第48話 弟 4

弟はあの窃盗事件をもみ消されてから、徐々に凶暴化していった。


怒りを物にぶつけるようになり、大型テレビの画面を割って壊したり、


トイレの鏡を割り出した。


私はその行為から色々な事を調べた。


色々調べた結果、「恐怖症」だと分かった。


元々手加減などを教えられなかった弟の力は強く、


大型の冷蔵庫も外部から殴り、壊れるほどだった。


狂暴化は進み、母親は精神病院に行き、暴れまくるはずだと言ったのか、


体格の良い4,5人の上下白の男たちに押さえつけられ、非常に強い安定剤を


打ち込まれたのか、そのまま静かになった。そして男たちに抱えられて


どこかに連れて行かれた。


次の日、病院に家政婦を二人連れて向かって行った。


そして、外出届を出し、連れ出して映画を見たり、食事を共にした。


母はそれで満足していた。言う事を聞くからだ。


何と醜い生き物なのかと、私は内心思った。


そして次の日も、その次の日も通った。


父が医者だった為、精神科の医師は黙殺していたが、毎日通う事に対して


「毎日通われたら、治る病気も治らなくなります」と言われたが、


自分の言う事を聞くようになったのは、良い兆候だと勘違いして通い続けた。


弟は改心したと言い、ここから出して欲しいと母に頼み込んだ。


弟は僅か10日ほどで出て来た。当然、数日後には再び物を壊し始めた。


金で全てを解決してきた、醜い老婆の末路だと私は思った。


誰が見ても簡単な答えさえも見えない、自分にその血が流れている事を


私は恥じた。そして父の血も混じり、


自分は人間として生きていく自信が、日々消えるように無くなっていった。


だからこそ!! 私は奴らと逆の生き方をすると決めた。


本当に命懸けで逆の道を生きた。


今となっては意味があったのかさえ、分からない。


私は病んではいない。ただ現実を受け止めきれなくなっただけだ。


そして私は外に出る時や、人に会う時は仮面をつけるよう育てられた。


絶対に真の私を見抜けない仮面だ。


今もそれは続いている。家に帰ると、どっと疲れがのしかかる。


体の芯にまでしみ込んだ習性は、簡単には自分の思うように制御できない。


弟は結局、4回ほど強制入院させた。早い時には3日程度で出て来ていた。


本気で治す気があるのかを疑ったが、それを声に出す事は無かった。


奴らは何でも思い通りにする。世間がそれを知る事は無いが、それが現実だった。


弟は症状が悪化して行った。


深夜、二階から声が聞こえた。弟は携帯さえ持っていなかった。


当然、電話するような相手もいない。


だが、確かに会話をしていた。


私は誰と話しているのか気になって、静かに気配を消して階段を下りた。


そして台所にいる弟に気づかれない階段の陰に隠れて、会話を聞いた。


最初は何が何やら分からなかった。


怒る弟と謝る弟がいた。話には聞いた事はあったし、映像でも見た事はあったが、


完全に人格が違う二人が会話をしていた。私は鳥肌がたった。


もし気づかれたらと思うと怖くなった。私の気配がもれたのか、急に静かになった。


弟は自分の部屋は強迫性障害の為、物が綺麗に真っすぐ並べられており、


自分の置物の部屋になっていた。


そして私は次の日も、深夜に現れる分裂した弟と何を話しているのか聞く為に、


そっと完全に気配を消して昨夜よりも手前の階段に座り、神経を集中させた。

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