親族たちは血眼になってお爺様の遺産の行方を探し始めました。

 お爺様が亡くなったのは、ご病気でのことだそうです。

 数年前からその病気は発覚していようですが、身近みぢかに居た私には一切そのことは知らされておりませんでした。私の前では気丈きじょうに振る舞われ、かげながら治療にはげんでいたようです。


 もしや、お爺様はご自身の病気を絶望して、私につらく当たったのかもしれません。

 今となっては死人に口なしでありますが、私はこれまでお爺様が辛く当たられていた理由が分かったように思いました。

──『死の恐怖』とお爺様も戦っていたのでしょう。

 むしろそれならば、一番身近に居た私がそのことに気付けず、何もしてあげられなかったことが悔やまれるばかりであります。


 なんにせよ、お爺様が亡くなったということは私にとっても大きな意味を持つ出来事でありました。

 それは──解放を意味しておりました。

 今後は自由に生き、もうこれ以上は辛い目に合わなくて済むようになったということであります。

 お爺様の死は悲しかったですが、私の心の全てを包み込むまでに大きくふさぎ込むことはありませんでした。


 しかし、私の感情とは相対そうたいして、世間の人たちの悲しみは深いようでありました。

 会社の部下たちや親族、経済人までもがお爺様の入ったひつぎを前に死に項垂うなだれ、涙を流したものであります。


「おじいちゃん……」

 そう悲しみに暮れる人々を見て、私は違和感を覚えました。私の感覚が変なのでしょうか。

 確かに、もう二度とお爺様と顔を合わせることもお話しすることも出来ないのは、悲しいことであります。

 だからといって大袈裟おおげさなげき悲しんで泣き崩れるたり、お爺様をたたまつったりしようとも思いませんでした。

 それでも世間の人々はお爺様の生涯しょうがいを大々的に取り上げ、批判する人々をまるで異教徒いきょうとのように責め立てたのであります。


 私は漫然まんぜんとそんな世間の動向を見めておりました。


──ですが、そんな世間の熱もほんの数日のことで冷めてしまったようであります。世界のニュースや有名人の死を取り上げ、まるでお爺様の存在などなかったかのようになりました。

 それがいっそう悲しさをき立てたものであります。


 それに、身近な人々の関心はお爺様の遺産の方ばかりに向いていきました。


「私は、故人こじんの旧友です。昔は良く、釣りや探検ごっこをしたものですよ」

「母の妹の旦那だんながお爺さんの弟の孫でしてね。私も血縁関係にあると言っても、過言ではないでしょう」


 なんとかお爺様と繋がりを持っておこぼれにありつこうと親戚たちにり寄ってくる人間も多いようです。

──なんと浅ましいことでありましょう。

 愛人を名乗る女性も何人か出てきて、遠縁とおえんの人まで自身の存在をアピールしてきたものであります。


 お陰で、誰がその遺産を相続するか──親族で大きなめ事になりました。

 時にはそれが発展して、暴力事件まで起こりました。

 それ程までに、みんなはお爺様の遺産を我が物にしたかったようでしょう。


 なんせ資産家であったお爺様には膨大ぼうだいな遺産がのこされていたようであります。おそらくは数千億は下らないとの噂すらもあったのでありますから。

 ですが、その肝心の遺産というのが誰の手に渡ったという話は聞きません。みんな何処どこにそれがあるのか知らなかったようであります。

 銀行には数百円の預金しかありませんでしたし、家の中の装飾品も全て売り払われた後でありました。


 親族たちは血眼ちまなこになってお爺様の遺産の行方を探し始めました。しかし、一向に見付けることは出来ませんでした。


 みんなが困り果てて途方とほうに暮れていた時に──とある紳士が現れて、親戚たちにこんなことを言い出したのであります。

「私は故人から遺言を預かって参りました」

 そして、これが──私たちを骨肉の争いへと叩き落とす原因となるのでありました。

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