第3話 試験開始の宣言

「社会人基礎力VR試験では日本教育連盟と経済産業省が定めた社会に出るうえで必要になる4つの能力を図るための試験を行います」


クラスタと名乗った試験官AIの話を聞きながら奏は事前に私特性対策ノートの中に書き込んでいた内容を思い出す。


(確か「前に踏み出す力」「考え抜く力」「チームで働く力」「学ぶ力」の四つだったはず……どれだけ調べても実際にどういう試験をしてこの力を調べるのかは分からなかったなぁ)


奏は今日の試験のために様々なサイトや本を駆使してこの試験について調べたが、試験で具体的にどのようなことをするのか、なぜわざわざVRの空間を使うのか、過去にどのような試験が行われたのかが一切分からなかった。


(唯一手に入れた情報は試験はチームを組んで受けれるってことだけだったんだけどなぁ)


奏が今日のために作った秘策、調べた情報が上手く機能できていないことに悲しんでいると目の前にこのVR空間の地図が浮かび上がる。その中には試験エリアと表示されている4つのエリアが存在していた。


「皆さんにはこの地図に記載されている試験エリアで各試験を受けていただきます。各試験内容は、試験エリアに入った時に担当の試験官AIが説明いたします」


クラスタは淡々と機械的な口調で説明を続けていた。しかし次の説明に入ろうとした瞬間、クラスタの口元がニタァっと緩み次第に満面の笑みを浮かべていた。


「それでは皆様、ご自分の目の前に表示される画面にご注目下さい」


クラスタの声が聞こえると同時に奏の目の前に表示されていた画面に映っていたのは、空間に浮ぶ無数のディスプレイとまるで画面を支配しそうな勢いで描かれている大量の鎖だった。


「え……なにこれ」


何の脈絡もなく現れたその画像を見て奏は思わずそんな声を漏らす。受験者たちのこの画像を出した意図が分からず困惑する声がこの空間を包んだ。


「皆さんの目の前に表示されている画像はこの試験の最も重要な要素であるものです。我々はそれらのことを『マインド』と呼んでいます」


学生たちの困惑をおいていくかのようにクラスタは説明を続ける。


「『マインド』とは、社会で行動するうえで不利になってしまう思想、行動などをこのVR空間で実体化させたものです。まぁこれだけ言っても分かりづらいと思いますので具体例を出そうと思います」


クラスタがそう言うとクラスタの後ろに大きな画面が浮かび上がる。

そこには一人の男性の画像と、300トンと書いてあるおもりの画像が表示されていた。


「これは去年この試験を受けた受験生の一人。

彼は課題、提出物などのやらなくてはいけないことを後回しにするという欠点を持っていました。

そして、その彼が持つ欠点から生まれたマインドがこのおもりなのです。そうして、このおもりは試験中彼がやりたくない、さぼりたいという気持ちを抱くと自動で発動し、文字通り彼の足かせになるのです」


段々熱を帯びていくクラスタの演説に対して、受験生たちは唖然とその画像を観ていた。


「この『マインド』は私が試験開始の合図を出すと同時にあなた達から発動されることになります。発動条件は人それぞれになると思いますが、発動すると確実に試験に不利なことが起こるでしょうね」


困惑、よどめきの声が大きくなる中でクラスタは高らかに声を上げた。


「社会人VR基礎試験をクリアする条件は、このVR空間内の四つのエリアの試験をすべてクリアし、VR空間脱出の権限を得てこの空間から脱出することです!」


クラスタがそう言って右手を宙に揚げると目の前の空間に赤い文字で「試験開始」と表示された。


「それでは受験者の皆々さま、上手く自分の『マインド』を制御して試験に挑んでくださいね、ご検討を祈っています」


クラスタはそう言葉を残すとこの場から姿を消していた。


(な、なんかとんでもない説明を受けた気がするけどこんな条件ならなおさら一人じゃ突破できそうにない、こうなったらしっかり勇気を出して誰か協力してくれる人を……)


そう思った奏は、緊張と不安でがくがくする脚に活を入れて近くに居た女の人に話をかけようとしたその瞬間……

奏の周囲から大量の鎖が湧いて出てきてそれらの鎖は奏をきつく縛っていた。

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