?」


「あぁ、あの毎年やってるやつか。せっかくだから行ってみるか」


「了解。そしたら現地にお昼ぐらいに集合にしよう」


 宏介は携帯端末を取り出し、予定の書き込みと俺への情報の送信を行っていた。しばらくすると、俺の端末も通知を告げてきた。


『ビールフェスデート、駅にお昼集合』


「おまっ……」


「俺的には二人きりで出掛けるのはデートなんだ」


「だからって巻き込むな!!」


 ハハハと笑いながら俺たちは再び楽しく話していた。


 会話に夢中になっていると、気付いたときには演奏が終わっており、再び喧騒に包まれていた。その一部に俺たちもなっており、酔っ払いの会話はさらに盛り上がりを増していった。


 それは終電ギリギリまで行われ、お開きになったときは別れを惜しむくらいになっていったのだった。



 ***



 約束の日。俺は早く目覚めた上に約束の三十分前に到着していた。すでに始まっているようで、会場に向かう大勢の客がいた。


 ここ最近こういったイベント事が人気である影響か、女性が多いように感じられる。男二人で行って浮かないか正直心配なところだ。


 流れを待ち続けていると、人混みに紛れている宏介の姿を見つけた。俺の姿を見つけるなり、足早にこちらへと近付いてくる。


「おはよ。待たせたみたいだね」


「よっす。別に、俺が早く着いただけだから気にすんな」


「へぇー……。じゃ、行こっか」


 先導されつつも彼の隣に並んで歩く。そういえば卒業してからなかなか忙しくて誰かとこうして出掛けることは本当に久々な気がする。今までだったら絶対に彼女でなければ嫌だったと思うが、同性の友達といるのもなかなか悪くない。


「あれからビール飲んだ?」


「いや。一人だとあんまり飲む気分にならないし、そもそも仕事忙しいからそもそも酒を飲んでねぇ」


「じゃあ、今日はある意味解禁日だね」


 ニコリと笑うその仕草が、相変わらず俺の中の何かをくすぐる。


 宏介は男で、俺も男だ。一体何をどうしたらそんな勘違いを起こす。


 雑念を振り払いつつも平静を装って話していると、あっという間に会場の入り口へと到着した。


 入り口では会場案内図を配っており、配置図の他にルールが書かれていた。


「へぇー。食器代も最初に取って返したら戻ってくるんだ」


「そうそう。ゴミを減らす対策みたいだよ」


「よく考えられてるなー」


 仕組みに関心しながら歩いていると、そこはもう完全に人混みになっていた。右往左往と人が溢れており、ぶつからないように歩くのが大変であった。


「先に席取りしないとね」


「え、こんなんであるのか?」


「まぁどうにかなるよ」


 宏介の後ろに付くように進んでいく。慣れた様子でサッと人を避けており、驚きである。


 手前の方は満席となっており、どのテーブルも埋まっていた。どんどん奥の方へ進んでいくと、少しずつ空席が現れ始めた。しかし、二人分空いていると思ったところはすでに取られていた。


 さらに進んでいき、大きなテーブルの真ん中にようやく空席を見つけた。宏介が先にそこへ行くと、席取り用の荷物を取り出してそこへ置いた。


「ありがとな」


「どういたしまして。さ、次は買いに行くよ」


 背中を押され、来た方向を戻っていくように再び歩きだした。


 時間も時間なので、どの店も列ができている気がする。正直なところ、混んでいる店はあまり得意ではない。


「宏介、どこ行くか決めてるのか?」


「いや。適当に良さげなところを見て決めるつもり」


 下調べしていそうな宏介が意外にも行き当たりばったりであった。きっと、この人混みだと目星を付けていたら時間が足りないのであろう。


 俺たちは人が少なそうな店に向かって歩き出す。よく見ると、あまり人がいないで必死に呼び込みをしている店もある。


 宏介はそんな店へと向かい始め、俺もそれに付いていく。


「いらっしゃいませー。当店自慢のソーセージはいかがですかー?」


 やたら元気な女子が呼び込みをしている。イベントのためのスタッフだろうか。彼女の横でメニューを眺める。どの食べ物にも、謎のものが付いている。


「ザワークラウト?」


「酸っぱいキャベツ、漬物みたいなものだよ」


「へぇー。美味そうだな」


「結構さっぱりしてていいよ。あ、先に注文してるね」


 宏介はもうレジへと向かい、慣れた様子で注文している。


 俺はあとビールを決めるだけだが、横文字ばかり並んでいて正直よく分からない。これ以上見ていても仕方がないので、見慣れたものが入っているものに決めて進んでいく。


「ご注文をお伺いします」


「オレンジビールとソーセージセットをお願いします」


「かしこまりました。お会計三千円になります」


 意外な値段に驚きつつも、財布から札を取り出して渡す。隣の受取口へと促され、先に注文していた宏介の隣に立つ。


 しばらくすると宏介の注文の準備ができたようで、受け取ってから先に戻っているという視線を送って戻っていった。


 やたら扇情的な仕草をしてきており、まるで恋人とデートしている気分にさせられる。


 一瞬そんな気を起こし、一体何を考えているのだと元に戻す。久々に会ったときから、宏介には振り回されている気がする。もしかしたら俺の勝手な想像かもしれないが。


 ただの友達、と頭の中で繰り返していると、ようやく俺の注文したものが出てきた。皿とジョッキの並べられたトレーを受け取り、ぶつからないように人混みを歩いていく。


 遠くから宏介が手を振っている姿が見え、目印にしながら歩いていく。


「おかえり」


 テーブルにトレーを置くなり、宏介にそう言われた。


「た、ただいま……?」


「あはは」


 きちんと返したつもりだったのに、笑われてしまった。どうすればよかったのか。


 俺はドカリと座り、そそくさとジョッキを手にして宏介の目の前に差し出す。


「おら、持てよ」


 ようやく笑いが治まり、しっかりとした手でジョッキを掲げる。


「持ったよ」


「おう。んじゃ、乾杯」


 溢れない程度の勢いで鳴らし、ゴクゴクと喉を潤していく。


 オレンジの甘味が程よく広がり、飲みやすさを増してくれている。これもなかなか悪くない。


 ビールの味を口の中にそのまま残しながら、ザワークラウトを口にする。シャキシャキと噛んでいくと、酸味がどんどん広がっていく。


「美味い……!!」


「いいでしょ。ビールとの相性最高なんだ」


「これならいくらでも食えそう」


「ソーセージもいいよ」


 宏介はすでに一口齧っていたようだ。肉汁が皿の上に溢れ出ていてもったいないような気分になる。


 俺はそれを横目に一口齧る。脂っぽいがそこまでしつこくなく、ビールを促すような味わいだ。


 この組み合わせは俺の胃袋がどんどん要求してくるものだ。こんな出会いはそうそうできるものではない。


 俺は無意識のうちに溜め息をついていた。


「あれ、美味しくなかった?」


「逆。美味すぎてヤバい以外出てこない」


「ならよかった。せっかく誘っておいて美味しくなかったら嫌だもんね」


「そうだな」


 俺の一挙一動でここまで反応が変化している宏介。本当に俺のために色々考えていたのかと関心したと同時に、なんだか嬉しさが込み上げてきた。


 人に何かをおもてなしされることがほとんどなかったので、他人の反応を気にしたことがなかった。


「翔也、追加で買ってくるね」


「おう」


 先に完食した宏介は、トレーを持って行ってしまった。俺は一人残されて残りを飲み食いしていた。


 改めて会場を見渡すと、こういった雰囲気に慣れた人が多く、大人数の親子連れの姿もちらほら見える。コーラやジュースを飲んでいる子どもの隣では、親がビールを飲んでいる。アルコールの入っていない飲料もきちんと提供されているようだ。


 こうして昼間からアルコールを摂取できるのは、休みだからできることだ。そして一緒に飲める人もいるからだ。


 そう考えると、誘ってくれた宏介には感謝しなければ。


「ただいまー」


 声がして振り返ると、黒いものが山盛りになっている皿と新たなビールを持った宏介が笑顔で戻ってきた。


「それ何?」


「ムール貝の白ワイン蒸し。これも結構美味しいらしいんだ。熱いうちに食べて」


「おっ、いいのか?」


「これ一人じゃさすがに食べ切れないから」


 座ると同時にムール貝の皿を真ん中に差し出してきた。ガーリックの香りに刺激され、ある程度満たされていた腹が空腹を訴えてきている。


 熱に気を付けながら早速一つ手に取る。まだ貝柱が取れやすい状態になっており、するりと外れて口の中へと入っていった。たまに安いチェーン店で食べていたが、比べ物にならないほど美味しい。


「んー。最高……」


「ほんとだね。俺、ずっと食べてみたかったんだ」


「あれ、航とかと来たことないのか?」


「あぁ。屋外だけは断固拒否って来てくれなかったんだ。こんなにあるから一人で楽しんでメニューだけ眺めてた。だから、ムール貝は今日がはじめて」


「そうか。よかったな」


「翔也、ありがと」


 ニコリと満面の笑みを浮かべ、宏介はムール貝を食べる。その姿は本当に幸せそうで、見ている俺も楽しい気分にさせられてきた。


 俺も再び手を伸ばし、時折ビールを飲みながら楽しんでいった。


 しばらく二人で無言で黙々と食べ続け、あっという間にムール貝と俺が最初に頼んだものがなくなった。


「次、俺買ってくる」


「いってらしゃーい」


 やけに上機嫌な見送りをされながら、俺は再び店の並ぶ方へと向かった。


 一度空になった食器を戻し、返金してもらう。そして並んでいる店を見ながらどこで何を買おうか考える。どの店も並んでいるものは似たり寄ったりであるが、微妙に異なるところで差が出ており、そのどれもが興味をそそられる。


 だが、列に並ぶ気はないので、別の並んでいない店の前で立ち止まる。この店は果物系の飲み物が多く並んでいる。


 そして俺は目についたものを頼む。


「すみません、ベリーのシュパルターと牛肉の赤ワイン煮込みお願いします。あ、フォークは二つでお願いします」


「以上でよろしいでしょうか? お会計はこちらになります」


 指示された金額を出し、横に捌ける。待っている間にそこそこ列ができ始め、少し驚いた。


 三人くらい会計済みの列が増えたところで、ようやく俺の注文したものが出てきた。泡で盛り上がっているジョッキを零さないように慎重になりながら、宏介の待つテーブルへと戻っていく。


 昼の時間もだいぶ過ぎ、人がどんどん増えているようにも感じる。それと同時に酔っ払っている人も増えている。


 ざわざわとした人混みを避けながらなんとか戻ると、再び笑顔で出迎えてくれた。


「おかえりー。あ、どっちも美味しそう」


「宏介がさっきムール貝買ってきてくれたから、肉やるよ」


「あ、やったー」


 早速フォークを取ると、柔らかい牛肉を頬張り、蕩けた表情で食べている。宏介の酒の摂取量が増えていき、美味しそうな表情がより増している気がする。


 それでも、興味をそそられることには変わりない。俺も遅れて一つ口にする。


 凝縮された旨味が噛んでいく毎に柔らかく溢れ出してくる。数回噛むと、あっという間に口の中でなくなってしまった。これはかなり美味い。


 二人して争奪戦のような勢いで食べていき、ビールを一切減らさずに食べ切ってしまった。


「はあ、美味しかった。あ、ビール一口ちょうだい」


「えっ……あ、おい」


 俺が一口も飲んでない状態のまま、俺から奪っていって飲んでしまった。


「うん、こっちもいいね」


「俺のだっての。宏介のもよこせ!」


 半分以上なくなった宏介の飲みかけを手にし、ぐいっと煽っていく。何かのフルーツの香りが少し広がって一瞬爽やかな香りが広がるが、すぐにビールの独特の風味に押されてしまう。


 俺はそっとジョッキを戻した。


「あはは。やっぱり無理だった? こっちで口直しするといいよ」


「だから俺の……」


 すっかり酔っ払っているのか、宏介の顔が少し赤くなっていた。


 そういえば、さっきからいつもより上機嫌な気がする。これは酔いが回っているのか。


 そんなことを考えながら、ようやく自分が頼んだ赤み掛かったビールを飲む。ジュースを飲んでいるような感覚で果物の甘味が広がり、宏介が頼んでいたものよりも飲みやすい。


 ふと、宏介の視線を感じて見てみると、頬杖を付きながら笑みを浮かべて俺のことをじっと見ている。


「……何?」


「いやー。翔也とこうして来れて嬉しいなーって思ってね」


「お前完全に酔ってるだろ」


「んー? そんなことないって、あはは」


 宏介は俺の肩を抱きながらぐいぐいとビールを煽っている。


 今までの飲み会でもこれぐらい、いやこれ以上飲んでいた。それでもここまで酔うことはなかった。ペースが早かったのだろうか。


 そんなことを気にしながら、俺は残っている自分のビールを飲んでいった。


「翔也ー……」


 うなだれる宏介の声は、すっかり酔いが回っている声そのものであった。俺はそのまま彼の行動を観察する。


「俺、学生のときから翔也と一緒に出掛けてみたかったんだ。でも、いつも予定合わなかったし、女の子と出掛けてるし」


「そ、それは……。もう過去のことだろ?」


「ま、まぁ……」


「だったら、これから宏介との時間を作ることだってできるだろ。それじゃ駄目か?」


 一瞬驚きを見せたと思えば、次にはとても嬉しそうな笑顔になっていた。その変化は、とても愛らしいと表現してもおかしくない。


「じゃ、また来よ」


「……おう。とりあえず、今日はそれで最後な」


「えー。まだ飲める!」


「じゃあ限界が来る前に終わらせる。だいぶ顔赤いし」


 俺の指摘により、ようやく気付いたような素振りを見せる。自分でも強いと思っていたようで、意外だったらしい。


 ようやく大人しくなったところで、そっと肩の腕を離し、デザートを買ってくると残して立ち上がる。


 あんな宏介の姿は今まで見たことなく、正直驚いた上にこれまで抱いたことのない感情が芽生えてしまいそうだった。だが、あれ以上飲ませると完全な酔っ払い状態になってしまう。


 ふと、子ども向けの飲み物の存在を思い出した。炭酸飲料が多くあった気がしたので、これなら多少誤魔化せるかもしれない。


 俺は先ほどの店へと向かう。もう満足した客も出てきたようで、ほんの少しだけ人が減っているような気がした。店の列も若干できていたが、それほど苦にならない程度であった。


 並んで待っている間にメニューを眺め、何にしようか決める。もうだいぶ満腹になってきたので、そろそろデザートでも頼もうか。


 そうこうしているうちに、すぐに順番がやってきた。


「ノンアルコールのアップルミントビアカクテル二つと、ワッフルお願いします」


「はいありがとうございます。お会計三千円になります」


 残っていた札を全て出し、再び横に促されて注文を待つ。だいぶ慣れてきたのか、中の方は少し落ち着いたようにも見える。


 それほど待たされることなくトレーが出てきた。それを受け取ると、俺はテーブルへと戻っていく。


 何度かやっていくうちに慣れていく。今回は恐らく最速で戻ったであろう。宏介がすぐに振り向いてきた。


「あれ、自分は飲むなって言ったのにそんなに飲むの?」


「いや、お前のだ。やるよ」


「やったー」


 宏介は片方のジョッキを喜んで手にし、ゴクゴクと飲んでいく。しかし、ノンアルコールだとすぐに気付いて離した。


「ちょっ、騙したな」


「俺はビールだって一言も言ってねーぞ。勝手にビールだって思い込んだだけだろ」


「少し酔いは覚めたんだけどなー」


 そう言いつつも、宏介は大人しくアルコールの入っていない飲み物を飲んでいた。


 俺も口にしてみると、スーッとした感覚が鼻腔を通り抜けて気持ちいい。この清涼感が体内のアルコールを吹き飛ばしてくれている気がする。酒ではないがなかなかいいものだ。


 少し飲んだところで、ワッフルをそっと真ん中に置いてみる。つい今までのクセで甘いものも一緒に買ってしまったが、このワッフルは結構大きかった。


「あれ、スイーツも買ったんだ。へぇー……」


「な、何だよ?」


「甘いもの好きなの?」


「割と好きかも。宏介は?」


「嫌いじゃないよ」


 宏介は手を伸ばし、フォークを手に取って生クリームの乗ったワッフルを一口分切る。それを口へと運んでいく。


「んっ、これはいいね」


「そうか」


 ふわふわとしたワッフルを優しく切り、がっつりと生クリームを添える。それを一気に頬張る。


 久々に食べる甘いものは、懐かしさを覚える味であった。


 無心で食べていると、突然宏介の手が伸びてきた。反応に遅れたその手は、俺の口元を舐めるようになぞっていった。


「っ……!!」


「クリーム、付いてるよ」


 拭ったそれを、宏介はペロリと舐めた。そしてニヤリとこちらを向いて笑った。


「あれ、照れてる?」


「あ、当たり前だろ! 人前でそんなことできるか!」


「翔也ならてっきり慣れてるもんだと思ってたけどなー」


「……ねぇな」


 人前であまりくっつくようなことはしたくない主義であったせいか、手を繋ぐくらいしかしてこなかった。


 それを彼は平気でやってきた。


 あまりの恥ずかしさに、顔が熱くなってくる。その姿を見て宏介が余計に笑ってくる。


「笑うなよ」


「ごめんごめん」


 そんなやり取りをしながら、二人でデザートをつついていく。


 まだ宏介の顔を見るだけならできたはずなのに、それすらまともにできなくなっている自分がいた。


 そして最後の一口になってしまい、同時にフォークを出して刺す直前で二人して動きが止まった。


「宏介、いいぞ」


「じゃ、遠慮なく」


 刺されたワッフルが宏介の口へと運ばれていき、皿にあったものはきれいになくなってしまった。


 俺は残っていた飲み物を一気に流し込み、ジョッキも空にする。それを置いたところで今度は宏介が残りをゆっくりと味わうように飲んでいく。


 しばらくしてトレーの隙間に置き、ようやく完食した。


「ごちそうさまでした。ここでデザートまで食べるなんて思わなかった。美味しかったよ」


「そうか。よかったな」


「でさ、いつもお決まりのコースで行ってるところがあるんだけど、付き合ってくれない?」


「いいぞ」


 やったー、と喜びながら宏介は立ち上がり、空いたトレーの一つを持って歩き出した。その姿を追い掛けるようにもう一つのトレーを俺は持ち、忘れ物がないか確認しながら席を去った。


 食器を片付けて返金してもらい、どちらがいくらになるか精算したところで、会場を後にする。昼が過ぎて人が減るのかと思ったが、これから場内のイベントが始まるようで、さらに増えていくようだ。


 そして会場を出ても、休みの日には多くのイベントが行われているようで、ショッピングモールの近くは多くの人がいた。


 宏介に案内されながら、その近くを通り過ぎる。その先にもまだまだ様々な施設が並んでいるが、一気に人がまだらになった。


 これくらいであれば居心地が悪くないなと感じながらそこを抜けると、今度は公園が見えた。木々に囲まれ、整えられた砂浜のある場所で、昼間であるにも拘わらず閑散としていた。


 どうやらそこが目的地のようだ。信号が青に変わるのを待っている。


 楽しみでしょうがないといった顔を横目に、何か特別なものがあるのだろうかという期待を抱く。


 普段こういった公園に来ることはほとんどなく、最後に来たのはいつだったかと思い出せない。静かなところはとても嬉しい。


 宏介が歩き出したところで、俺も横に並ぶ。短い信号を渡り終え、公園の入り口へと向かう。


 なだらかな下り坂になっているところを入り、どんどん奥へと進む。


 狭い道が急に広くなり、そこにあるものは、このあたりの交通を支える大きな橋の全貌であった。夜になると輝くそこは、昼間の日差しを浴びる姿でも十分に迫力があった。


「すげー……」


「ここ、橋もばっちり見えて静かでいいんだ。俺のとっておき」


「誰かと出掛けるときはいつも人混みだったから、こんな静かな場所は新鮮だ」


「例えば?」


「テーマパー……」


 言いかけたところで、宏介が笑っている顔が見えた。慌てて口を閉じたが、ほとんど出てしまっていたので答えは容易に推測できる。


「あはは、やっぱりそうだよね。お揃いの何か付けちゃったり?」


「うるせー……。別に俺がやりたかったわけじゃねーよ」


 俺からここへ行きたいと言ったことはあった。しかし、却下されることがほとんどで、行ったとしてもあまりいい反応はなかった。


 あまりいい思い出ではないものを思い出し、早く忘れてしまおうと意識を別の方へと向ける。


「あ、あっちにベンチあるからそっち行こう」


 宏介のその表情がやけに輝いて見えた。腕を引っ張られているような感覚になりながら、俺はベンチへと向かっていく。


 いたって普通のベンチに、微妙な空間を作りつつも腰掛ける。俺は再び、海とその上にある大きな橋を眺める。


 お互いに言葉が見つからず、ただ黙って目の前の風景を眺めている。先ほどまでいた場所からは、わずかに陽気な音楽が聞こえてくる。


 あの日、久々に再会した日に行ったパブで流れていた音楽を思い出す。系統は違うようだが、どちらも酒に合った楽しい気分にさせる音楽だ。


 それと同時に思い出すのは、今日こうして宏介と一緒に出掛けるきっかけを作ってくれた、アップルサイダー。あれがなければ、宏介と再び話すこともなかっただろう。


「ねぇ」


 宏介が話し掛けてきた。優しい笑みの中には、どこか緊張感が混じっているともいえる。


「何だ?」


「また、こうして二人で飲みに行こ。それから、翔也のおすすめのお店とかも教えてよ」


「俺のおすすめかー。……うん、探しておくよ」


「あはは。今まで行ったお店じゃないんだ」


「宏介のために、しっかりお店探してやるよ。こうして落ち着いて話せる店を」


 きっと時間を忘れるくらい、様々な話を続けられる自信がある。心のどこかからそんなことを思えていた。


「翔也……。俺、そんなこと言われたら毎週誘っちゃうよ?」


「毎週って。行きたいけど金がなくなる」


 本気でそのことが心配になってしまった。すると、今まで真剣だった宏介の顔が一気に笑いに包まれた。そして今日一番の笑いを見せる。


「あははははは、金って、すごい現実的だね。稼いでるんじゃないの?」


「ひ、人並みには……?」


「じゃあ、次は俺の家で宅飲みする? そこそこ安めで色々飲めるようにするから。疲れたら泊まってってもいいし」


「それならいいかもな。俺はなんか手土産持ってくか」


「期待してるよ」


 俺の言葉一つ一つにしっかりと反応してくれる宏介を見ていると、ここ数年で一番楽しかった気分になってくる。誰かに楽しい反応をしてもらうとはこんなに嬉しいものだったのか。


「あ、なんだったら今日この後来ちゃう?」


「まだ飲むのか!? 無理無理、財布にも響く!!」


「残念。俺はだいぶ抜けてきたから大丈夫なんだけどなー」


 片手で数えられるほどしか飲んでないとはいえ、一杯の量はかなり多かった。俺としては普通の飲み会くらい飲んだつもりでいた。


 宏介の顔を見ると、話していたせいか薄っすらと赤い気がするが、食後よりはだいぶ戻っていて抜けているのも事実かもしれない。それでも、これ以上飲ませようという気にはならない。


 俺はポケットから携帯端末を取り出し、予定表を開く。ほとんど予定の入っていない、真っ白い画面を差し出す。


「宏介、俺の予定が入ってない日でいつなら空いてる? そのときに宅飲みしようぜ」


「ほんと? えぇと……この日! 仕事帰りでやろう!」


 画面を触り、そのまま俺に返してくる。その日は金曜日で、翌日はゆっくりできる日だ。


 俺は開かれた画面に予定を書き込んでいく。


「……よし。これでいいか?」


「宅飲み……ねぇ。了解」


 何か納得していない状態のまま、宏介も自分の端末を取り出して書き込んでいる。


 もしかしてまた同じことをしているのだろうか。


 頭に過ぎることを払拭しながら、恐る恐る覗き込んで確認してみる。


『翔也と家で宅飲みデート』


「だーかーらー、デートって書くなー!」


「あはは。俺にとっては二人きりで過ごすのはデートなの!」


 俺に端末を奪われないように、急いでしまう宏介。他人のメモにどうこう言うつもりはなかったが、さすがに名前を出されてデートと書かれるのは恥ずかしい。


 書き直しをさせようと迫る前に、宏介は俺から逃げていった。すかさず俺はその後ろを追い掛けていった。食後の身体で走ることが苦しくても、なんだか童心に返ったようで楽しくなってきた。


 遠くに人がいるような場所で、大の大人の男二人がはしゃいでいる姿は何とも不思議な光景であろう。それでも、当の本人である俺にとっては他人の目などどうでもよくなるくらいには楽しい時間になっていた。


 俺たちは体力が続く限り走り続けていると、くたびれて息が上がって動けなくなっていた。


 ベンチに戻って再び座りながら話していると、あっという間に時間が過ぎていった。

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